第8話 バグは、世界のエラーでした
森は静かだった。
第7話の戦闘から半日。
俺は川辺で目を覚ました。
「……生きてるな」
【HP:-17 / 100】
【存在値:不安定】
「存在値って何だよ」
「……削られた分です」
隣で、バグが小さく言った。
いつもより輪郭が薄い。
透明度が上がっている。
「お前の方がやばそうだぞ」
「はい……観測されましたから」
川面に、俺たちの姿が映る。
俺は普通。
バグは、ところどころノイズ混じりだ。
「観測されるとどうなる?」
「本来、私は……」
彼女は言葉を選ぶ。
「**“存在してはいけない誤差”**なんです」
「誤差?」
「はい。世界は完全な計算式です。
私はその中に生じた“余り”みたいなもの」
なるほど。
「じゃあ俺は?」
少し間が空く。
「……本来なら、正常に登録されるはずの存在でした」
「は?」
「転生処理は完了していたんです。
でも――」
バグが、目を伏せる。
「私が触れた」
沈黙。
「ズレを直そうとしたら、
あなたの“名前”の部分が破損した」
風が吹く。
「……つまり?」
「あなたが未定なのは、
私のせいです」
俺はしばらく黙った。
「……それだけか?」
「え?」
「もっとこう、世界の陰謀とかないの?」
「ないです……私のミスです……」
肩を落とすバグ。
正直、怒る気にはなれなかった。
「じゃあさ」
「……はい」
「俺が消えたら、お前も消える?」
バグは、少しだけ笑った。
「たぶん、はい」
「逆は?」
「……あなたが存在し続ければ、私は安定します」
なるほど。
「共犯だな」
「はい……共犯です」
少しだけ空気が軽くなる。
そのとき。
視界に、薄い通知。
【内部干渉:検知】
バグが硬直する。
「……管理局が、内部要因を調査しています」
「内部要因?」
「執行者が“異常源”を記録しました。
今、私を特定しようとしています」
川面が一瞬、四角く歪む。
世界が“覗いている”。
「時間ないな」
「はい……私は、いずれ分解されます」
淡々とした口調。
「でも」
彼女は俺を見る。
「あなたは違う。
あなたは“選べる側”です」
「選ぶ?」
「名前です」
心臓が一瞬跳ねた。
「世界に決められる前に、
自分で決めることができます」
俺は川面を見る。
揺れる水面。
「でもさ」
「はい」
「名前って、世界に登録されるもんだろ?」
「本来は」
「なら、俺が勝手に決めても意味ないんじゃ?」
バグは、ゆっくり首を振る。
「意味はあります」
まっすぐに言う。
「あなたが“自分を定義する”ことが、最初のバグになります」
沈黙。
遠くで鳥が鳴く。
俺は、目を閉じる。
「……まだだ」
「え?」
「まだ、世界に言ってやるほどじゃない」
目を開く。
「まずは、生き延びる」
バグは、少しだけ安心したように息を吐いた。
その瞬間。
【管理局:内部異常確定】
【対象:未定】
【付随要因:未解析】
赤い文字が浮かぶ。
「……来ます」
「今度は何だ」
「執行者じゃない。
人型です」
「人?」
「はい……管理局の“代理人”」
森の奥で、枝が折れる音。
足音。
確かな“人の気配”。
俺は立ち上がる。
「世界そのものよりは、話通じそうだな」
「……通じません」
バグが、かすかに震える。
「彼らは、世界の意思を代行します」
足音が止まる。
木々の間から、一人の少女が現れた。
銀色の制服。
無機質な瞳。
「識別名:未定」
淡々とした声。
「観測完了。接触を開始します」
俺は小さく息を吐いた。
「……今度は人型ボスか」
少女は首を傾げる。
「質問。
あなたは“誰”ですか?」
その問いに。
俺は、ほんの一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
まだ、名乗らない。
でも。
心の奥で、確かに何かが形になり始めていた。
こうして俺は、
世界の代理人と対峙することになった。




