第12話
「おはよー!実央!!」
どうしてこいつは朝から目障りなほどに元気なんだろう。
たまには体調が悪い日とか、テンションが上がらない日とかはないのだろうか。
「………」
「おはようございます、牧瀬先輩。」
「おはよー、木島ちゃん。」
最近、牧瀬は朱音の呼び方を「木島さん」から「木島ちゃん」に変えた。
まぁ、こっちの方が牧瀬らしい。
「「…………」」
お互い挨拶もなし。ただ、視線が合うだけ。
朝霧先輩と私。
とりあえず、軽く頭を下げる。黙ったままだと気まずいし。
「あー!!琢磨、ずるい!俺なんか一言も返してもらえないのに!」
「別に朝霧先輩にも何も言ってない…」
「頭下げたじゃん!」
鬱陶しいな、こいつ…ずるいってなんだよ、小学生かお前は。
朝霧先輩と牧瀬は名前で呼び合う仲。…つまり、結構仲がいいみたい。
いま思い出せば、牧瀬と廊下ですれ違う時とか、いつも朝霧先輩が横にいた。
あんまり意識してなかったけど…。
朝霧先輩も、特に意識してなかったんだと思う。
だから、私の存在に気付かなかった。
朝霧先輩と知り合って…っていうか、前から知ってはいたんだけども。
話すようになって…?あんまり話してないけど。
……関わるようになって、いくつか変化が起こった。
例えば、お昼ごはん。
「みーお!お昼ご飯だべよ!」
牧瀬が無駄にでかい声で話しかけてくるのは、前と何も変わらない。
変わったのは、朝霧先輩も昼食仲間に入ったこと。それと、朱音が抜けたこと。
ひどいと思わない?裏切りだよ、裏切り。
急に昼ご飯、一緒に食べなくていい?と聞いてくるから、理由を聞けば…
「私…朝霧先輩ちょっと苦手なんだよね。それに、男2人、女子2人でご飯食べてる、なんて玲衣さんに知られたら…」
そんなのわかる訳ないじゃん、って思うかもしれない。
けど…お兄ちゃんはどこから情報を仕入れてくるのか、朱音のことは何でも知ってる。
それに、朱音は問い詰められれば嘘をつけない。
だから仕方なく承諾したけど…
牧瀬と、朝霧先輩。
もとはと言えば、この2人がいなければ、朱音と普通に2人で食べれたのに…。
けど、牧瀬は追い払っても追い払ってもついてくるし、朝霧先輩は…気がつくといる。
ある意味、朝霧先輩の方がたちが悪い。
で、なぜか知らないが、3人でいることが定着してきている。
おかげで私への風当たりは半端ない。
平穏…なんて言葉どこにもない学校生活を送るはめになっている。
朝霧琢磨。バスケ部キャプテン。成績優秀。おまけに顔もいい。
こんな人がモテないわけがない。
それから牧瀬は牧瀬で前に言ってたようにモテる。
モテモテの2人と一緒にいる私。さて、何が起きるでしょう?
…もちろん、虐め。
しかも、この前牧瀬にばれたことが原因か、より陰湿になってきてる。
ただ、私が図太い神経を持っていることは言うまでもない。
この前、教科書がボロボロにされていた。
落書きとかもしてあったし、ところどころ破かれていた。で、書いてあることは正しかった。
一部間違いもあったけど、それほど気にしなかった。
ムカついたのは、教科書が破いてあったこと。
勉強ができない!
別に進んで勉強しようとは思わないけど…成績下がったらお前らのせいだ、って思わない?
あまりにもムカついたから…
その教科書で授業に出た。
先生は唖然としてた。しばらく絶句してから
「あ、青谷…その教科書はどうしたんだ?」
と、わかりきったことを聞いてきた。
だから堂々と言ってやった。
「知らない間になってました。」
と。
後ろで朱音が発狂しそうな勢いで怒ってた。
朱音に言ってなかったことを思い出して、すごく慌てた。
いや、あれを鎮めるのは大変だった、本当に。
それから、実害のある虐めはなくなった。
その時の私の堂々とした態度に
「やっぱりヤクザの組の頭だ!」って噂がより一層広まったから。
牧瀬と朝霧先輩にも
「ヤクザの頭なのか?」って聞かれるぐらいに広まった。
正直言って、そんなことぐらいでどうして「ヤクザの頭」にされてるのか不思議でしょうがない。
他に何か変なところを目撃されて噂にでもなったんだろうか…。
だって、堂々とした態度だけでヤクザの頭になれたらびっくりする。
まぁ、その噂のおかげでひどい虐めはないわけだから、いいんだけど…。
少しは複雑な気分ではあるわけだ。
悪口…真実?を書いた紙が靴箱に入れられてることは今でもある。
でも、それぐらい、別に気にしない。
私がすることに邪魔が入らなければそれでいい。
まぁ、紙の無駄、って気はするけど。
唯一、めんどくさい相手、と言えば。
「………ねぇ、名前、なんだっけ。」
「えぇぇ!!俺のこと、名前で呼んでくれんの??」
一体私の言葉のどこをどうとったらそんな解釈になるのか聞きたい。
例え私の言った「名前」が牧瀬の名前を指していたとしても、それがどうして牧瀬の名前を呼ぶことにつながるのかさっぱりだ。
「違う。牧瀬の名前なんか聞いてない。この前、いた女の人の名前。」
「ちぇ、なーんだ。違うのか…。」
…牧瀬に聞いて私がバカだった。
まともに答えやしない。
「朝霧先輩。あの人誰ですか?」
まっすぐ指さす先は私をさっきからずっと睨んでる人。
「…高峰、だっけな?」
…なんか私の記憶にうっすら残る名前と少し違うような…
「高浜だよ。琢磨…同じクラスなんだから、名前ぐらい覚えなよ。」
そうそう、高浜。
この前のときリーダー格だった人。
…てか、朝霧先輩…同じクラスの人の名前も覚えてないのか…。
いや、私もあやふやな人、数人いるけど…。
「高浜がどうかした?」
牧瀬が少し心配そうに聞いてくる。
「別に…」
今のところ、あの人がやってくることと言えば、睨むことぐらい。
ただ…向けてくるその視線が、何か企んでるような気がしてならない。