第25話
うるさく蝉が鳴く今日は晴天。
夏、真夏。
暑いぐらいに照りつける太陽。
自転車で風を感じながら駆け抜けても暑い。
「暑苦しい…」
ただ、気分は悪くない。
これも、あの2人のおかげだろうか。
…朝霧先輩はともかく、牧瀬は認めたくないが。
暑さをかすかに紛らわしていた風も自転車と同時に止まる。
『シュパッ』
気持ちのいい音が鳴った。
誰だ??もしかして、朝霧先輩?
「あれ?実央!?」
予想は見事に外れた。
聞こえてきたのは間の抜けた声。
「どこをどう見たら私以外の人間に見える?牧瀬。」
「あ、いや…ジャージ姿が新鮮で…」
「別に普通。」
「でもさ…いつも制服だし…」
…視線が痛い。
「バスケ。しないの?」
少し怒ったような声で言うと
「す、するよ!」
慌てた声で答える姿が牧瀬らしかった。
『シュパッ』
気持ちのいい音は小気味いいほど何度もなる。
「やっぱりエースなのか…」
普段の馬鹿さ加減を見ていると、どうも牧瀬がバスケ部のエースということを疑ってしまう。
「ん?何か言った?」
「いや…今日は練習は?」
「今日はOFFなんだ。」
「…OFFの日まで練習か。」
OFFの日ぐらいゆっくり休めばいいのに。
「んーだってさ、ボールに触ってないと落ち着かなくない?」
「…否定はしない。」
私もそういう時期はあった。
ボールを触ってると安心する。
触ってないと違和感がある。
「実央はどうしたの?」
「バスケをしに来た。」
「いや、それはわかるけど…やる気がなくなったって言ってなかった―」
「たまにはやりたいと思う日もある。それに暇だし。」
暇だし…バスケは嫌いになって辞めたわけじゃないし。
「わざわざうちの学校に来たのは…バスケ?」
「そうだよ。ま、選抜で選ばれるような選手でもなかったし、地道に勉強してくる羽目になったけどな。」
「…そう。」
意外だった。
牧瀬はチャラチャラして、軽そうで…っていいすぎか。
でも、苦労知らずに見えた。
高校にも推薦で軽く入ったものだとばかり思っていた。
「チームのみんなあんまりバスケに興味なかったしね。」
苦笑いをする牧瀬。
…大変だったんだろうな。
やる気のない奴らの中にたった一人だけ、やる気があっても、皆なかなかやる気にはならない。
それでもバスケを続けて、わざわざバスケのために私立に来て。
すごい信念だ。
「…牧瀬って案外偉いのか。」
「え?別に俺は―」
「今も楽しそうにバスケやってる。」
大変なことがあったはずだ。
自分だけが頑張ってるという事実にやめたくなった時もあったはずだ。
でも、彼は今バスケをとても楽しそうにしている。笑ってる。
「偉いよ、牧瀬は。…認めたくないけど。」
私が最後に一言付け加えると、牧瀬はおかしそうに笑った。
「ぷっ…ありがと。」
やっぱり牧瀬には、苦笑いよりこっちの笑顔の方があってる。
汗が滴り落ちるほど、シューティングを続けた。
牧瀬は、暑さに耐えられなくなったのか、ベンチに倒れこむように座った。
「あっつーい…」
夏だから当然。
その上運動してるんだからもっと当然。
牧瀬の額には何筋もの汗が流れてる。
「暑いって言うな。余計暑くなる。」
当然夏だから、私だって汗をかいてる。
これでサイボーグじゃない証明になったってわけだ。
「じゃあ、寒ーい。」
こいつはガキか…。
精神年齢小学生だろう、間違いなく。いや、それより下の可能性はあるが。
「バカ?寒いって言って寒くなるなら誰も苦労しない。」
「え、でも気分的には―」
「しかも寒かったらそれはそれで嫌。どうせなら涼しいって言えば?」
「…涼しいなぁ…」
無風のこの時に「涼しい」っていうのは相当無理がある。
「…もういい。暑いのには変わりない。」
「だよなぁ…あ!ちょっと待ってて。」
牧瀬は何かを思いついたようにベンチを立った。
どうした?とかそんなこと聞く気力は暑さに奪われてしまった。
バスケットボールは置きっぱなしだし、どうせ戻ってくる。
放っておこう。
「……暑い…」
なんでこのクソ暑い中、バスケなんてしようと思い立ったのか…。
バスケをしに行こうと思った時の自分の頭の中を見てみたい。
牧瀬も牧瀬だ。
OFFのこんな暑い日にまた練習。
よくやる。
熱血通り越してただのバカだ。さっきまで偉いとか思ってたのにな。
…偉いんだけど、どこかバカなんだ。
少なくとも、彼は逃げ出さなかった。
どこかの臆病者と違って…。
「み~お!」
「―っ!!!!!!」
声とともに頬にひんやりとした感触が広がる。
その冷たさに思わず飛び上がりそうになった。
「冷たい!!!」
「あはは。なんかさ、恋人同士みたいでこういうのよくない?」
牧瀬は笑いながらはい、と私にペットボトルをわたした。
「…少女マンガの読みすぎだろう。」
どこの乙女だ、こいつは。
って言っても、私自身少女漫画なんてほとんど読んだことがない。
朱音に押しつけられたやつを1,2冊読んだぐらいだ。
読んだ感想??
…あまりにも現実した離れした内容に愕然とした。
あきらかにあれはファンタジーだ。現実のものとは明らかに異なる。
朱音から言わせてみれば、漫画なんだから当然、だそうだけど。
「実央は夢がなさすぎだよ。」
「…あれを夢にするのはどうかと思う。」
だって、私がマンガの主人公の立場なら絶対いやだ。
やたらとめんどくさいことに巻き込まれるし、必ず一度は不幸な境遇に追い込まれるし。
絶対そんなの夢見たりしない。
「誰が好き好んであんな立場に…」
「…実央、何想像してるの…。」
何?
マンガの中のあのあり得ない展開、あり得ない境遇、状況…
ダメだ。想像しただけで寒気がしてきた。
「あんなあり得ない面倒事に巻き込まれるなんて絶対嫌だ…」
「そこ!?普通さ…美系の男2人に取り合ってほしい~とか?」
まず第一に、マンガの中のような美系なんてそう簡単にいない。
かっこいいなぁ程度で、あんな風に気持ち悪いぐらいのファンが付きまとったりしてる人は見たことない。芸能人じゃあるまいし。
だいたい本当にかっこいい人なんて、彼女がいるに決まってる。
「そんな現実味のない話…」
言いかけて、ふと思い当る人物がいた。
少女マンガの主人公のことじゃない。彼女のいないかっこいい男2人。
「…牧瀬。お前彼女いないのか?」
「え?やだなぁ、実央。彼女いたら実央にアタックしてないよ。俺、誠実だし。」
……誠実かどうかは知らないし、興味もないが彼女はいないのか。
朝霧先輩はどうなんだろう??
…牧瀬は…こいつ鈍そうだし…本人に今度聞いてみるか。
「好きな人は?」
「…実央、話聞いてた??」
「彼女はいないんだろう?誠実かどうかは知らないけど。」
牧瀬はわざとらしくため息をついた。
大きく、はぁーーと。
「なに?言いたいことがあるなら言った方がいい。」
「いや、肝心なところ聞いてないよなぁって…。」
「牧瀬が私にアタックしてるってところ?なんでいつもの軽口にいちいち取り合わなきゃいけない?」
「………軽口じゃなかったら?」
一瞬、牧瀬の目がすごく真剣になって…怖かった。
恐ろしいとか、そういうのじゃなくて…
瞳の真剣さが、怖かった。
「…なんてね。それにしても、俺は実央に対してこんなに真剣なのにひどいなー。」
でも、それは本当に一瞬で、次に口を開いた時にはもういつもの牧瀬だった。
「そういうのが軽いっていうんだ。」
「えーそんなことないよー??」
ニコニコと笑う牧瀬の瞳にはもうさっきの真剣さは欠片もない。
それにホッとする自分がいて、だけど少し居心地の悪さを感じた。
「しかし暑いな…。」
「ホントに。俺だって試合前じゃなかったらさすがにシューティング来なかったかも。」
「試合前…なのか。」
試合前なのにOFFって…
あぁ、そうか。合宿明けだ。
「うん。で―――」
「行かない。」
「まだ何にも言ってないじゃん!!」
言わなくてもわかる。
試合を見に来てほしいというにきまってる。
「実央、宿題終わって暇なんでしょ?見に来てよ。」
「暇だけど嫌。」
「…言うと思った。」
はぁーと牧瀬は大きくため息をついた。
今日は珍しくあっさり引いたな。
とか驚いてたら…
「ね、実央。俺、木島ちゃんから聞いたんだけどさ。」
「何?」
「実央、この前俺に2つ借りがあるから、って練習試合見に来てくれたんだよね?」
朱音の奴…!!
なんでこいつにそういういらない情報を次から次へと!
「この前で1つ…もう1つ、残ってるよね?」
反論のすべはなかった。