第17話 相川ユウ
空気が、砕ける。
「排除開始」
R-01の一言で、世界が沈んだ。
地面が軋み、空間が歪む。
未定――いや、まだ未定のままの男は、踏みとどまる。
「っ……!」
「仕様外さん!」
バグが叫ぶ。
L-17は動けない。
命令と、自分の中の何かがぶつかっている。
「動け、L-17」
R-01の声。
「対象を排除しろ」
「……」
沈黙。
その一瞬。
未定は笑った。
「無理だろ」
L-17の瞳が揺れる。
「こいつはもう」
ゆっくりと立ち上がる。
「俺のこと、消したくないんだから」
R-01の視線が鋭くなる。
「感情による機能不全」
「違う」
L-17が初めて、一歩踏み出す。
「これは……」
言葉を選ぶ。
「選択です」
空間が震える。
「逸脱確定」
R-01が手をかざす。
「両個体、同時排除対象へ移行」
「上等だ」
未定は笑う。
そして。
一歩、前へ出る。
「仕様外行動、だっけ?」
【《仕様外行動》発動】
空間が歪む。
でも、前より違う。
不安定じゃない。
何かが、まとまり始めている。
「……まだ足りねぇな」
R-01が近づく。
それだけで、重力が増す。
未定の足が沈む。
「あなたは軽い」
「知ってる」
「存在が未定義」
「だからだよ」
未定は、息を吐く。
「決めるの、今だろ」
バグが目を見開く。
「仕様外さん……!」
L-17の演算核が激しく揺れる。
未定は、空を見上げる。
思い出す。
元の世界。
名前。
呼ばれていた声。
そして。
今。
自分で選ぶ。
「俺は――」
世界が震える。
【存在定義:進行率78%】
R-01が手を振る。
空間が刃のように歪む。
未定の肩が裂ける。
「ぐっ……!」
「今決めなければ、消える」
「分かってる!」
血が落ちる。
でも止まらない。
バグが叫ぶ。
「あなたは――!」
L-17も叫ぶ。
「あなたは誰ですか!」
その問い。
何度も聞かれた。
でも今は違う。
答えるのは“選ぶため”。
未定は笑う。
「……ああ」
そして。
はっきりと言った。
「相川ユウだ」
その瞬間。
世界が止まる。
【存在定義:確定】
【個体名:相川ユウ】
光が爆ぜる。
圧力が消し飛ぶ。
未定だった存在に、重さが宿る。
「……!」
R-01が初めて後退する。
「定義完了……?」
ユウは、ゆっくりと立つ。
体が軽い。
いや違う。
世界に認識された。
「これで」
拳を握る。
「軽いって言わせねぇぞ」
R-01が構え直す。
「危険度更新」
【相川ユウ】
【危険度:測定不能】
「……排除」
R-01が踏み込む。
速い。
空間ごと削る一撃。
だが。
「遅い」
ユウは動く。
自然に。
世界の“ズレ”を踏むように。
R-01の攻撃が空を切る。
「何をした」
「別に」
ユウは笑う。
「ちょっと“バグった”だけだ」
その一撃。
何もしていないように見える。
だが。
R-01の体が、わずかに歪む。
「……干渉?」
「お前のルール」
一歩踏み込む。
「ちょっと借りた」
衝撃。
R-01が吹き飛ぶ。
森が揺れる。
静寂。
バグが震える声で言う。
「……すごい」
L-17も、ただ見ている。
「これが……定義……」
ユウは肩を回す。
「まぁ、まだ慣れてねぇけどな」
R-01がゆっくり立ち上がる。
初めての損傷。
「……観測完了」
その声は冷たいまま。
でも。
ほんのわずかだけ違う。
「対象:相川ユウ」
名前を呼ぶ。
「危険度、修正不能」
空間が裂ける。
撤退。
「次は排除する」
消える直前。
R-01は言った。
「完全な状態で」
静寂。
戦いは終わった。
バグが、ゆっくり近づく。
「……ユウさん」
初めての呼び方。
少しだけ照れるように。
L-17も言う。
「……ユウ」
今度は、迷いがない。
ユウは笑う。
「やっと呼ばれたな」
空を見上げる。
世界は、まだ敵だ。
でも。
「悪くねぇな」
名前を持つってのは。




