第3話
「うう……ヒック……」
「……ねぇ、いい加減泣きやんで。」
「だってぇ……あんなのかわいそすぎるー!」
結局、私は1滴も涙を流さなかった。
逆に朱音はボロ泣き。よくそこまで泣けるな、ってぐらい。
「なんで、実央は泣かないのぉ……」
「なんでって……わざとらしい。」
明らかに、泣いてくださいって感じの映画。
あまりにもわざとらしすぎて泣く気にならなかった。ウルッともこなかった。
いや、わかってる。私がひねくれてるのだ。泣いてくれ、と言わんばかりの要素が入れば入るほど泣きたくなくなる。
「だいたい、自業自得。」
主人公はまるで悲劇のヒロイン気取りだったが、主人公がバカなことをしたから、最後酷い目にあうという私からしてみれば当然の結果だった。
そう思わない人たちがたくさんいるから泣いている人たちがたくさんいたんだろうけど……。やっぱり私がひねくれてるからの考えか?
「うう……恋したら誰でも間違いぐらい起こしちゃうんだよぉ……」
恋、か。
……いったいどんなものなんだろう。生れてから、私は恋をしたことがあるのだろうか。それさえもよくわからない。恋という感情を抱いたことがあったとしても、きっと私はそれには気付いていない。
「ほら、さっさと泣きやんで。」
「でもぉ……うう……」
朱音の目からはいまだにポロポロと涙がこぼれている。確かに感動もので途中で泣いてる人はたくさんいたが、映画が終わってしばらくしてからもこんなに泣いているのは朱音ぐらいだ。いい加減周りの視線が痛くなってきた。
「お兄ちゃんへのプレゼント。買いに行かなくていいの?」
「……買いに行く。」
お兄ちゃんの話題を出してみれば、泣き止むかと思ったのだが、まだ瞳の中に涙がきらめいていて、悲しそう。私は小さくため息をつきながら、朱音がお兄ちゃんよりも食いつくであろう話題を出した。
「その前に昼ごはんでいい?」
「うん!」
……昼ごはん、最強だな。
昼ごはんの話題で朱音は一気に元気になった。
何食べる~?と嬉しそうに聞いてくる。
というか、昼ご飯に負けてますよ、お兄ちゃん。
「う~ん……玲衣さん何がいいかなぁ……」
昼食後の今、お兄ちゃんのプレゼント選びの真っ最中。
結局お昼ごはんはお好み焼きを食べた。私も結構食べる方だと思うのだが、今日の朱音の食欲は…まぁ、ご想像にお任せする。きっと1週間ぐらい経ったらダイエットがどうのこうのと言いだすんだと思う。
「お兄ちゃん、割とおしゃれだしアクセサリーとかは?」
お兄ちゃんは割とおしゃれに気を使ってて、アクセサリーとかつけるのも嫌いではなさそうだし、またそれが似合っている。
「それいい! あー……でも、アクセサリーとかうざくないかな?」
そういう恋愛事情の細かいところを私に聞かれても困るだけなんだが。
「よくわかんないけど、お兄ちゃんは朱音にベタ惚れだから。大丈夫だと思う。」
「べ、ベタ惚れ…」
朱音は頬を赤く染めた。
女の子らしいな……私とは全然違う。
朱音と私は正反対の場所に立っているのではないかと、たまに思う。
たとえそうだとして、私と朱音の何かが変わるわけではないのだけれども。
「玲衣さんどんなのが好きかなぁ?」
朱音の言葉に私は最近のお兄ちゃんとの会話を思い出す。
「そういえば、この前ピアスほしいって言ってた。」
「ピアス! よぉし、行くよ実央!」
「ちょっと、待ってよ……」
好きな人のために一生懸命。
泣いたり笑ったり……私には、考えられない世界。
「玲衣さんの好きな色は青だよね!」
「なんでそんなこと覚えてんの…。」
「玲衣さんの好きなものだけは頑張って覚えてるもん!」
朱音は……勉強ができない。
まぁ、こういうのはお世辞言ってもしょうがないし。
もともとお世辞苦手だし。はっきり言ってしまうと、下の上、ぐらい?
暗記問題は特に苦手。
でも、お兄ちゃんのこととなれば必死に覚える。
すごいな、恋って。
「あんまりゴテゴテしたのは好きじゃないよねぇ……」
じっとピアスを見つめる瞳は真剣そのもの。
一生懸命に恋して、一生懸命にその人のために頑張る。
これが恋愛物語なら、主人公は間違いなく朱音。
私に訳が与えられるとするならば、影の薄い、クラスで浮いてる無表情な友達役。
恋人の妹ということもあり、そんな人と友達になってあげる優しい朱音。
どう考えても主人公は朱音だな。
別に、自分に主人公願望があるわけでもないからどうでもいいのだけれど。
「ねぇ、実央。これ良くない? 実央? 実央ってば。」
「――え、あぁ……いいと思うよ。」
「ホント!? じゃあ、これにしよ~」
お兄ちゃんは朱音のくれるものならなんでも喜ぶ。
たとえそれが、青色じゃなくて、ゴテゴテしてるものであっても。
恋って……ホント不思議。
朱音と私が正反対の位置にいても、朱音が主人公で脇役でも、どうでもいいのだけれど、たまに朱音の視点に立てば、私のわからない何かがわかるのだろうかと、そう思うのだ。
「ふぅ……ただいま。」
「おかえり。」
お兄ちゃんが、笑顔で立ってた。
残念なことに、私の好きではない笑顔で、だったが。
ああ……朱音のこと根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。
「今日朱音とどこ行ってたの?」
「映画とショッピング。」
「ふ~ん。朱音、どんな様子だった?」
「どんなって……恋愛ものの映画見てめちゃくちゃ泣いてた。」
「実央は泣いたの?」
「泣いてない。」
たまに私のことも聞くお兄ちゃん。
なんだろう……気を使ってるのかもしれない。
学校でも孤立してる、可哀そうな、私に。
お兄ちゃんと正反対な私に。
「何買ったの?」
「いろいろ。」
「どんなもの?」
「いろいろ。」
別に適当に答えてるわけじゃない。簡潔に答えようと思うと、この答えが一番ぴったりなだけだ。
簡潔に答えようっていうところに、めんどくさいという思いが隠れてることは言っちゃいけない。
「…実央っていつもそう答えるよね。」
「いちいち答えてたらキリないから。」
こういう話し方が、人に嫌われる一因かもしれない。
まあ、噂話程度だしどうでもいいけど。
嫌われてるというだけ、まだマシなのかもしれない。存在を認知されないよりは。
「てか、今週何あるか覚えてない?」
「今週……? 特にこれといった用事はないけど。」
きょとんとした表情の顔のお兄ちゃんに思わず呆れる。自分の誕生日ぐらい覚えてればいいのに。
「そう。」
「実央? 今週なにかあるの?」
「別に。」
「そっか。」
いつも笑顔のお兄ちゃん。無表情な私。人気者のお兄ちゃん。嫌われ者の私。
感情表現豊かな朱音。感情の動きの少ない私。みんなに好かれる朱音。皆に嫌われる私。
それが辛いと思ったことはない。ただ、どうしても疑問に思ってしまう。
朱音と言い、お兄ちゃんと言い…。
どうして私の周りには、私の正反対な人ばかりいるんだろう。