第27話
次の日。
私は朝霧先輩の家にいた。
「全く…熱があるのに試合に出るってどういうことですか。」
「その熱のある奴に怒鳴るってどういうことだよ。」
「そのことは言わないでください。」
昨日、朝霧先輩の動きが悪いと思ってたら、どうやら熱があったらしい。
あのおかしなテンションも熱のせい。
「だいたいなんで私が看病なんかしなきゃいけないんですか?」
「なんでだろうな。」
「…朝霧先輩が一人暮らしなんかしてるからでしょう!?」
「お前、昨日から怒りっぽいなぁ…。」
ダメだ。
もともと話の通じない人だとは思っていたが、熱を出すと余計に通じなくなるらしい。
「だいたい、牧瀬も牧瀬ですよ。なんで私に看病を押し付けてくるんですか!」
「しらねぇよ。」
そう、私が今ここにいるのは牧瀬の電話のせいなのだ。
『昨日から琢磨熱があるんだ。あいつ一人暮らしだし、今日もまだ熱下がってないみたいだから様子見にいってやってよ。』
「どうして私が――」
『俺、忙しいから!じゃあねぇ♪』
一方的な電話にものすごくムカついた。
が、病人を放置するわけにもいかず。
…なんか、私すごいお人よしじゃないだろうか。
「でも、高校生の一人暮らしって珍しいですよね。何でですか?」
「親の転勤。」
「なるほど。」
「………腹減った。」
「病人なのに元気ですね。」
私はふぅとため息をついて、キッチンに向かった。
「朱音。お粥できた?」
「うん、できたよ。」
私だってバカじゃない。
朝霧先輩が例え私を恋愛対象に見ていなくて、風邪をひいていても、一人暮らしの男の部屋にのこのこ来るようなことはしない。
そして何より、私は料理ができない。
そんな奴が来たってものすごく無意味だ。
というわけで朱音を連れてきていた。
朱音がお粥を作ってる間、私は朝霧先輩の話し相手をしていたということだ。
「お粥できましたよ。」
「サンキュ…。」
「私は作ってないですけどね。」
朱音は変わらず朝霧先輩が苦手らしく、朝霧先輩に寄りつこうとしない。
「あー…じゃあ木島に礼言っといて。」
「わかってますよ。とっとと食べてください。」
そう言って私が朝霧先輩の隣を離れようとすると
「…冷たい。」
非難を帯びた声で朝霧先輩がそう言った。
「はい?」
「俺、病人なんだけど。看病しに来たんだろ?食べさせろとは言わないけど、隣にいろよ。」
そう言って朝霧先輩は私の服をギュッとつかんだ。
ダメだ……この人、熱出すと完全壊れるタイプだ。
普段ならこんなこと絶対言わないのに。
…これ、回復した後にこんなこと言ってたって教えたらどうなるんだろう?
「わかりましたよ…ただ、食後の薬だけ取りに行かせてください。」
「ん。」
朝霧先輩は瞳に未練がましさを残しながらしぶしぶ私の服から手を放した。
なんか…牧瀬化してる?朝霧先輩。
そんな事を思いながら朱音がいるはずのキッチンに向かった。
…いるはずだったんだ。
「朱音?……何これ。」
そこには朱音の姿はなく、一枚の紙が置いてあった。
紙には一言。
『健闘を祈る。by朱音』
…とんずらしやがった。
私は怒りにまかせて紙をこれでもかというぐらいにビリビリに破いてから携帯を取り出した。
『ただいま留守にしております。ピーッという…』
アナウンスの声の途中で切った。
…朱音の奴…!!
「青谷?まだ??」
朝霧先輩のいつもより弱い声が響く。
「今行きます。」
仕方ない…
病人を放って逃げ帰るはわけにはいかない。
薬を飲めば副作用で眠くなるはずだ。
朝霧先輩が寝たのを確認したら帰ろう。
「うまかった。…って木島に伝えといて。」
「はい。」
小さな鍋に入ったお粥は少し残っていたけど、結構食べたみたいだ。
これなら大丈夫…かな。
「朝霧先輩。薬です。」
「んー……」
「朝霧先輩??寝る前に飲んでくださいよ。」
「んー……10分だけ…。」
そう言って朝霧先輩は私の方に手を伸ばして腕を握ったかと思うと、そのままグイッと引き寄せた。
いくら病人とは言え男。
私が力でかなうはずもなく、呆気なく朝霧先輩へダイブする羽目に。
「ちょっ…!朝霧先輩!?」
「あったかい……10分…たったら、起こして…。」
あったかいって…
私は湯たんぽじゃないんだ。布団でもないんだ。
いや、そういうことじゃなくて…この状況ってどうなんだ??
私は抱き枕じゃないぞ。サイボーグじゃないから羞恥心もあるぞ。
…って言ってもしょうがないか。
仕方ない、10分後に起こして薬を飲ませてそっからまた眠ったら帰ろう。
「朝霧先輩!10分経ちました。」
「ん…」
…10分の間でマジ寝したらしい。
すごいな、病気の力か?
「薬飲んでください。」
「んー…」
朝霧先輩は寝ぼけながらも水で錠剤の薬を飲みほした。
「じゃあ、もう寝てもいいですよ。」
「無理…」
「はい?」
「青谷の声で…目ぇ覚めた。」
…なんじゃそりゃ。
起きててほしい時に寝て、寝てほしい時に起きる…。
「…私、帰ってもいいですか?」
「無理。」
「…私も家に帰らないといけないんですが。」
「もう少しでいいから…いてくれ。」
朝霧先輩の乞うような視線に結局私は負けた。
大きくため息をつきながらベットの横に座って、改めて朝霧先輩の部屋をぐるりと見回してみた。
「…何もない部屋ですね。」
「必要最低限の物はある。」
それにしてもあまりにもシンプルだ。
飾りっ気も何もない。
そんな中、棚の上に一つだけ写真が飾られていた。
写真に写っていたのは幼い少年が2人と、その親らしき人。
朝霧先輩の子供時代だろうか…。
ちょっとムッとした表情の方が朝霧先輩だろう。
じゃあ隣に立ってるもう一人のやんちゃそうな男の子は?
「…俺の弟だ。」
「!?何してるんですか?寝てないとダメじゃないですか!」
「これが俺で…こっちが両親だ。」
朝霧先輩は私の言葉を思いっきりスルーして写真の人物の説明をした。
気がつくと朝霧先輩は写真をとても悲しそうな目で見ていた。
「朝霧先輩…?」
「…俺の弟は、俺より3つ下で…俺よりずっとバスケが好きな奴だった。」
「……だった?」
過去形である言葉に違和感を覚え思わず聞き返してしまった。
それが朝霧先輩にとってきっと聞かれたくなことであろうに違いないのに。
いつもはそういうことは気をつけてるのに。
自分が、聞かれたくないことを聞いてほしくないから。
「―っすみません、私…」
「気にするな。ってか、俺は気にしてねぇ。…弟は、怪我でもうスポーツはできねぇんだ。」
「……ごめんなさい…」
進んで話したいことじゃない。
私だって、自分の母が…2人もなくなっていることを人に無闇に話したりしたくない。
「気にしてねぇって言ってるだろ。それに…俺はお前に聞いてほしいんだ。」
どういう意図で言ったのか全くつかめないが、朝霧先輩の強い口調に私はおもわずうなづいていた。
「俺の両親は、俺の本当の親じゃないんだ。」
「…どういうことですか?」
いきなり衝撃的なことを聞かされ、私は思わず聞き返した。
「俺の両親は、俺の小さいころに交通事故にあって…叔父叔母が俺を引き取った。俺はその時4歳で、親の記憶とかちゃんとあったから、叔父叔母が本当の両親じゃない、ってことはちゃんとわかってた。」
あくまでも淡々と、けどどこか寂しそうな眼をして朝霧先輩は話し続ける。
「さっき弟って言ったけど、正確には従弟だな。そいつはやたらと元気のいい奴でいつも俺は振り回されてた。」
確かに写真の中のその人は血色もよく、とても元気そうである。
「でも、雨の日の学校の帰り。スリップした車に巻き込まれて、従弟は意識不明の重体に陥った。俺が病院に駆け付けた時、叔父さんも叔母さんも祈るようにしていたのを覚えてる。」
スリップした車。
私はゾクッと思わず身震いした。