第10話
「あんた、マジで調子乗んのもいい加減にしなよ。」
連れてこられた体育館裏。言われた第一声はこれ。
嫌な予感、的中…平穏な高校生活を送りたかったのに!
めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい…………もういいや。
そもそも、私が我慢しなきゃいけない理由なんて平穏な高校生活をつぶされた今、どこにもない。
自由にやってやる。
「別に調子に乗った覚えなんてないけど。」
私がこれほどまでに強気で言い返すとは想定していなかったらしい。
相手は少し怯む様子を見せた。
けれどそれは本当に少しだけで、すぐに反論してきた。
「は?あんた、それマジでいってるわけ?」
「マジだけど、何?」
頭おかしいんじゃないの?とでも言いたげな言い方。
あんた達よりマシだと思うけど。
「牧瀬と一緒に帰ってる時点で調子乗ってんだよ!」
「私が望んだことじゃない。もともと、牧瀬なんて興味ない。あいつが勝手に話しかけてくるだけ。」
相手を睨みながら間髪いれずに言い返すと、一瞬、静かになった。
が、次の瞬間、溢れるように言葉が飛び出した。
「こいつ!!マジで調子乗ってるし!」
「なに、先輩呼び捨てにしてるわけ!?」
「牧瀬君からあんたなんかに近づくわけないでしょ!!」
まぁ、こういう奴らは何言っても信じないんだけど…基本。
「何?牧瀬君に「実央」とか呼ばれて舞い上がっちゃってる訳???牧瀬君に名前呼ばれてる子なんていっぱいいるんだっつーの。」
誰かがそう言うと、周りがくすくすと笑いだした。
馬鹿にした笑い…嘲笑。マジでムカつく…こいつら。事実を言ってるのなら、許す。
けど、こいつらがさっきから言ってることは、全部事実ではない。
私は調子に乗ってないし、舞い上がってもない。
何でこんなバカどもに嘲笑されなきゃいけないんだ…?
「あんたたちこそ…調子に乗るのもたいがいにした方がいい。」
「………何言っちゃってんの、この子。」
私の言葉が理解できなかったのか。
それとも、私がショックを受けて何も言い返してこないだろうとでも思っていたのか。
そいつらは言ったことが理解できなかったかのような視線を向けてきた。
「調子に乗るのもたいがいにした方がいい、って言った。人の言うことを聞けないバカに向かって。」
「な!?バカ…!?」
「そう、バカ。人の言葉を何一つとして理解できていないんだから。」
さっきから、人が懇切丁寧に説明してやってると言うのに…
「もう1度言ってあげる。私は調子に乗ってないし、舞い上がってもない。」
一度息を吸い、周りを睨みつけた。
やはり噂を聞いてるのか…全員が一歩後ずさりした。
「ちなみに牧瀬に興味もないし、名前で呼んでほしくもない。近づいてきたのは牧瀬から。原因は…私にもよくわからない。…理解できた?」
大勢の女子どもを冷たい目で見まわす。
しばらく沈黙が続いたが、リーダー格の女がそれを破った。
「何それ…あんたの妄想?」
その一言に、他の奴らにも火がついた。
「そうよ!あんたがそうなりたい、って思い描いたもうそうじゃないの?」
「あんたみたいな根暗に誰が好き好んでよっていくのよ!」
「あんたこそ、調子乗るのもたいがいにしなさいよね!」
「2年に手ぇだすとかマジでないから!!」
チッ…鬱陶しいなこいつらは…!
何度言ったらわかるだ、このバカどもは!!
「あんたたちには脳味噌がないわけ?バカ。特にそこのあんた。」
リーダー格の女を指さして言ってやった。
あー…すっきりした。
「な!?」
リーダー格の女の顔は怒りで赤く染まってく。
「ふざけんじゃないわよ!!」
あ、殴られる…
リーダー格の女が振り下ろした手は空を切った。
「ちょっとあんた!何よけてんのよ!!」
「痛いのが嫌いだからに決まってる。」
普通、あそこまで振りかぶられて避けない人もいないだろう。
めんどくさいこと、痛いこと、しんどいことは基本的に嫌いだ。
「―っ!!ちょっと、あんたたち!この子抑えてよ!!」
「う、うん!」
後ろから羽交い絞めにされた。
抵抗はしなかった。下手に抵抗するのもめんどくさいし、どうせ数的に圧倒的に不利だし。
抵抗するだけ無駄っていうか…
「これでもう避けられないわよ…」
「当たり前。固定されてるものさえ殴れない人なんていない。」
「っっっ!!!このっ!!」
うわ~…痛いの嫌いなのに。
そんなに大きく振りかぶらないでほしい。
殴られる。あきらめよう、運が悪かった。そう、覚悟した時だった。
「てめぇら何してんだ!!!」
牧瀬の怒鳴り声が体育館裏に響いた。
「ま、牧瀬…」
「牧瀬君…」
出た、少女マンガの定番。
いや、ついに私も主役か…とかのん気なことを言ってみる。
「…どういうことだ、高浜。」
「こ、この子が…この子が牧瀬のこと侮辱するから!牧瀬、先輩なのに敬意のかけらもないし…私たちにも…」
「当たり前。尊敬できない奴に敬意をはらう必要はない。」
「実央。少し黙ってろ。」
牧瀬の低い声。
私は肩をすくめて仕方なく黙った。
「どんな理由があったとしても、後ろから羽交い絞めにして人殴ろうとするような…そんな卑怯な真似、絶対すんな。気分わりぃんだよ!」
たまにはまともなことも言うんだ。
初めて知った。
「わかった?」
「う、うん……ね?」
リーダー格の女…高浜?が頷いて、まわりにいる奴らに同意を求めた。
「うん…も、もうしない…よ。」
他の奴らも私も…と首を縦にふっていた。
たくこれだから女は……好きなやつの前では調子がいい。
どうせまた、何かしでかすくせに。
どうでもいいけど。
「じゃあ、行けよ。」
私も同じように退散しようと思った…が。
「実央。おまえちょっと待て。」
なんでだよ…こっちは一応被害者なんだけど。ほっといてくれないかな。
「なんで?」
「なんでもいいだろ!!」
他の奴らは牧瀬の怒鳴り声にビビってさっさと逃げて行った。
…簡単に帰らせてくれなさそうだし、話するか…。
「……悪かった、俺のせいで。」
話は意外なことに謝罪から始まった。
人を無闇に怒らせるな、とか怒られるのかと思った…。
「実央…怪我ない?」
「ない。1発目は避けたから。」
「そっか…よかった。」
牧瀬は私の頭をポンポンとなでた。
しかし残念ながら可愛い女の子ではない私はドキッではなく、ゾワッとした。
「牧瀬…気持ち悪い。」
「るせぇよ!俺のせいで、実央が傷ついたらどうしようかと思った…」
意外と…デリケート???
「大丈夫。バカに嘲笑されたり、殴られそうになったぐらいで傷つかない。」
「実央、バカって…もうちょっと口のきき方気をつけなよ!」
「真実しか言ってない。」
「まぁ…それは…ああ、もう!…とにかく、無事でよかった。」
真実じゃないって否定しないんだな。まぁ、どうでもいいけど。
無事でよかったって…大袈裟。
「別に誘拐されたわけでもあるまい…」
「あのねぁ…女子の虐めは怖いんだよ??」
「知ってる。だから危ない噂流しっ放しにしといた。」
女の虐めがどれほど陰湿で、恐ろしいものか。私は知ってる。
何度もうけたことがあるものだから。
「マジでよかったぁ…」
「お前の怒りっぷり、すごかった。」
「ん??だってさ、大切なもの。傷つけられたくないでしょ?」
なんだ、そのセリフ…きもちわるっ。
「おえっ。」
「おい!なんだよ、その反応!?」
牧瀬は声は怒った声を作ってたけど、顔は満面の笑みだった。
私が…興味のある、笑顔。
「…ありがとう。」
「え?」
「助けてくれて、ありがとう。怒ってくれて、ありがとう。」
牧瀬の笑顔を見てると、なんとなく、そう言いたくなった。
自分のために怒ってもらうのって、少し嬉しいかもしれない。
そう初めて思った。…ほんの少しだけど。
「どうしたしまして!」
牧瀬の笑顔は、やっぱり変わらないあの笑顔だった。