第22話
「…………」
早朝。
私は約束?通り○○公園に来ていた。
ただ、中には入らず外でボーッと立っていた。
そして…見惚れていた。
朝霧先輩の綺麗なシュートホームに。
「…あ。来てたのか。」
「……おはようございます。」
「そんなところに突っ立ってないでこっち来いよ。」
私は公園の中に入った。
「…綺麗なシュートホームですね。」
「そうか?」
「はい。」
手から放たれるボールは綺麗なループを描いている。
吸い込まれるようにゴールに入るシュート。
素人が見ても、息をのむに違いない。
「お前も打てよ。しばらくやってないんだろ?」
「…なんで突然?」
「いいから。」
私は渋々朝霧先輩の言われたとおりにシュートを打った。
ガンっとリングの手前にあたってシュートは落ちた。
げ…最悪。完全に鈍ってる…。
私が心の中で思った言葉を朝霧先輩が口に出した。
「鈍ってるな。」
「次は入れます。」
じっとリングを見つめる。
手首をしっかりと返してはなったボールはリングへと吸い込まれていった。
シュパッと気持ちのいい音が鳴る。
思わず笑みが漏れる。
「…正解だったな。」
「?何がですか?」
「お前をバスケに誘って。」
相変わらず朝霧先輩は言葉が足りないというか…意味が分からないけど…まぁ、いっか。
しばらく打つと調子が戻ってきたのかスパスパとシュートが決まる。
「楽しそうだな。」
「楽しいですけど。」
「…じゃあ、どうしてバスケやめたんだ?」
いきなりそこか…。
まぁ、朝霧先輩にオブラートに包んでとかいうことは無理だろうけど。
「どうしてでしょう…」
「お前さ、案外いろんな奴に気ぃ使って生きてるんだな。」
「…何言ってるんですか?」
話の流れが読めない。
「家族に気ぃ使って声のトーン変えたり、呼び方変えたり。…バスケも誰かに気ぃ使ったんじゃねぇの?」
そんなことを知ってるのはたった一人しかいない。
「…愛央…」
なんで他人にそういうことを言うかな…
「朝霧先輩には関係のないことです。」
「お前の姉ちゃんさ。」
朝霧先輩は私の言葉を全く気にせずに言葉をつづけた。
「俺らに助けを求めてるみたいだった。」
助けを求める…?
「お前をどうにかしてほしい、って目が訴えてた。」
「………」
愛央は。
きっと疲れたんだ。私の面倒をみるのに。
当然だ。何を悲しがってる?
愛央はお姉ちゃんだから私の事を見放さないって?
私の重たい気持ちも、面倒な志向も全部受け止めてくれるって?
…そんなはず、ないのに。
「それにな…すっげぇ悔しそうな目、してた。」
「…悔しい…?」
朝霧先輩の言葉に思わず首をかしげた。
「お前を助けることが自分にはできないってことが悔しかったんだろ。」
朝霧先輩の言いたいことが分かった私は心の中で愛央に謝罪した。
愛央……ごめん。
ごめん、愛央。
結局私は、いつも誰かを苦しめることしかできない。
感情をコントロールしきれずに、誰かを苦しめてしまう。
「人に気ぃばっか使って、お前自身が苦しんでるの、見てらんねぇって感じだった。」
「…そんな綺麗な人間じゃない、私は。」
朝霧先輩がそう感じるのはきっと愛央が綺麗に伝えたから。
そして、愛央が綺麗に伝えることになったのは、愛央の心が綺麗だから。
でも…本当は、違う。
「………」
「私は誰かに気を使ってやってるわけじゃない。私が…私が苦しくて、逃げて、そうやってるだけ。」
気を使ってる、なんて綺麗なこと私はしてない。
「玲衣」って呼んで、「愛央!?」と呼ばれるのが嫌で。
「お父さん」「お義母さん」って呼んで、期待して振り向いた顔が、私を見た途端、悲しみの色に染まっていくのを見るのが嫌で。
私は声のトーンを変えて話すようにした。
玲衣においては呼び方を変えた。
そうしないと、自分が苦しいから。
いつも愛央と比べられて。
いつも私は感じの悪い子で。
そのうえ、間違えられるなんて嫌だった。
誰かに気を使ってるなんて、そんな正しいことしてない。
自分が苦しいのが嫌で、逃げただけ。
愛央が出て行ったのは私のせいなのに。
私のせいで家族全員が苦しむ羽目になったのに。
私だけ苦しみから逃げたんだ。
「おい。心の中で話すな。口があるだろ。声に出せ。」
「……愛央が出て行ったのは私のせいなんです。」
絞り出すようにそう言った私の言葉を朝霧先輩ははっきりと否定した。
「違うな。」
「なんで何も話してもないのにわかるんですか。」
何でもなんでも断定系で。
まるで、すべて見透かされてるんじゃないかって錯覚に陥る。
「自分のせいにしたいんだろ?人のせいにするより、自分のせいにした方がお前は楽なんだろ?」
「何言って…」
「お前は家族全員、好きなんだろ?」
図星…だった。
好き。
愛央のことはもちろん好き。
玲衣も優しいから、好き。
お父さんも…ホントは優しい人で、家族の中で一番好きだった。
お義母さんも良くしてくれて、いい人だった。
みんな好きだった。
「でも、その割に自分は大嫌いなんだろ?」
「………」
コミュニケーションをとるのが苦手で。
誰かと話すといつもその人を傷つけて。
思った通りに顔が動かなくて。
無愛想な子、そう言われて。
お父さんの教育が悪いって言われて。自分を否定されるのはどうでもよくて。
けど、お父さんが否定されるのは嫌で。
学校でも一人浮いて。
愛央に気を使わせて。玲衣にも朱音にも気を使わせて。
一人じゃ何もできなくて。
いつも傍にいてくれる人に気を使わせて。
私は…
そんな自分が大嫌いだ。
いや、大嫌いなんてもんじゃない。
自分自身のことが、憎いぐらいだ。
「好きな人を責めるより、嫌いな自分を責めた方が楽なんだよな。」
「………」
唇をかみしめて朝霧先輩の視線から逃げるようにうつむいた。
玲衣が愛央をふらなければ、愛央は苦しまなかった。
玲衣と愛央が素直に親に言えば、あそこまで2人が傷つくことはなかった。
玲衣と愛央が付き合っていなければ、愛央も、玲衣も、両親も、みんな幸せでいれた。
お義母さんとお父さんが結婚しなければ、愛央と玲衣は付き合ったままでいれた。
お義母さんとお父さんが2人の異変に気付いてれば、2人は苦しまずに済んだ。
そうなのか…?
違う。誰も悪くない。
悪いのは。
愛央を追いだした私。
2人のことを知っていて、何もできなかった私。
私だけが、悪い。
心の準備をして、私はすっと視線をあげた。
朝霧先輩の視線と自分の視線をしっかりと合わせる。
疑問をぶつけるために。
「…どうしてわかるんですか?」
「……顔に言いたいことが全部出てる。」
「はい?」
そんなわけはない。
サイボーグと言われるぐらいだから。
「冗談。」
「はぁ…」
そうじゃなかったら驚く。
「質問に答える気、あります?」
「ないな。」
じゃあ、もういい。めんどくさいし。
「じゃあ、こっちの質問に答えてください。」
「なんだ?」
「…この話をするために、今日ここに誘ったんですよね。」
「そうだな。」
「それならどこかで話すだけでいいじゃないですか。どうしてわざわざバスケを…」
何本かシュートまで打たせて。
めんどくさい話なんてさっさと終わらせたらいいのに。
「お前、普通に呼び出して言えって言ってもいわねぇだろ?」
それはそうだけど…
「バスケしてる時のお前が一番素直で扱いやすいからな。」
扱いやすい人間になったつもりは一度もないんだけど。
「中学の時。俺はお前に興味があったからな。よく見てたんだ。」
体育館でいつも男子の隣のコートでバスケをしている女子を観察することなんて簡単だけど…
「バスケしてる時のお前は楽しそうで。声も出すし、笑うし…けど、バスケをしなくなった途端、無表情になるし。」
「別に意識してやってるわけじゃ…」
「無意識的に無表情にしてるんだろ?んで、無意識にバスケしてる時は笑うんだよ。だからバスケしてる時のお前は素直だって言ってんだよ。」
こう、ズバズバとはっきり言われると、それが正しいのかどうかしっかり考える前に、正しいと思いこみそうになるんだけど…。
いや、でも確かに朝霧先輩の言ってることは間違いではないのだろう。
「高校になって、バスケしてねぇって知って、お前の笑顔なんて一度も見れなかった。」
「…高校に入ってからは愛央の前以外では笑ってないんで…」
「さっき笑ってたけどな。」
……そう言えば。
「正解だったな」って、もしかしてそのこと…?
「いい顔して笑うんだからもっと笑えよ。」
お世辞は結構だ。
嘘でそういうことを言われも困る。
という思いついた言葉の数々は心の中にしまっておく。
「笑いたくない時にまで笑えません…」
「んじゃ、バスケしろよ。」
「…無理です。」
「なんで?」
朝霧先輩の追求に私は口を閉ざした。
「…まぁ、いいや。」
突然の質問の終了に思わず
「えっ…」
と言ってた。
「なんだ?答えてくれるのか?」
「それは…無理ですけど…。」
もうちょっとしつこく聞かれるものかと覚悟してたものだから…拍子抜けと言うかなんというか。
「だろ?またお前の気が向きそうな時にでも聞くから。」
やっぱり、朝霧先輩の笑顔は優しくて。
自分の心がそっと温かい何かで包まれたような気持ちになった。
家に帰った後、私は久しぶりの運動に疲れたせいか、熟睡した。
夢はよくわからない夢で、ただ黒い煙がもんもんと漂っている夢だった。
最後の2文はつけるか迷ったんですけど…これがあった方が先が気になるかなぁと思いまして。