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ただ……願う  作者:
本編
32/75

第29話&閑話・牧瀬真



「で、今回の事は誰がたくらんだのか聞かせてもらおうか。」



父と玲衣には家に帰ってもらった。


そして朱音を呼び出して、今私は3人を前にして腕組みをしている。

朱音と牧瀬は正座。朝霧先輩はさすがに病人なので寝かしているが…。



「立案は牧瀬とお前の姉貴だ。」


「いや、立案って言うか!どうにかしたいな、っていう気があってさ。どうやったら実央の口から本当の気持ちが聞けるだろうかって言う話になって…。」



そこでもごもごと口ごもる牧瀬に私は自分でも冷たいと思う視線を向けた。



「で?」


「いや、それで…試合が終わった後に琢磨が熱出したことがわかって…琢磨の過去の事は知ってたから、看病という名にかこつけて、うまいこと琢磨が聞き出さないかなぁって。」



で、私は上手いこと聞きだされた訳。

…なんか、すっごいムカつく。



「私が朱音を呼ぶのは想定内で、朱音にも話はつけてたってこと?」


「その通りです。」


「お父さんと玲衣を呼んだのは?」


「僕です。」



ひたすら牧瀬がしゃべって頭を下げてる。



「あ、あの実央、そう怒らずに…ほら、結果的にお父さんたちとも和解できたらしいし…」



おどおどと声をかけてきた朱音を私はキッと睨む。



「私、騙されたりはめられたりするのが嫌いなんだけど。」


「すみません…。」



まぁ、いつまでも怒っても仕方ないんだけどさ。

なんだかんだ言って私の事を想っての行動だし。


それに2人とも反省してるみたい…

2人?



「朝霧先輩。」



ため息とともに、重くその名前を呼んだのだが、熱を出した朝霧先輩は最強だった。



「ん?なぁ、俺ゼリー食いたい。」


「知りません。あなたも案に乗ったんですよね。」


「まぁな。それよりゼリー食いたい。」



………。

牧瀬が話を持ちかけたのはこのガキ状態の朝霧先輩だ。

……何言っても無駄か。



「まぁ、助かったというか、有難くは思ってるし…。ありがとう、牧瀬、朱音。」


「俺は?」


「感謝してますよ。ありがとうございました。」



なんでいつもあんなにクールなのに熱出すとこうなる訳!?

いつもクールにしてる反動??



「実央…」



げ。

なんで目をうるませてる、牧瀬。



「俺、実央に嫌われたらどうしようかと思ったー!!」



うざい、うざいぞ牧瀬。

そんな捨てられた子犬みたいに寄ってきたって、図体がでかすぎで子犬には見えないからな。



「元から嫌ってるから、嫌われるってことはないでしょ。」


「あ、そっかー…って、えぇ!?そんな、俺は――」


「冗談だから黙って。」


「なぁ、ゼリー…」



ガキどもが……



「買ってきます!行くよ、朱音。」


「え?あ、うん。」



朱音の腕を引っ張り、カバンを持って私はドアをバタン!と閉めて外に出た。




~閑話・牧瀬真~



バタン、とドアが音を立ててしまる。



「……琢磨、寝てなくていいの?」


「俺はゼリーが食いたい。」



…熱を出してる琢磨にまともな返答を求める方が間違ってるか。



「それにしても、結構あっさり丸く収まったくない?」


「…あいつはもともと強い奴だからな。」


「え?」



熱を出した琢磨の返答に期待なんてしてなかったから、返事が返ってきたことに驚いた。



「いろいろあって、屈折してるけど、心は強い奴だって俺は思ってる。だから、あんなにも簡単に人を許すことができる…。」



琢磨は…自分の叔父叔母の事を考えているのだろうか。

高校で琢磨と知り合って、偶然俺はそのことを知ってしまった。


その時、俺は琢磨に許せるなんてすごい、と言った。

琢磨は一言、簡単じゃなかったけどな、って言ったんだ。

きっと、琢磨は謝って表面上許しても、心の中での葛藤があったのだろう。



「俺は自分を責めながら…どこかで叔母の事も責めていた。でも、あいつには全くそれはない。血のつながった親だ。もっと怒ってもいいはずなのに…あいつは本気で自分のせいにしようとしてた。」



いくらごめんと言われたって、ほしかった言葉をもらったって、実央のように簡単に許せないものなのだろう。心の中で琢磨のように葛藤を持つ人もいるだろう。

でも、実央の涙は、すべてを許し、すべてから解放されたことを意味していた。



「あいつはすごいよ…。」



琢磨の言葉に自嘲のような響きをどこか感じ取った俺は思わず言葉を口にした。



「…俺にとっちゃ琢磨もすげぇよ。」


「は?」


「俺だったら絶対許せねぇ。そもそも自分のせいだとか考えらんねーな。」



基本的にポジティブシンキングの俺は悩みの深みにはまることがない。

ごちゃごちゃしてきたら、途中で考えることを放棄する。


だから、もし琢磨や実央のようなことが自分の身にふりかかったら、俺はその場ではっきりと「自分は牧瀬真だ。」と言ってしまうだろう。

だって言葉にしなきゃ、自分の思いは伝わらない。



俺は2人みたいに他人の事考えて自分の気持ちを押し込めることはできない。

……だから、せめて冗談に取られるように言うんだ。



「琢磨は十分すげぇよ。そうやってネガティブになっていくのはやめた方がいいと思うけど?」


「黙れ、能天気バカ。」



……あながち間違いじゃないから反論できない。



「でも、あいつにとってはここからが本当の戦いなのかもな。」


「なんで?」


「感情を殺してきたやつが、はい、いいですよーって言われたからって突然感情豊かになる訳じゃねぇだろ。」



確かに…そうだ。

感情を無理に抑えることはなくなると思う。


でも…俺は覚えてる。

実央が、小さな声で呟いた言葉を。



『自分騙し過ぎて、どれがホントの気持ちか見えないだけかもね。』



言ってから、ハッと我にかえったような実央の表情を見て、きっと聞かれたくないことだったんだろうと俺はその場は聞こえなかったふりをした。


彼女は…実央は、笑顔だけを封じる、なんて器用なことができなかった。

だから、感情ごと凍らせた。楽しいと思っても、楽しくない、楽しくないと自分を騙した。

そうやってるうちに彼女は自分の気持ちを見失っていた。


そして…自分の中で消してしまった感情をもう一度見つけるのは、難しい…。



「…にしても、腹減った…。」


「もうすぐ帰ってくるでしょ、もう少し我慢しなよ。」



俺が呆れたように琢磨にそう言ったと同時に扉がガチャッと開く音がした。



「買ってきましたよ。はい。」


「俺、みかん嫌い。」



琢磨のガキみたいな言葉に実央の顔が明らかに不機嫌そうに歪む。



「その甘さがいいんでしょうが。」


「嫌だ。」


「そうですか。じゃあ、私が全部食べますから。」


「駄目。」


「言っときますけど、みかんゼリーを否定する人に食べさせるゼリーなんてないですから。」



この前の試合の時みたいに子供みたいな言いあいをする二人。


初めて実央が笑ったのは琢磨の前だった。

あの日…実央に断られた俺は、一人であの公園に行った。

そしたら…実央と琢磨がバスケをしていて。実央はとても楽しそうに笑ってて。


初めて実央が照れたのは琢磨の視線だった。

じっと見つめる琢磨に見せた戸惑いの表情。

俺がどんなクサイ言葉を言ったって、見せなかった表情だった。



実央は俺の事を全力で拒否するけど、琢磨にはそれをしない。

実央がそれを意図的にやってるとは思わない。

琢磨が実央の拒否できないところを理解してるんだ。



ねぇ、実央。

俺は琢磨みたいに君の気持ちがわからない。

琢磨みたいに君を諭すことができない。


でも、こんな俺でも何か君の役に立てるかな。



俺は実央がそっと俺の肩に頭をつけた時のその感触を思い出していた。



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