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ただ……願う  作者:
本編
33/75

第30話



朝霧先輩の文句を聞き入れ、渋々ゼリーを買いに言ってる途中、ふと朱音が口を開いた。



「それにしても、実央の家って結構複雑だったんだねー。」


「…朱音話聞いてたの?」



もし聞いてたとしたら…マズイ。

母親が2人いるってことで、愛央と玲衣の血がつながってないことがばれる可能性がある。

一瞬、心配した私だったが、帰ってきた否定の言葉にホッと安心した。



「ううん。でも、なんとなく伝わってきたから。」


「…聞かなくていいの?」


「私が知らなくてもいいことでしょ?実央が話さないってことは。」



朱音の当然のことを話すような口調に、思わず胸が痛んだ。

思わず本当の事を話したくなるけど、朝霧先輩の言葉が蘇って口を閉じた。

『3人の問題』…

そうだ、朱音だって聞くなら玲衣の口から聞きたいだろう。



「実央?」


「なんでもない。それよりどんなゼリーがいいか聞くのを忘れてた。」


「あ、そうだね。んーどうする?」


「私の独断でいいならみかん。」



他の果物とゼリーの組み合わせはどうも好きになれない。

ケーキとの組み合わせなら断然イチゴなのだが。



「みかん好きだっけ??」


「ゼリーに合うのはみかん。」


「じゃあ、みかんでいいじゃん。」



ぽんぽんと何個かかごに入れる私に朱音は首をかしげて聞いた。



「朝霧先輩、そんなに食べるかな?」


「私も食べるから問題ない。」


「………実央ってよく食べるのに太らないよね。」



うん、それは実はちょっと自慢。どうやら母親譲りの体質らしい。

って口に出したら怒るから言わないけど。



「俺、みかん嫌い。」



帰ってきて朝霧先輩にゼリーを渡したら帰ってきた言葉がこれだ。



「ゼリーと言えばみかんでしょう。わがまま言わずに食べてください。」


「嫌だ。ゼリーのミカンはとくに甘ったるい。」



そういえば、甘いの嫌いとか言ってたっけ…。

でも、そんなの関係ない。

だいたい、好き嫌いがあるなら最初に言えばいいんだ。



「その甘さがいいんでしょうが。」


「嫌だ。」


「そうですか。じゃあ、私が全部食べますから。」


「駄目。」


「言っときますけど、みかんゼリーを否定する人に食べさせるゼリーなんてないですから。」



朝霧先輩と私はしばらく睨み合って……


って、何をしてるんだ私は…

病人相手にムキになって。



「わかりましたよ。念のためにぶどうゼリーを買っておいてましたから。それならいいですか?」


「ん。」



朝霧先輩は浅く頷いたのだが、私の服を放そうとしない。



「…あの、ぶどうゼリーは冷蔵庫の中にあるので…取りに行かせてもらえますか?」


「…………」



そんな恨みがましい目で見られても…。



「あ、私が取りに行くよ!」



それまでぽかんと口を開けてた朱音が慌てて立った。



「悪い、朱音…。」



朱音の方にそっと視線を向けたときに、何かを訴えるかのようにこちらを見ている牧瀬と目があった。



「……なんだ?」


「いや、今日も実央は可愛いなーって!」


「お前のバカは一生治らないのかもな。」


「…そうだね。」



牧瀬がいつものように冗談を言うから、私もいつものように返したのに……

それを聞いた牧瀬は少し寂しそうに笑った。



「牧瀬…?」


「実央、ゼリーもってきたよー……?」



私と牧瀬の間に漂う妙な空気を感じてか、朱音は少し首をかしげた。

それを見た牧瀬がすぐにいつもの笑顔を浮かべて言った。



「あ、木島ちゃん!俺もみかんゼリー食べたいなぁ、なんて思ったりして。」


「え?あ、はい。今持ってきます。」


「ごめんねー!」



ニコニコと笑う牧瀬はもういつもの牧瀬だ。

さっきの寂しそうな感じはみじんも感じない。



「牧瀬、お前……」


「ん?何??」



悩みのない人間なんていない。

どんなに小さなことでも人はコンプレックスや悩みを抱えてる。


牧瀬は?彼は何を抱えている。笑顔の裏に何を隠している??

傍で笑って助けてくれた彼に、私は何ができる??



「……ありがとう。おまえのおかげだ。」


「―っ!」



牧瀬は一瞬物凄く驚いた顔をしたけど



「どういたしまして!」



やっぱり次の瞬間にはあの笑顔で笑うんだ。



「まぁ、実央のお父さんにもお兄さんにも怪しまれるわで大変だったんだけどね。」


「そういえば、なんて言って連れ出したんだ?」


「木島ちゃんのおかげだよ。俺と違って信用があるからね。」



……なるほど。

玲衣は朱音の願いなら動くし、お父さんも玲衣を信用してるから玲衣が言うなら動く。



「影のMVPですっ。」



とちょうどゼリーとスプーンを手にした朱音が入ってきた。



「実央の信用が無駄に高いせいで玲衣さんったら私の事もなかなか信じてくれなかったんだからねー!」


「そうか。じゃあ今回嘘をついたせいで余計信じてもらえなくなったな。」


「え…!?い、いやでも緊急事態だし!!仕方ないよっ。」



鬼気迫る勢いで私に必死に言いつのる朱音。

冗談だったんだけどな…。

でも、玲衣、案外根に持つタイプだから今回の事ネタにして何かと朱音に言うんだろうな。



「その言い訳を私にされても。」


「玲衣さん!玲衣さんに言い訳しなきゃ!!」



もはや朱音の心はここにあらず。

っていうか、半分パニック状態。いもしない玲衣を必死に探している。



「玲衣なら家に帰った。行けば?」


「い…え?家!!!行ってくる!」


「いってらっしゃい。」



今度会うときは元の朱音に戻ってることを祈ってるよ。

と心の中で言いながら手を振って見送った。


さて、朱音も帰ったし、私もそろそろ帰ろうか。

あ、でも玲衣と朱音の邪魔しちゃ悪いからどこか寄り道して帰ろう。

そう思って牧瀬を振りかえったら…



「………寝てる。」



それはそれは幸せそうに寝息を立てて寝ている。


ふっと朝霧先輩の方に視線を向けると…寝てる。


私と朱音のあの短いやり取りの間で寝たのか。

あれだけ寝ろとうるさく言った時は寝むそうな気配も見せなかったくせに。


けど、朝霧先輩は熱で本当はとてもしんどかったのだろう。

牧瀬も昨日は試合。疲れがたまっていたに違いない。



それなのに2人は私のためにここまでしてくれた…。


絶対、特に牧瀬には言わないけど、人間的に2人の事を好きだと思う。

感謝してもしきれない。


そう、きっと…友達と言って差し支えないのかもしれないな…。



しかし、牧瀬も朝霧先輩も寝ていれば、牧瀬の頭がいかれてることなんて当然わからないし、朝霧先輩のあのいつもの独特の雰囲気も消えてる。


2人がどれほどかっこいいかがちゃんとよくわかる。

純粋にカッコよさだけを楽しめるのだ。

ずっと寝てれば…と思わなくもないけど、起きてバカなやり取りをしてる2人を見るのもそれはそれで面白い。



「今日はありがとうございました。」



今までしてきたどのお礼より私は心からの感謝の気持ちを込めて言った。


そして牧瀬と朝霧先輩に毛布をかけ、私はそっと扉から出て行った。


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