第31話
「おはよう。お父さん、今日はゆっくり?玲衣は午前中…?」
「おはよう。あぁ、そうなんだ。玲衣は朝早く慌ただしく出て言ったよ。実央は今日からまた学校だったか?」
「うん。」
あれから、食卓に笑顔が戻った。
お父さんが家にいる時間が増えた。
家族の中での会話が増えた。
さすがにすぐにはうまく笑えないし、無理に笑おうとも思わないけど。
もう我慢しなくていい、ってそれがわかっただけで自然に笑ってる自分に時々気付いた。
「さて、そろそろ出ようか…。」
「いってらっしゃい。気をつけて。」
「あぁ、行ってきます。実央も気をつけて学校に行きなさい。」
「うん。」
父の優しくしっかりとした瞳はもう私を通して母を見ていない。
私自身をちゃんと見てくれている。
卑屈にならず、顔をあげればこんなにもいろんなことが見える。
それが楽しくて私は思わず笑みを浮かべた。
朝、げた箱で靴を履き替えていると、毎年恒例の声が聞こえてきた。
「………おはよー…実央…。」
「おはよう。お疲れ様。」
長い付き合いだ。
顔を見なくたってわかる。
目の下には黒い隈がしっかりできてることだろう。
「あーーー…死にそうだった…。」
「だからいつも言ってる。宿題は計画的に。」
「だってさーついつい忘れるもんじゃん、宿題なんて!」
「忘れない。」
「……むー…。」
同じやり取りを何回したことだろう。
小学生の時からずっと朱音はこうだ。
「学習能力がない。」
「そんなことないもん!!」
そういった朱音は頬をムーっと膨らまされている。
そういえば、この前の時朱音は壊れてたんだよな。
「この前壊れてたけど、玲衣とはどうだった?」
「え、玲衣…さん?どうだった!?な、な、な、何にもないよ!?やましいことなんて!!」
「……別に私やましいことがあったかどうかなんて聞いてないけど。」
「や、や、や、やましいことなんて――!!!!」
ダメだ、また壊れた。
っていうか、あったんだな、やましいことが。
…確かにあの夜、玲衣の機嫌が妙に良かったっけ。
……ちょっと待て。
愛央はどうなった。
愛央?そうだ愛央!!立案は牧瀬と愛央!!
いろいろあって愛央に文句を言うのを忘れてた!
いや、文句だけじゃなくてお礼も言わなきゃいけないが……
何よりもあの時の怒りを伝えるのを忘れていた!
………ん?いや、そうじゃないだろ、玲衣と愛央がどうなったかだった。
いやいやいや、でもこれは3人の問題だし、愛央に文句を言う方が優先……
玲衣と愛央が完全に切れたとするなら、愛央が傷ついてる!?
となると文句どころじゃない。
でも、もし切れてなかったら話すだけややこしく……
あ!私、無断で玲衣に連絡先教えたんだった!!あれ、怒られるのは私か!?
「ちょっと、実央?あんた本物の実央?あり得ないぐらいの百面相してるんだけど。いや、他の人に比べたら大したことないけど、今までの実央になれてた私にとったら恐ろしいんだけど。」
「え?あ、あぁ…。」
朱音が何か言ってるがそれどころじゃない。
とりあえず整理しよう。
えーっと、玲衣と愛央が切れたとするなら、愛央をなぐさめなきゃいけなくて、けどなおかつ文句とお礼を忘れちゃいけなくて――
もし切れてないのにやましいことがあったとしたら…?
そこまで考えて、なぜかあの時の玲衣の言葉が蘇った。
『傍で励ましてくれるのは、大切な義妹だって。』
『誰のせいでもないよ。』
優しい、とても優しい玲衣。
「朱音。…今、幸せ?」
「は………?」
「今、玲衣といて、玲衣が彼氏で幸せ?」
「そ、そりゃあ…幸せ、だよ?」
ねぇ、玲衣。
3人の問題だって思ってもやっぱり私は気になる。
でも、もう首は突っ込まない。
朱音が今幸せだと言ってる。
それを信じるから。だから、決してこの大切な親友を傷つけないで。
「も、もー何なのよ、いきなり!!」
「別に。なんとなく。」
この明るくて元気な朱音を、私が好きだと思う彼女を決して壊さないで。
2学期が始まってすぐの日曜日。
「みーおー!!」
私を呼ぶ声がいつもと違う。
いつもは嬉しそうに楽しそうな雰囲気が漂っているのだが…怒ってるな。
「あんた!ちょっとどういうこと!?玲衣に勝手に番号教えたでしょ!!」
「ごめん……随分文句を言うのが遅いけど。」
「いろいろありすぎて、すっかり忘れてたのよ!!」
私も忘れてた。
……愛央と同じ思考回路??…嫌だな。
「ちょっと、何その嫌そうな顔!その顔するのは私なんだからね!」
「…ふ~ん。じゃあ今日は愛央に起こったいろいろなことを聞いて、それから…あのことについても詳しく聞く。」
「あのこと……?」
「牧瀬との共同作戦。」
私がそうぽつりと言った瞬間、それまで怒りで紅潮していた頬の色が消えうせ、顔が青ざめていった。
「そ、それは!ね、ほら!丸く収まったし!!」
「で?」
視線でじっと促す。
「……ごめんなさい、申し訳ありませんでした、もうしません。」
「ん。それと、」
「まだ何かあるの!?」
そんな妹相手におびえなくてもいいと思うんだけど…
「ありがとう、って。一応。愛央の言葉、嬉しかった。」
『私が家を出て行ったのは私の意志。誰のせいでもない。』
玲衣から、父から聞きたい言葉ではあった。
でも、愛央もそう思ってくれていたことが嬉しかった。
「実央~!!大好き~~!!!」
「はいはい…。」
全く…単純で、直情的で、本当にお姉ちゃんなのかって思うけど…
私も大好きだよ、お姉ちゃん。
近くの喫茶店に入って、一通り注文を終えると、私は愛央に本題を持ちかけた。
「で、玲衣と何があったわけ?」
「何って……」
3人の問題には首を突っ込まないと決めたが、気になることは気になる。
まぁ、話を聞くだけなら…いい、はず。
「じゃあ、電話の時。何話したの?」
「……怒っちゃった。」
玲衣が暗い顔してたからそんなことだろうなぁとは思ったけど…
一体何があったんだ?