第20話
『でね~玲衣さんったら~』
…朱音のノロケも聞き飽きてきた。いや、最初から聞くのは嫌だったんだけど…
時間もそろそろ行かなきゃ怪しまれる。
まぁ、トイレ行くって言ってる時点で怪しまれてるんだろうけど。
「朱音。随分長いこと話してるけど、お兄ちゃんほったらかしにしてるの?」
『あぁ!そうだった!!』
そんなこと、だいぶ前から気づいてたけど、朱音は気付いてないみたいだし…利用した。
ごめん、お兄ちゃん。
『じゃあ、切るね!』
「じゃ―」
プープープー
…いくら慌ててたからって返事を聞いてから切るのがマナーだと思うのは私だけだろうか?
「ごめん、遅くなった。」
私が座っている3人に声をかけると、3人とも驚いたような顔でこちらを見てきた。
…なんなんだ?
「「「………」」」
「…何の沈黙?」
何かあったのか…?
もしかして愛央が何か余計なことを言ったとか…
私が疑惑の目を愛央に向けた時だった。
「あのさ…」
「実央。」
「!?!?」
あのさ、そう呼びかけたのが朝霧先輩で。実央、と呼んだのが牧瀬。
…じゃなかった。
「朝霧先輩…?」
突然…どうして、名前を呼び捨てに?
「今だけそう呼ばせてもらう。青谷、って呼んでたらお前の姉ちゃんと混同する。」
「あ…はい…。」
「なんで俺の時はあんなに怒ったのに琢磨の時はそんなに優しいの!?」
ウザい…ウザいんだよ、牧瀬!
「お前には「今だけ」って言葉が聞こえなかったのか?だいたい今じゃ、お前の好きなように呼ばせてやってる。」
「だって…」
「言い訳はいらない。ぐちぐち言うのは見苦しい、牧瀬。」
「………」
やっとのことで牧瀬は黙った。
ったく…
「実央。」
「っ…なんですか?」
牧瀬の「実央」はもう聞き慣れてしまったが、朝霧先輩に呼ばれるとどうも落ち着かない。
「ケーキ。もう食わねぇのか?」
「……食べますよ。」
そう言ってケーキを取りに行くために私は席を立った。
いろんなケーキが並んでる…おいしそう。
まだ食べてないのと…あと、これと…
「まだそんなに食うのか?」
「!?朝霧先輩…?」
「驚くなよ。」
いや、驚くでしょう。
神出鬼没にもほどがある。
「なんでいるんですか。」
「お前についてきたからだろ?」
「だから…ケーキ。食べないんですよね?」
「…せっかくだし、一つぐらい食べるか。」
当たり前だ。
食べないとお金がもったいない。
「どれが甘くない?」
甘いもの嫌いなのにこの人ケーキバイキングなんかに来たのか…。
「ケーキはどれも甘いですよ。」
「マシなのは?」
「ティラミス…とか?」
「どれだ?」
「これですよ。」
そう言いながら、私はティラミスを取って朝霧先輩のお皿に乗せた。
「サンキュ。」
「いえ…」
お皿から顔をあげると、こちらを見てる朝霧先輩と目があった。
「……今日はやたらと目が合いませんか?」
「そうだな。」
「…なんでこっち見るんですか?」
「………」
食べてる時も、今も。
やりにくすぎるんだ。
「お前がいつもと違うからじゃないか?」
「はい?」
朝霧先輩が何を言いたいのかよくわからず、聞き返した。
「髪。似合ってる。」
「…ありがとう…ございます。」
予想外の言葉に意図せずお礼が口に出た。
「また今度、その髪型してこい。」
今度っていつだよ、と思いつつも
「はい。」
って答えている私がいた。
席に戻ると携帯をくっつけてる2人がいた。
…赤外線?
「…何してんの?」
「メアド交換してるの~。」
愛央はいつの間に年下好きになった…?
「牧瀬。」
「何?もしかして妬いてくれてんの!?」
「いや、ない…」
妬いてない。
それは確かだけど…
「軽いな、牧瀬。」
なんかムカつく。
それも確か。
「え!?そんなんじゃないって!実央!!」
「何がそんなんじゃないんだ?」
「何がって―…なんだろう?」
「自分でも分からないのに適当なこと言わない方がいい。」
結局男は、愛央みたいな女の子を選ぶ。
彼氏がほしいとも思わないけど。
ムカつく。
「…牧瀬。」
「はい。」
「愛央に変なことしたらどうなるかわかってるよな?」
「変なことなんてしないから!!」
「どうだか。」
私が牧瀬を睨んだら、突然愛央が笑いだした。
「―ぷっ…はははは!お、おもしろ…」
「…何が?」
「み、実央の表情…」
そんなに苦しそうになるぐらいに笑うか?
というより、何がそんなに面白いんだ。
「…人の顔を見て笑うって失礼。」
「ご、ごめん…でも…あははは」
もーいい!
私はケーキを食べることだけに集中する!!
それからしばらく。
私と愛央が制限時間までケーキを食べ、満足して出て行った。
「あぁ!今日は笑った!2人ともありがと。」
「…愛央が勝手にバカ笑いしてただけ。」
私は一瞬たりとも笑ってない。
「そう言うことを言わないでよ、実央!」
「……人の顔見て笑ったくせに。」
少し拗ねたような口調で言うと、愛央がへらへら笑ったまま言った。
「はいはい、ごめんごめん。」
「心のこもらない謝罪は受け取らない。」
「ごめんってば~」
本気で思ってないだろうけど…仕方がないから許す。
「もういい。それより、暗くなる前に帰った方がいい。」
「夏だしそんなに早く暗くならないわよ?」
「そんなこと言って襲われても私責任取らないから。」
「あーもー、わかったわよ。帰らせてもらいます。じゃあね、牧瀬君、朝霧君。」
「さよなら~」
牧瀬が大きく手を振るのに対し、朝霧先輩は軽く頭を下げただけだった。
別にどうでもいいけど。
「ホント、実央と愛央さん、仲いいんだな。」
「普通。」
「いや、仲いいよ。今日は実央のいろんな表情見れたし。」
「…あっそ。」
「うん。」
なんでそんなに嬉しそうなんだか…。
愛央とつながりが持てたから?
「お前はやっぱり愛央みたいなタイプが好きなんだ。」
「実央…ヤキモチ??」
牧瀬は私が「ありえない」って答えるってそう思ってる。
予想外の答えを返したら、彼はどんな反応をするだろう?
「そうだけど?」
「だよねー……って、えぇ!?」
「冗談。」
「…笑えねー…」
…面白いかもしれない…
「私は結構楽しい。」
「…はぁ。」
なんでため息をつくんだ。
「まぁ、いっか。」
「何が?」
「…言ってほしい?」
何が。
「おい、真。」
「!?」
牧瀬は朝霧先輩の声にはっと驚いた顔をして、ため息をついた。
「俺の存在忘れてんじゃねーぞ。」
「…琢磨。悪いけど今だけ消えてくんない?」
「無理だな。」
「だよなぁ…」
何なんだ!!
「何がしたい。」
「えぇ~…じゃあ、実央の笑顔が見たい。」
「じゃあ、ってなんだ?しかも無理。」
「だよなぁ…」
あぁ!もう!!
どうして牧瀬の話は理解できないつながりになってるんだ!?
「青谷。」
「…なんですか?」
実央、じゃない。青谷、に戻ってる。
…別にいいんだけど。
その方が問題ないんだけど。なんか…なぁ。
「今日の夜、電話する。でろよ?」
「え?あっ、はい。」
あれ?何ではいって言ってるんだ??
「えぇ!じゃあ、俺も電話する!」
「いや、しなくていい。」
「する!今日ケーキ奢ったし!!」
「…もう勝手にすれば…」
「やった!」
最悪…最悪だ。
朝霧先輩の言葉には「はい」って答える癖がなぜかついてるし、牧瀬には押し切られるし…。
なんか私の生活が崩れてる気がする…。