第16話
「朱音。」
「実央…おはよ!」
明らかに元気がないのに無理に取りつくろうとしている朱音。
やっぱりお兄ちゃんと何かあったんだよな…。
でも、恋愛は他人が口を出してうまくいくようなものじゃないってわかってる。
「朱音。」
「ん?どーしたの、実央。」
不自然に元気いっぱいの朱音。
「何があったのかなんて聞かない。お兄ちゃんと朱音のことに首を突っ込もうなんて思わない。ただ…」
きっと、何かのすれ違い。
それなら、私が言うべき言葉は一つしかない。
「お兄ちゃんのこと。信じてあげて。朱音を…大切に思ってる。朱音を、裏切るようなことはしない人だから。」
「実央……」
大きな眼には涙がこれ以上ないってくらいにたまっている。
「それと……落ち込んでるなら、私の前で無理に取りつくろうことない。悲しいなら…泣けばいいと思う。」
「み、お…実央ぉ!」
教室のど真ん中で朱音は私に抱きついて泣き出してしまった。
誰も今泣けとは言ってないんだけど…無駄に目立つし。
………まぁ、いいか。
私よりずっと小さい朱音は私の胸に顔をうずめるのにはちょうどいいみたいだった。
それから私はただポンポン、と朱音の背中をたたいていた。
「今日はここまでだ。雨がひどいから気をつけてかえれよ。」
担任の言葉は別に必要がなかったと思う。
バシバシと窓を打つ雨の音が相当うるさいことぐらい誰だって気づいてると思うから。
「傘…持ってきてない。」
4時間目ぐらいから雲行きは怪しいと思っていたが、ここまで降るとは…。
「え!?折りたたみも?」
「朝…晴れてた。」
「いや、だって天気予報で降水確率午後から60%だったよ!?気象予報士の人も傘を持ってお出かけください、って言ってたじゃん!」
朱音は朝泣いたことですっきりしたのか、わりと回復していた。
まぁ、今日お兄ちゃんと話し合ってくれればいいんだけど…。
「朝。寝坊したから、テレビ見てない。」
「……実央ってさ、たまにやるよね。そういうボケ。」
朱音だけにはボケとか言われたくない。
「ボケてない。」
「私の傘入れてあげよっか?」
「この雨で2人で一つの傘はまずいと思う。」
「まぁ、確かにね。」
…って、簡単に納得するなよ!
まぁ、これが朱音なんだけど…
「それに。今日はあの人と話してもらわないと困る。」
「そうなんだけど…まだ、怖いというか…」
「朱音とあの人仲直りしてくれないと、あの人の機嫌が悪い。」
またタバコ吸われても嫌だしね。
「うう……頑張ります。」
「傘は…自分でどうにかする。早く言った方がいい。お兄ちゃん、今日も待ってる。」
そういえば、あの人も今日傘を持っていってなかった気がする。
それでも、待っているんだろう。朱音のために。
「嘘!?この雨なのに!!」
「朱音のこと好きだから。あの人。」
朱音は顔を真っ赤にしてそのまま校門へと走って行った。
「さて、と…どうしよう。」
台風が来てるわけでもあるまい。どうしてこんな大量に雨が降るんだ…。
あれ…そういえば、今って梅雨の季節?この前も梅雨の季節だとか思ってたけど…。
7月の上旬ってまだ梅雨…だよね。6月の上旬も梅雨。
梅雨って一か月もあるのか……。
「実央。」
「げ………」
「俺の名前は「げ」じゃないよ。」
いつもはテンション高く、みーおー!とか楽しそうに呼んでくるくせに、今日はどこか冷静で、怒っているかのように思える。
「……何の用だ、牧瀬。」
「ん?傘持ってないんでしょ??」
こいつ…超能力者?…とかいう馬鹿な考えは持たない。
「誰に聞いたの。」
「木島ちゃんとの会話を聞いてただけだよ。」
「あっそ。」
「実央は相変わらず冷たいなぁ…」
反応が……おかしい。
なんでそんなに本当に悲しそうな顔をしている?
「何?立ち聞き、趣味悪い。って言ってほしかった?」
「そのままでいいよ…」
別に牧瀬に元気がなかろうとどうであろうと、私には関係ない――…んだけど。
気になるじゃないか、やっぱり。
「牧瀬。お節介ならそう言えばいい。何かあった?」
「…うん。」
「私が聞いた方がいいこと?」
「聞いた方がいいっていうか…実央のこと。」
「私…?何かした?」
別に牧瀬の不興を買うことをした覚えは特にないけど。
いつも通り接していた。
あ、もしかしてそのいつも通りが嫌だった?冷たすぎる、とか。
それとも、私と関わることがめんどくさくなったか…?
別に、私と関わりたくなくなったんだったらそれはそれでいい。
もともと、私が関わりたくて彼と関わり始めたわけじゃない。
誰かが近付いてきて、そして…離れるのは、慣れてる。
「実央。今日会うのは初めて、だよね。」
「雨だったから。」
雨が降っていれば中庭はびしょぬれ。
お弁当を食べることなどかなわない。
「でも実は会いに行ってるんだよな、朝。」
「朝……?」
「木島ちゃんが泣いてたから声はかけなかったけど。」
あぁ…朱音がボロボロに泣いてた時。
「はっきりして。何の用?」
「…じゃあ、聞くけど、実央さ、昨日木島ちゃんの彼氏と帰ってたよね。」
「だから…?」
何の問題があるというのだ。
「木島ちゃんが今日泣いてたの、それが関係してるんじゃないの?」
「関係ない。」
「何が原因か聞いたの?」
「聞いてない。」
玲衣がイライラしているってことは、何か朱音の勘違いだって言うことだろう。
別にその程度のことでいちいちどうしたのか聞いてたら、めんどくさいことこの上ない。
「じゃあ何で断言できるの?」
「なんでって……私が何をしたって言うわけ…?」
「だから、木島ちゃんの彼氏と―っ!!」
牧瀬は言いかけて、あ゛ーっと自分の頭をグチャグチャにする。
……何が言いたいんだ、こいつは。
「…実央は木島ちゃんの彼氏が好きなの?」
「………好きか嫌いかで聞かれれば好きだけど。」
別にブラコンというほどではないけど。
「なんで?いつから??」
「なんでって…優しいから?いつって…会った時から…なのかな?」
初めて会った時もなかなか好印象だったことは覚えている。
この人がお兄ちゃんになるなら別にいいか、と思ったはずだ、確か。
「木島ちゃんは知ってるの?」
「何を?」
「実央が木島ちゃんの彼氏好きだって。」
「知ってるでしょ。」
少なくとも私がお兄ちゃんに感謝していることは知っているだろうし、私とお兄ちゃんの仲がそれなりに良好であることも知っているだろう。
「…どういうことだよ…。」
こっちが聞きたい。
何なんだ、さっきから質問ばっかり…。
「何が聞きたいのかイマイチわからないんだけど。」
「だって、実央、木島ちゃんの彼氏を…」
「好きだったら何の問題があるわけ?」
「いや、問題あるでしょ……」
意味不明。
「真。おまえ何部活さぼって―…何かあったのか?」
「朝霧先輩…」
「琢磨…」
牧瀬より話をわかってくれそうだ。
「実央が…昨日一緒に帰った奴、木島ちゃんの彼氏なんだ。実央がそいつのことを好きだって…」
「だ・か・ら!好きだったら何の問題があるわけ?」
「問題ありまくりじゃないか!?」
「……落ち着け、真。青谷…。そいつとどういう関係だ?」
どういう関係?
そんなの、決まってる。
「兄妹。」
「え…?」
「はぁ。そんなこったろうと思った。」
え…?って…
「知らなかったの?」
「だ、だって実央昨日その人のこと「玲衣」って呼んでたし…」
「いまどき名前で呼び捨ての兄妹ぐらいいるでしょ。」
まったく、話がかみ合ってないと思えば…。
バカバカしい……私が人の彼氏を奪うみたいな面倒なことをする人間に見えるのか?
「で、でも…顔が、似てない…」
「義理の兄妹。お父さんの再婚相手の息子がお兄ちゃんだった。玲衣、って最初は呼んでた。そのクセが出ただけ。今はお兄ちゃん、って呼んでる。」
私が事情を説明すると牧瀬は心底申し訳なさそうな顔をした。
「ご、ごめん、実央…」
「もういい。」
「真。部活行くぞ。」
朝霧先輩が牧瀬を引っ張っていこうとすると、牧瀬が待ったをかけた。
「あっ、すぐ行くからちょっと待って。」
「まだ何かあるわけ?」
「はい。」
そう言ってて渡されたのは男物の傘だった。
「牧瀬の傘は…?」
「俺、折りたたみあるし。」
「…普通借りる方が折りたたみを借りるべきだと思う。」
そう言って牧瀬に傘を突き返そうとすると
「誤解しちゃったお詫び。俺の折りたたみでかいし。大丈夫。」
…まぁ、こいつの誤解のせいで時間を無駄にしたことは確かだし…
好意はありがたく受け取るべき…か?
「…ありがとう。」
「うん。じゃあ、バイバイ!…あっ、もう二度と会わないって意味のバイバイ、じゃないからね!!」
そんなこと、まだ覚えてたのか…
「知ってる。」
「え?え…あぁ…そう、だよね…」
なんだ、歯切れの悪い返事だな。
「どうした?」
「いや…その…」
「何か雰囲気柔らかかったよな。いつもと違うように見えた。」
そう…なのだろうか。
「そう!それ!!…って、俺のセリフとるなよ、琢磨!!」
「悪いな。」
「絶対悪いとか思ってねぇだろ!」
「まぁな。」
「おい!!!」
バカなやりとりをしながら去っていく2人。
気がつくと、外は晴れていた。