第15話 名前のない世界で
夜の森。
焚き火の火が小さく揺れている。
未定は、黙って火を見ていた。
R-01と遭遇してから、しばらく時間が経っている。
バグが静かに言う。
「仕様外さん」
「ん?」
「……怖くないんですか?」
未定は少し笑う。
「何が」
「上位代理人です」
バグの声は珍しく弱い。
「あの個体……世界そのものの執行者です」
「まぁ、そんな感じだったな」
「次は……本当に消されるかもしれません」
沈黙。
火がパチッと弾ける。
未定は言う。
「じゃあ」
バグが顔を上げる。
「消されないようにするか」
「……簡単に言いますね」
「簡単じゃないけどな」
未定は少し考える。
「でも一つ分かった」
「何がです?」
「名前がないと弱い」
バグの輪郭が揺れる。
「……はい」
「世界ってのは面倒だな」
未定は空を見上げる。
「名前一つで重さが変わる」
「存在の定義ですから」
沈黙。
バグは小さく言う。
「もし」
「ん?」
「もし名前が決まったら……」
声が少しだけ震える。
「私は、ちゃんと呼びます」
「今も呼んでるだろ」
「違います」
バグは小さく首を振る。
「仕様外さんじゃなくて」
少し間。
「……あなたの名前で」
その瞬間。
空間が歪む。
光が降りる。
L-17が現れる。
「観測対象」
バグが驚く。
「L-17!」
未定は肩をすくめる。
「今日は早いな」
だが。
L-17の様子は少し違った。
静かに未定を見る。
「話があります」
「珍しいな」
「重要です」
数秒の沈黙。
そしてL-17は言った。
「私は監視されています」
「だろうな」
「上位代理人R-01」
バグが息を呑む。
「やっぱり……」
「次回接触時」
L-17の声は静かだ。
「あなたを排除する命令が出ています」
沈黙。
焚き火が揺れる。
未定は、ふっと笑う。
「やっぱりな」
L-17の演算核が揺れる。
「……なぜ笑うのです」
「覚悟はしてた」
「あなたは消える可能性があります」
「だろうな」
L-17は、ほんのわずかだけ声を落とす。
「私は……それを望みません」
バグが驚く。
「L-17……」
「だから」
L-17は初めて、迷うように言う。
「名前を」
未定を見る。
「決めてください」
静寂。
森が止まったみたいだった。
「名前は存在を固定します」
「知ってる」
「あなたが“誰”になるか」
ほんの少しだけ声が揺れる。
「私は知りたい」
未定は火を見る。
少しだけ考える。
そして言う。
「候補はある」
バグが目を見開く。
「えっ!?」
L-17の瞳もわずかに動く。
「でも」
未定は頭をかく。
「まだしっくり来ない」
バグが思わず言う。
「どんな名前なんですか!?」
未定は笑う。
「まぁ」
少しだけ空を見る。
「ユウってのがある」
その瞬間。
世界が、わずかに震えた。
【存在定義候補検出】
L-17の瞳が揺れる。
「ユウ……」
未定は肩をすくめる。
「まだ仮だけどな」
バグは小さく呟く。
「……ユウ」
少しだけ、嬉しそうに。
L-17も小さく言う。
「……ユウ」
その呼び方は、まだぎこちない。
でも。
確かに。
そこには名前があった。
未定は笑う。
「まだ未定だけどな」
だが。
遠くの空で、何かが動く。
R-01の監視。
世界の圧力。
そして。
【存在定義進行】
物語は、静かに動き出す。
名前を持つその瞬間へ。




