回想・朝霧琢磨
「恭一は…息子は!?」
「何とか一命は取り留めました。」
医師の言葉に叔父さんと叔母さんが大きく安堵のため息をつく。
俺も握りしめていた拳からわずかに力を抜いた。
それまで緊張していた空気が一瞬緩んだ。
「ですが、日常生活に復帰するのには過酷なリハビリが必要です。」
「そうですか…。でも、生きててくれてよかった…。」
安堵のあまり涙を流す叔母に医師は言いにくそうに聞いた。
「…息子さんはスポーツは…?」
「バスケをしていましたが…。」
「…残念ながら、激しい運動の方はもうできません。」
「そんな!!」
叔母さんの顔は一瞬にして絶望の色に染まった。
あれだけ熱心にバスケに打ち込んでる姿を見ていたんだ。
絶望するのも仕方ない。
叔父さんは泣き崩れる叔母さんの体をそっと支えた。
俺は何の言葉をかけていいかもわからず、ただその光景を眺めていた。
「叔母さん、恭一は…?」
「それがなかなか意識が戻らなくてね…。」
「そっか。」
あれからもう1週間だ。
恭一はなかなか意識を取り戻さない。
「そういえば、琢磨君、明日試合って言ってなかった?」
「そうだけど…」
叔母はいつも自分の試合を見に来る。
けど、今回は恭一が…。
「じゃあ、叔母さん行かなきゃ!何時からなの??」
「そんな、いいよ。恭一の事見ときなよ。」
「見てても起きないときは起きないのよ。それより琢磨君の試合の方が大事!」
もともと叔母は明るく元気な人で、冗談っぽい口調でにっこりと笑うから、ついいつものように時間を教えてしまった。
叔母さんの精神が限界まで追いつめられてるとも知らずに。
試合が始まる前、応援席をちらりと見ると、叔母が一人で座っていた。
俺と目が合うと小さく手を振ってにっこりと笑った。
それを見て、俺はいつも通りだと安心していた。
俺は気づいてなかった。
叔母がどんな気持ちで試合を見てるかなんて…。
試合は圧勝。
ミーティングも終わって、帰る準備をしていたら叔母さんが近づいてきた。
「すごかったわね。いっぱいシュート決めてたじゃない!」
叔母さんはやはり笑っていたが、どこか目がうつろだった。
いつもの生気がみなぎった明るい目じゃなかった。
「頑張ったわね、恭くん。」
そして、叔母の口から出たのは、従弟の名前だった…。
俺は、恭一じゃないっ…!
そう思った。しかし、そんなこと口に出せるはずもない。
叔母にこんな風に言わせてしまったのは、俺だから…。
俺が何も言えずにただ突っ立っていると、叔母はハッとした表情をして、
「わ、私何言ってるのかしら…。ごめんなさい、琢磨君…。」
「いえ…。」
俺の返事はふわふわと浮いたようなものになった。
叔母の謝罪は届いていなかった。ひたすら、自分を責める言葉が自分の心の中で巡った。
俺のせいだ…。
どうして無理にでも叔母が試合を見に来るのを止めなかったんだろう。
そうすれば、叔母を謝らせたりせずにすんだのに。
叔母が自分自身を責めたりせずにすんだのに。
スポーツができない、意識が戻らない、その事実は叔母を苦しめていると知っていたのに。
どうして俺はそこまで考えが及ばなかった?
俺がバスケをしているのを見ることが、叔母の苦痛になるということを。
俺がバスケをするだけで、叔母は息子の元気にバスケをしてた頃を思い出す。
俺は叔母を苦しめてるだけだ…。
両親を交通事故で亡くした俺に、叔母も叔父も…もちろん恭介も本当に良くしてくれてた。
本当の家族のように扱ってもらっていた。
それなのに…恩返しどころか、叔母を苦しめている自分が許せなかった。