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ただ……願う  作者:
本編
28/75

第26話



『あーごめん。その日無理!家族でちょっと出かける予定なんだ。』


「…そう。」



朱音の家族が仲がいいことは知っている。

朱音は一人っ子だし、可愛がられてる。

だが、よりにもよって、この日に旅行じゃなくてもいいじゃないか。



『牧瀬先輩の押しに負けちゃったのかー。ま、頑張って。』


「…もとはと言えば、朱音が余計なこと言わなきゃよかったんだけど。」


『あはははー…細かいことは気にしない!』


「細かいの範囲が広いと思う。」


『まぁ、いいじゃん!その日は私はいけないってことで。』



試合を見に行くのに当然のように朱音を誘ったが、断られてしまった。

一人で見に行くのか…気が重い。いや、別にいいんだけど…はぁ。

仕方ないよな、この借りを別のところで持ってこられても面倒だし…。


借りを今回のことで返そうとしたのが間違いだ気付くのは、試合会場に到着して10分後のことだった。



「…アップしてるし。」



私は2階に上がり、柵にもたれかかりながら下の様子を見た。

牧瀬は…あ、いた。

と思ったら、牧瀬がこっちを見つけた。目が…目が、キラキラ輝いてる…。



「実央!」



まるで犬がとても喜んでいるときの尻尾のように手を大きく振った。

…私にどうしろと。

そう思ってると、牧瀬は自主的にアップに戻った。まぁ、公式試合だし当然か。



「おー男バスもうアップしてるよー!」


「後何分ぐらいで始まるの??」


「えーっと…あと5分!」


「もうすぐじゃん!」



隣にうるさい団体が来た。

ふと彼女たちが持っているエナメルをみる。


「Girl's BBC」


まさか、うちの学校の…!?



「隣すいません。」


「………」



聞き覚えのある声。



「……?あの…――っ!!」



向こうも私のことに気づいたらしい。



「実央ちゃん…どうして、ここに…?」



見開いた目が私を映し出す…。



「…別に。」


「そっか…今日は朱音ちゃんはいないんだ?」



震える声。私に怯えてるかのよう。

…違うな。彼女は自分のしたことに怯えてるのだろう。



「用事があるから。」


「そうなんだ…。」



久しぶりの会話はひどくぎこちないものになる。



「女バス…入らなかったんだね。」


「…入ってほしかったとでも?」


「それは……」



本音なんて、こんなもんだ。

彼女は私に女バスに入ってほしくなかった。


『実央ちゃんは…実央ちゃんが、私を惨めにさせるんだよ!!』


そんなこと、わかりきってたことだ。



「安心して。今更入るつもりもない。」


「違う!実央ちゃん、私は――」



何かを訴えようとした彼女の言葉は大きな声に遮られた。



志乃子しのこー?下、席あいてるみたいだよ!行こうよ!!」


「あ、う、うん。……バイバイ。」」



私は手さえ振ることなく、そっと顔をそむけた。

に彼女が嫌いだから、とかそんなんじゃない。

他の奴に気づかれるのはごめんだっただけだ。


『あんたのせいだよ!!全部!』



「何、今の子。感じ悪くない??知り合いなの、志乃子。」


「うん、ちょっとね…。」



相変わらず…曖昧な返事をするところは変わらない。

自分の意志なんてこれっぽっちもありゃしない。

唯一聞いた彼女の心の叫びは…私の心をひどく傷つけただけだった。



「ピーッ!」


「!!」



過去の記憶に浸っていた私を笛の音が連れ戻した。


試合が始まった。

序盤からこちらの方が劣勢だった。


当然と言えば…当然なのかもしれない。

向こうはそれなりに強い高校で、しかも3年生が残ってる。

それに比べこちらは3年生は引退し、完全な新チーム。


そういえば、練習試合の時にはもう朝霧先輩がキャプテンだった。

そんなに早く引退するなんて珍しい…。



「はっ。やっぱりボロ負けじゃねぇか。」


「朝霧の奴、あんなにでけぇ口叩いてたのによ。」



隣から聞こえてくる暴言に私は思わず眉を顰めた。

朝霧先輩の知り合い…?



「俺らが後輩いびりばれて早めに引退しなきゃいけなかった時のセリフだよな。」


「あぁ。「やる気ない奴らいない方が強くなれるんで。」だったよな。」


「あんだけ言っといてこの様だもんな。」



…そういえば、入学早々に噂で聞いた気がする。

男子バスケ部で後輩を虐めてたところをちょうど顧問が見つけて、3年は強制的に引退させられることになった…。


確か、前々からその学年の男子バスケ部は問題をよく起こしてたらしい。

強制引退の時は随分部内でもめたとも言ってたな…。


牧瀬が先輩が問題を起こして部活停止だと言っていたのもこのこと…?

それとも他に何か問題を起こしていたのだろうか?


こいつらは3年…。

はっ、大学受験もあるっていうのに随分いい御身分だな。



「うわっ、朝霧の奴パスミスしやがった。」


「ははっ、ヘッタクソ!」



今のはパスミスじゃない。

キャッチミスだ。

わかってて言ってるのか、こいつら。


それにしても…牧瀬も朝霧先輩もキレが悪い。

あぁ!そこは外にパスを出すべきだろう!!


何をやってるんだ、2人とも――

牧瀬の野郎、人のことを呼んでおいて…



「はは、牧瀬もボロボロだな。」


「あのシュート外しちゃ終わりだろ。」



こんなカスどもにボロクソ言われて…

いい加減にしろ!!



「牧瀬!!無理に突っ込むな!お前にディフェンスが集まってる分、周りが空いてるんだ!!もっと落ち着いてプレーしろ!!!」



ついに沸点まで達した私は気付かぬうちに怒鳴っていた。

隣の男たちはそれまで黙って試合を見ていた私が突然怒鳴ったのを見て呆然としていたが、今はそんなことにかまってる暇はない。



「朝霧先輩!ポイントガードはあんただろう!?もっと落ち着いたプレーを周りにさせろ!!!オフェンスが急ぎすぎなんだ!まだ前半だ!負けてても慌てずプレーしろ!!」



私は割と通る声をしている自覚がある。

そして、そんな声の人間が怒鳴れば、うるさい中でもよく聞こえる。

プレーに集中しなきゃいけないというのに、朝霧先輩以外の牧瀬を含めた私の学校の奴らは驚いた顔でこちらを見ている。



「何をしてるんだ!さっさとプレーに戻れ!!」



私の怒鳴り声に全員慌ててプレーに戻った。

私は言いたいことを言いたいだけ言って、満足してふっと息をついて――


後悔した。


最悪だ―――よりによって、下で女子バスケ部が見てるのに…。

嫌々ながらももう一度下に視線を向けると、女バスの連中、全員が呆気にとられた顔でこちらを見ていた。隣からの視線もものすごく強く感じる。


やってしまった…。

だから嫌だったんだ…バスケを見るのは。

絶対見てたら頭に血が上って黙ってられないってわかってたんだ。



あー…やだやだやだ。

私は何やってるんだ……。


逃げ帰りたいけど、ここから帰ろうとするだけの元気もない。

本当に最悪だ…。



「ピーッ。」



一人で落ち込んでいたらいつの間にか前半が終了していた。

スコアはどうなっているんだろう…?



「な…!?」



なんと、同点になっていた。

あれだけ劣勢だったのに…。


私が驚いて目を見開いていると、朝霧先輩と目があった。

そうえいば、朝霧先輩だけが私の怒鳴り声に特に反応を示さず、ちらりと視線を向けただけだった。


目をそらすのも感じが悪いかと思い、そのままどうする事も出来ずにいると、朝霧先輩がこちらに向けて拳をつきだした。



「――!?」



そして、ニヤッと笑うとそのままベンチへと戻って行った。



「あいつ…!!相変わらず気にくわねぇな。」


「今の俺らに対してやったんだよな?」



そうか。

私じゃなかったのか。…自意識過剰だよな。



「そうか?俺にはちょっとずれてた気が…」


「確かに俺らに対してだったらあんなふうにわらわねぇか…。」



視線がこっちに向いている。

…お願いだから見ないでほしい。



「…なぁ、あの子何者?」


「よくわからねぇけど…朝霧の彼女?」


「いやいや、彼女があんなふうに怒鳴るか??」


「それもそうだけどよ…。」



…お願いだから、私の聞こえないところでその話はやってくれ。

今、人生で史上最高に恥ずかしい。



前半で流れをつかんだのか、そのまま私たちの学校が勝った。

試合終了の笛が鳴った瞬間、満面の笑みで牧瀬がこっちを見た。

もちろん、私がそれに何か反応する元気がなかったことは言うまでもない。



「ったく…なんだかんだいって有言実行か。」


「まぁ、ムカつくけど努力だけはしてたからな。」


「俺らがサボり魔だっただけじゃね?」


「ははっ。それ言っちゃおしまいだ。」



隣の3年の奴らはそんな風にごちゃごちゃ言いながら帰って行った。


…そう、もう特に見る試合もない。

帰るべきなんだけど……下に降りたくない。


嫌だ。

あんだけ怒鳴っといて、牧瀬にも朝霧先輩にも顔を合わせたくない。

もうひとつ言えば、女バスの人たちにも会いたくない。

あー…隠れる場所ないかなぁ…ないよなぁ…。



もう女バスの人たちは帰ったりしてないだろうか。

そう思って、下を覗き込んでみたらちょうど帰るところだったようで、ぞろぞろと歩いてコートを後にしている。ふと、志乃子と目があった。

彼女が柔らかくこちらに向かってほほ笑んだように見えたのは私の気のせいだろう。



「み~お!」


「――っ!!」



振り向きたくない、聞き覚えのある声。



「いやぁ、びっくりしたなぁ。でも――って、実央!?」



逃げた。


当然だ。あんなに恥ずかしいことない。

あの時の私は頭がどうかしてたんだ。

そうに違いない。てか、そうじゃないと耐えられない。


一心不乱に走っていた私は目の前にある人が全く見えてなかった。



「――っ!ごめんなさい!」



ぶつかった、そう思って反射的に謝った。

だが、私に大した衝撃は襲ってこなかった。

なぜなら、私が走ってそのまま突っ込んでいってしまった人がしっかり私を抱きとめていたから。



「お前は走ってるときに俺にぶつかる趣味でもあるのか。」


「…そんなマニアックな趣味ありません。」



この前はそれで助かったからいいけど、今回は状況がよろしくない。

このまま朝霧先輩が逃がしてくれるようには思わない。



「…放してもらえませんか?逃げてるんです。」


「真から?」


「えぇ。」



…今更だ。

今更だけど、この体勢恥ずかしい。


朝霧先輩が言葉を発するたびに息が髪にあたってる。

もうユニフォームから着替えたのだろう、汗のにおいはほんのりとしかしない。



「一緒に逃げるならそれも面白いけど、残念ながらもう追いついたみたいだ。」


「実央!!」



牧瀬の姿が見えると同時に、朝霧先輩は私の体を放した。

初めからあったわけでもないのに、なぜか感じた喪失感に私はそっと自分を抱きしめた。



「もう、逃げないでよ!」



そう言われたって、逃げたくなるものだ。

あり得ない。

あんなに恥ずかしいことない。



「お礼言おうと思ったのにさ。」


「…お礼?」


「うん。実央が喝入れてくれたおかげで皆の動きがよくなった。」



にっこりと笑顔でお礼を言う牧瀬は、本当に感謝してくれてることはわかるのだが、どうにも恥ずかしくてぶっきらぼうに返した。



「……そんなことチーム内でやって。」


「いや、怒鳴ったのお前だろ。」



わかってるから突っ込まないでくれ、朝霧先輩…。

わかってる、そんなことチーム内でやるべきなんだ。

…なのになんで怒鳴るかな、私…。



「実央、ありがとね?」


「別に。」


「可愛くねぇな。怒鳴ってた時は可愛げあったなのにな。」



からかうように朝霧先輩が言う。

…酒飲んでるのか、この人。

絡み酒か!?



「ほっといてください。お酒でも飲んでるんですか?絡み酒はよくないですよ。」


「スポーツマンだぞ?飲むわけねぇだろ。」



私が皮肉を込めながら言った言葉に対し、朝霧先輩は冷静に返した。

その冷静さがムカついてムキになって言い返してしまう。



「スポーツマンでも飲む人は飲みますよ。」


「そもそも未成年なんだから、飲んじゃいけねぇだろ。」


「当り前じゃないですか。冗談ですよ。」


「お前の冗談はなぁ――」


「朝霧先輩だって――」



「……2人とも、そろそろやめたら?」



妙にテンションの高い朝霧先輩と私は牧瀬がそう言って止めるまで無駄な言いあいをした。


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