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ただ……願う  作者:
本編
26/75

第24話



それからしばらく、私はどう動いていいのかもわからず、玲衣に携帯を渡した玄関でずっと立ちすくんでいた。

もう何をどうしていいかわからなかった。



「ただいま。」



ガチャッと音が鳴って声とともにドアが開いた。

そこにはできるだけ顔を合わせないようにしていた人物が立っていた。



「実央…こんなところでどうした?」


「…別に。」


「別にって顔はしてないだろう。」



顔…?

あなたに私の顔から感情が読み取れると??

だったら、どうして――!!


…違う、そうじゃない。

私がそれほどひどい顔をしているっていうことだけだ。



「どうした??」



優しく問いかけてくる父。

その優しさが私に向けられてると思ってしまう。

お父さんは…「私」を心配してくれてるのではないかと…。



「言ってごらん。実央がそんな顔をしてるなんて心配だ。」


「……愛央が…」



とても、とても優しい言葉に思わず言葉が出た。

しかし、次の瞬間にそれを後悔することになる。



「愛央…?愛央がどうかしたのか!?」



必死な様子の父…。

お義母さんのお葬式以来あっていないから仕方ない。

お父さんだって愛央のことが心配でたまらないんだ。


そう思っても、心は急速に冷えていく。

だって…お父さんはもう私の心配なんてしてない。



「いや、何でもない。」


「実央?」


「何でもない。」



せめてもう一度。

大丈夫か?って私に向かって聞いてほしい。



「愛央は…元気かわかるか?」



…わかってた。

だって、父は私を見るのが辛い。

私に大丈夫かなんて声、かけられるはずがない。

そう…あの人が大丈夫じゃなかったんだから…。



「元気だよ。」



声は震えてないだろうか?

私は上手にあなたを騙せてますか?



「愛央はもう少し落ち着けば…帰ってくる気になるんじゃないかな。」


「そうか…。」



安心した父の様子を見て、悲しくなる私は、本当に最悪だ。



「そういえば実央はどうしてこんなところで突っ立ってたんだ?」


「…なんとなく、ぼーっとして。」


「玄関なんか寒いんだから風邪ひくぞ。早く中入りな。」



優しい、優しいお父さん。

でも、あなたは私を見ていない。

私は…今でも怖くてあなたの顔を見ることができない。




部屋に戻ってしばらくして、玲衣が携帯を返しに来た。



その瞬間まで3人の事を忘れ、自分のことを考えてるんだから、本当に私は最低だ。

私が3人を傷つけたのに。

玲衣の表情は暗く、どこか落ち込んでいるように見えた。



次の日には朱音からメールがきていて



「玲衣さんからちゃんと聞いたよ~!お姉さんと久しぶりに会ってびっくりしただけだって。とりあえず一安心かな?」



と書いてあった。


昨日、玲衣と愛央がどんな会話をしたのかは分からない。

朱音には嘘…ではないが、昔付き合っていたということは隠すみたいだ。


結局私は3人ともを傷つけることしかできなかった。

一人、真実を知らない朱音。

理やり偽って明るい声を出した愛央。

暗い表情の玲衣…。



本当に…こんなんだから、私は自分が嫌いなんだ。



ー・-・-・-・-・-・-・-・-



それから、私は家にこもって黙々と宿題をこなした。

外に行く気分にはなれなかった。


太陽の光を見るだけで、気分が悪くなった。

自分みたいな人間が、光に照らされてる事実に嫌気がさした。

昼もカーテンを閉め切って、宿題だけをただひたすらした。


そのせいで、休みから2週間がたつころにはほとんどの宿題が終わっていた。



「暇…」



宿題が終われば、私にやるべきことなんてない。

牧瀬と朝霧先輩もちろん朱音も何度か誘ってくれたけど、何度も冷たく断るうちに、メールも電話も来なくなった。



「…もう、来ない、か…」



それが寂しく感じるのはなぜだろう?

ギャーギャーとうるさい牧瀬がいなくて、神出鬼没な朝霧先輩がいない。

それをなぜ私は寂しいと感じるのだろう?



『ピンポーン』



チャイムが鳴るのは、朱音か配達が来たときだけだ。

朱音は、きっと玲衣とデートでもしてるんだろうし、宅急便か?

インターフォンのカメラをチェックすると、そこにいたのは…



「朝霧先輩と…牧瀬?」



一体何の用だ…?バスケは?練習は?

私から距離を置いたんじゃなかったのか?彼らは何をしにきた?居留守をすべきか…?



「おい、青谷。いるのはわかってる。さっさと出てこい。」



朝霧先輩の声がドア越しに聞こえてくる…。

久しぶりに声を聞く…。

いるのはわかってるって…カマをかけてるだけ?それとも何か根拠があって…?



「なんですか?」



私は迷った挙句、インターフォンに出た。



「顔見せろ。」


「…それはつまりドアを開けろってことですか?」


「お前が外に出て来いってことだ。」



いつもより口調が乱暴な気がする…気のせいだろうか?



「私、宿題が…」


「どうせもう終わってるんでしょ?」


「牧瀬…」



いや、終わってるけども。

会いたくないという遠まわしの意図をくみ取れよ。



「実央…でてきてくれない?俺も琢磨も話したいことがあるんだ。」


「…私にはない。迷惑。帰って。」



いつもは冷たい言葉を言うと、大げさなリアクションをとる牧瀬が冷静な口調で言葉を返してきた。



「ねぇ…実央。俺、実央んちの合鍵持ってるんだ。」


「…どういうこと?」


「事情は後で説明するけど…だから、抵抗しても無駄だよ?」



カメラ越しに見せつけられた鍵を見て、ピンときた。

愛央だ…。

あれは、私が愛央に帰ってきたくなったらいつでも帰ってきて、と渡した合鍵だ。



「…わかった。すぐ行く。」



話があると言って、連れて行かれた場所はあの朝霧先輩とバスケをした公園だった。


この公園で、バスケしていた時は幸せだった。

楽しかった、純粋に。

久しぶりにボールに触れて、久しぶりに誰かと一緒にバスケをした。

その幸せな気持ちが消えてしまったのは…自分のせいだ。



「ねぇ、実央。俺たちが何を言いたいか、わかってるよね。」



牧瀬の強い口調。

こんな風に牧瀬が私に話すことはなかった。

いつも…いつもバカみたいに明るい口調だった。



「…何のこと?超能力者じゃないんだからわかる訳ない。」


「じゃあ、はっきり言うよ。なんでここ2週間、俺たちと会うのを拒んだの?」



怒ってる…。

言葉から、牧瀬の怒りがひしひしと伝わってくる。



「別に…宿題が忙しかっただけ。」


「…実央。嘘はよくない。」



嘘…ね。

私は大きな嘘をついた。

こんな小さな嘘がいくら集まっても敵わないぐらい大きな嘘。



「愛央に連絡取ったんでしょ?じゃあ、私が話すことは何も―」


「愛央さんからは何も聞いてない。」


「嘘…」



嘘だ…。それこそ嘘だ。

愛央に連絡したくせに、何も聞いてないなんて嘘だ。



「本当だよ。」


「愛央が…話したがらなかったの?」



そうだ。それならあり得る。

この問題は愛央にもかかわる問題。

話したくなかったのかもしれない。



「違う。そもそも何があったか聞いてないんだよ。」


「何言って―」


「愛央さんに実央の様子がおかしいことを伝えた。そしたら少し会いたいって言われて、合鍵だけ渡されたよ。」


「なんで…?」


「何も聞かなかったのかって?それは…実央自身に聞きたかったから。それだけだよ。」



私自身に聞くことに何の意味があるのだろう?

他人から聞いても、本人から聞いても、事実は同じ。

そこにその人の多少の感情が含まれていたとしても、事実は変わらない。



「…私に愛想を尽かしたんじゃなかったのか?」


「何それ?俺達は今実央に何言っても無駄だろうから、どうするか話してたんだよ。」



牧瀬の声はいつもの明るい声に戻っていた。



「どうして…」


「…俺は実央の友達じゃん!」



そう言って牧瀬は明るく笑った。

でも…その笑顔が、いつもより少しだけ陰って見えたのは私の気のせいだろうか。



「…俺はただ気に食わなかっただけだ。」



今まで口を開かなかった朝霧先輩が低い声でそう一言呟いた。



「気に食わないって…」


「無視されることが。冷たく電話切られることが気に食わなかった。」


「……」



きっぱりと言い渡された言葉に私は返す言葉がなかった。



「次は俺たちの番だ。何があった?」


「何がって…」


「お前があぁなったのはなんでだって聞いてるんだ。」


「琢磨、そう焦らずに…」


「答えろ、青谷。」



朝霧先輩の言葉はすべてがまっすぐで。

嘘をつくなんてこと、できなかった。



「…傷つけたんですよ。3人も。」


「どうして?」


「誰を救えばいいのか、わからなかった…。」


「実央…」



誰かを救おうとすれば、誰かを傷つける。

3人とも助けてあげたいのに何もできない。

3人を傷つけることしかできない。



「バカか。お前。」


「な!?バカって…」


「バカだろ。お前何様だ?神様か?」



朝霧先輩は一言一言、きっぱりと言う。



「何様でもない!ただ、私は…」


「無理なんだよ。皆が誰も傷つかず、笑って生きられる世界なら、そもそも「傷つく」なんて言葉自体存在しねーだろうが。」



その通りかもしれない。

でも、でも、でも…違うんだ…。



「でも私は3人も…」


「本当にお前のせいか?」


「何を…」


「だいたいそれは3人の問題なんじゃないのか?お前はまた自分のせいにしたいだけなんじゃないのか?」



朝霧先輩に言われた言葉が胸に重く響いた。

頭は鉄鎚で殴られたみたいにガンガンする…。


サンニンノモンダイ……


ジブンノセイニシタイダケ……



「実央…?」


「朝霧先輩の…言う通りです。」


「…そうか。」


「でも…でも、それでも…私はどうにかしたかった…。」



何も…何もできない。

3人の問題は私が口出しすべき問題じゃない。


たぶん、ここまで3人が本当にどうにかなってしまうんじゃないかと心配するような内容じゃなければ、玲衣の元カノの1人がどうのこうのと言ったのなら、私は口を出さなかっただろう。

そして、この3人でなく、他の人なら私は私には関係のない問題だと言って全く口を出さなかっただろう。


…大切な3人だから。


何かしてあげたかった…。壊れていく様子をただ見ていることはできなかった。



「大切な人のために…何かをしたかった…。」



うつむき唇をギュッとかみしめる私の頭に何かががポンと乗せられた。



「泣かないのは実央らしいけど…悲しい時は悲しいって、思いっきり顔に出せばいいと思うよ?」



牧瀬のその言葉に私の中の何かが崩れた。



「え!?ちょっと、実央??」


「悪い…しばらくこのままで。」



私は牧瀬の肩におでこをつけてそっと服をつかんだ。

目を閉じると、自分の無力さへの苛立ちや、大切な人を傷つけてしまったことへの悲しみが押し寄せる。



「どーせなら、胸貸してあげてもいいよ?」



牧瀬がおどけた口調で私の頭の上に乗せてた手でポンポンと頭をなでた。


前、高浜たちから助けてくれた時は、気持ち悪いだけだったが…

今はほっとする。

自分の中の何かが許された気がする。



「お言葉に甘えて胸を借りようか。」


「え!?マジ―」


「冗談。」


「…ですよねー。」



牧瀬は…認めたくないけど、すごい。

だって、話してるだけでこんなにも明るい気持ちになれる。

すべての痛みが消えたわけじゃないけど、すごく楽になる。



「ありがとう…。」


「いえいえ。どうしたしまして。」



牧瀬の笑顔にはさっきまでの陰りはもう見えなかった。



「さて…そろそろ帰る?もう1時間以上たってるし。」


「…そうする。」


「んじゃ、送ってく。」



朝霧先輩が視界に入ってきて、思わず口を開いた。



「あの…」


「なんだ?」



慰めてくれたのは牧瀬だった。

優しく諭してくれたのは牧瀬だった。

明るい笑顔で笑ってくれたのは牧瀬だった。


でも、怒ってくれたのは朝霧先輩だった…。

私はまだ、彼に言うべきことを言ってない。



「ありがとう…ございました。」


「…俺は思ったことを言っただけだ。礼なんて必要ない。」



朝霧先輩は素っ気なくそっぽを向いたが、私はそれでも彼に感謝した。



「でも…現実を教えてくれたから…。」



そう、これは3人の問題であって私が首を突っ込んでいい問題じゃない。

そして、私の自己満足に付き合わせていいはずがないのだ。



「…お前は一人で背負いすぎだ。」


「はい?」


「木島がお前を頼るように、お前も誰かを頼ればいい…。俺達でも、それこそ木島でも。」


「…ありがとうございます。」



私はきっと、誰よりもこの2人を頼りにしているのかもしれない。



「はいはい、いい雰囲気にならない。じゃ、帰るぞー!」


「…牧瀬、お前バカ?…バカか。」



いい雰囲気ってどこをどう見たらそうなるんだか。



「バカだな。」



朝霧先輩がそう呟いた言葉が私が言った言葉と違う意味を持っていたとは少しも思っていなかった。


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