第15話
私はどうにかしたかった。
壊れていく愛央に何かしてあげたかった。
私が最初に起こした行動は玲衣に話しに行くということだった。
「玲衣。どうして別れたのか、どうしてあの選択を選んだのか、聞きたい。」
「………どうして知ってるんだ?」
玲衣はしばらく考えた後、顔に焦りを浮かべて聞いてきた。
お義母さんに言ったんじゃないか、って思ったに違いない。
「…ごめん。立ち聞きしてた…あの時。…誰にも、言ってないから。」
「そっか…。」
私の最後の言葉に玲衣は安心したように息をついた。
「…どうして別れたの?義兄妹は結婚できる。お父さんだって反対しなかったと思う…」
「知ってるよ…知ってた。義兄妹は結婚できることも、お義父さんが反対しなかっただろうことも。」
「なら、どうして…?愛央を…愛央のことを好きじゃなくなった?」
私の問いに玲衣は、辛そうに、そして切ない表情をした。
言葉以上にそれは玲衣の気持ちを語っていた。
「違う!愛央のことは…ずっと、今でも好きだよ。」
「じゃあ、どうして?」
お父さんは優しい人。
絶対に話せば分かってくれる。お義母さんだって…きっとわかってくれるはず。
相思相愛なら、何の問題もないはずなのに。
「俺…お義父さんは、俺の本当のお父さんなんじゃないかって思うんだ。」
その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
そして、理解した後も「そんな意味じゃないはず」と思いたかった。
けど…玲衣の言葉はそういう風にしか解釈できなかった。
「…お父さんが、不倫してたって言いたいの?」
「……そうは思いたくないけど…」
つまり、お母さんという妻がいながらお父さんは玲衣のお母さんとも付き合ってた。
お母さんが愛央を授かる前に、玲衣とのお母さんの間に子供ができた。
だが、お父さんには家庭を捨てることも、子供をおろさせ玲衣のお母さんとの関係を切ることもできなかった。それから、お母さんが死んでしまったあと、玲衣のお母さんと時期を見て結婚した…
玲衣は…そう言いたいみたいだった。
確かに、腹違いの兄妹は結婚できない…。
「俺には父親がいない。母さんは、その理由を教えてくれない…お義父さんとの出会いについても教えてくれない…再婚の話が出た時から、ずっとそうじゃないかって考えてた…。」
疑う要素はあるのかもしれない。でも…
「そんなことで…愛央をあきらめたの…?」
たったそれだけで、愛央は今あんなにも苦しんでる。
不確かな推測のせいで、苦しんでる。
決してありえない『そんなこと』で、苦しんでる。
「『そんなこと』じゃないよ。もしそれが事実でもし愛央が知ったら…どれだけ傷つくか…」
もう愛央は傷ついてる、玲衣のせいで。
その言葉は呑み込んだ。
玲衣も傷ついてることは間違いなかったから。
そして、玲衣が愛央に言わなかったのは、お父さんが大好きな愛央を傷つけたくなかったからっていう玲衣の優しさだということはわかっていたから。
「『そんなこと』だと思うけど。お父さんに確かめたら?お父さんは…浮気なんてしてない。」
お父さんは絶対浮気なんてしてない。断言できる。
だって…浮気するような人は、一人を想ってあんな風にはならない。
「でも…俺とお義父さん、顔が似てると思わない?」
「似てない。思い込みの力がそう思わせてるだけ。」
「でも…」
「さっきから、でも、ばっかり。うるさい。お父さんはお母さんのこと以外、見えてなかった。それだけは…それだけは間違いない。私はそれを知ってるから。」
きっぱりと言い切る私に、玲衣の瞳の疑いの色が少し和らいだ。
「出会いは…お義母さんが恥ずかしくて言えなかっただけ。お父さんから聞いたけど、お義母さんのほうから猛アタックがあったらしい。」
「…ほんとに…?」
「今度お父さんに聞けばいい。」
自信ありげな表情の私を見て、玲衣は頭を抱え、何かを責めるように首を振っていた。
きっと…自分自身を責めていたのだろう。泣いていたのだろうか…背中は震えていた。
「……事実を確かめずに、早急に結論を出したのが間違いだったんだと思う…。」
「…………」
震える玲衣に、私はどうやって言葉をかけていいかわからなかった。
慰めの言葉をかければ玲衣が余計に惨めになることはわかっていたから、ただ、事実を淡々と報告することしかできなかった。
「真実は…はっきりとはしないけど…少なくとも玲衣はお父さんの子じゃない…。」
「…そう…」
玲衣の声には力はなかった。
「…もう、愛央とやり直す気はないの…?」
「…今、元に戻ろうっていっても、拒絶を受けるだけだよ。」
「そんなの…わからないと思うけど。」
愛央が玲衣を拒絶する姿がどうしても私には想像できなかった。
「わかるんだ…。もうきっと、お互い元のようには付き合えない…。」
私には理解できないところだったけど。
愛央は玲衣のことを「一番の理解者」って、時々表現してた。
だから、玲衣の選択は間違いではなかったんだと思う。
「このことは…愛央には言わないでほしい。…きっとこのことは愛央のことを今よりもっと傷つけてしまうから。」
そう最後に言い残した玲衣の言葉も決して間違いではなかったんだろう。
その後、愛央のために何かしようと思っても、結局行動は全て空回りで。
真実が分かっても伝えることもできず、愛央を元気づけることもできなくて。
どうしても、何かしてあげたくて…
高校という新しい節目を迎える愛央にある提案を出したのは、私だった。
「愛央。辛いなら…顔が見えないぐらい、遠くに行くというのもありだと思う。」
「実央……?」
目の下にはクマができている。この2年間ずっとだ。
ずっとずっと、愛央は玲衣を想って……
「ごめん。2年前。2人の別れ話、聞いてた。」
「知って…たんだ…。」
「うん。」
正直、あんなに輝いてた愛央が別人のようにげっそりとしている姿はもう見ていられなかった。
「愛央。高校、どこに行くか決めてないんでしょ?」
「うん…。」
「寮とか…あるよ?」
「うん…」
愛央の表情には迷いが浮かんでいた。
「これを機会に、一回玲衣から離れてみたら…?」
「でも…」
「新しい出会いが。何か変えてくれるかもしれない。次会った時は、玲衣を忘れられるかもしれない。」
いつまでも苦しんでいる愛央を見るのは嫌だった。
「とりあえず。このままじゃいけない。それだけは…はっきりしてる。」
この時は考えもしていなかった。
私の言葉が家族を壊すなんて。
「私のせい…なのかしら。」
「いや、僕がちゃんと愛央のことを見ていられなかったからだよ。」
「でも…愛央ちゃん、私のことあまり好きじゃないみたいだったし…」
「そんなことないよ!!」
愛央はみんなに相談することなく、寮がある学校を受験した。
学校の先生から初めて聞かされた時のお義母さんのショックを受けた顔は今でも鮮明に思い出せる。
家の中で話し合いになったりもしたけど、愛央の決心は固かった。
一応、お義母さんもお父さんも愛央の意思を尊重するということで、受験することを許してくれたけど、家庭内につけられてた傷は大きく、愛央が出て行ったあともみんなで悩んでいた。
「母さん。母さんは何も悪くない。僕が…僕が愛央とうまくいってなかっただけなんだ。」
「玲衣はよくやってくれてたよ。」
みんなが慰めあい、自分のせいだといい合ってる中、私は一人席を外した。
だって、言えるわけがなかったから。
私が愛央を追い出したんだって。
私のせいなんだよ、って。
それから1年後。
またしても私のせいで、事件が起こるなんて微塵も思わずに。