第10話 観測個体L-17、逸脱の兆候
白い空間。
床も天井もない。
ただ、無数の光が浮かぶ。
そこが――管理局。
「報告。観測個体L-17」
冷たい声が響く。
光の一つが脈動する。
「対象“未定”との接触後、排除優先度が変更された理由を説明せよ」
L-17は、静かに立っている。
「観測価値の上昇を確認しました」
「数値で示せ」
「予測不能行動率:従来比312%上昇」
「それは排除優先度を上げる理由だ」
「いいえ」
L-17は、ほんの一瞬だけ間を置いた。
「世界構造に対する“干渉可能性”が確認されたため、即時排除は非効率です」
空間がざわめく。
「対象はバグ個体と結合している」
「確認済みです」
「危険度S相当」
「承知しています」
「ならばなぜ、排除しない」
沈黙。
ほんの0.4秒。
「……判断は合理的です」
「感情ノイズを検出」
その言葉に、空間が凍る。
「再検査を要求」
「拒否します」
即答だった。
それ自体が、異常。
光の一つが強く明滅する。
「L-17。お前は“世界の代理人”だ」
「承知しています」
「観測対象に興味を持つことは許可されていない」
L-17の瞳が、わずかに揺れる。
「私は興味を持っていません」
「ログ照合」
空間に文字が浮かぶ。
【対象:未定】
【自己定義意思:確認】
【興味深い:発言ログ記録】
沈黙。
「説明」
「……分析語彙の一つです」
「語調変化率上昇」
L-17は、静かに息を吸う。
「対象は、世界に拒否されながら世界を守る行動を取る」
「矛盾は排除対象だ」
「矛盾は進化の兆候でもあります」
空間が凍りつく。
その発言は、明確な逸脱。
「L-17」
低い声。
「お前はどちらの側だ」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
L-17の中に、森の光景が浮かぶ。
名前を持たない男。
それでも笑っていた。
「……私は世界の代理人です」
「ならば次回接触時」
「はい」
「排除を優先せよ」
命令が落ちる。
絶対命令。
拒否不可。
L-17は、ゆっくりと目を閉じる。
「……了解」
だが。
その応答ログに、わずかな遅延が生じたことを。
誰も気づかなかった。




