魔王軍最強の将軍
魔王軍において、
アルヴィス・グラーフェンという名は、畏怖と警戒を同時に呼び起こす。
「……また、勝ったのか」
黒曜の円卓。
魔王軍幹部会議の席で、重苦しい声が落ちた。
「第七軍団は、ほぼ無傷で撤退。
王国軍は戦線を放棄――です」
報告役の将校が、淡々と告げる。
沈黙が落ちる。
勝利報告の場でありながら、
そこに歓声はない。
「被害は?」
「軽微。死者は……想定以下です」
「……化け物め」
誰かが、そう呟いた。
アルヴィス・グラーフェン。
若くして将軍に抜擢され、
常に劣勢な戦場を任され、
それでも敗北した記録はない。
「だが、危険すぎる」
別の将軍が腕を組む。
「戦争とは、勝てばいいものではない。
彼の戦い方は……歪んでいる」
「兵を無駄にしない。
だが、敵も殺しすぎない」
「まるで……戦争を“管理”しているようだ」
不満と恐怖が混じる。
「未来を読んでいる、という噂もある」
「馬鹿な」
「だが、説明がつかん」
その時。
「――静かに」
低く、よく通る声が、円卓を制した。
魔王。
玉座に座るその存在は、
表情一つ変えずに言う。
「アルヴィスは、
“勝つため”に戦ってはいない」
将軍たちが、息を呑む。
「彼は――
終わらせないために戦っている」
ざわめきが走る。
「魔王様、それは……」
「彼の戦場は、いつも“均衡”で終わる」
魔王は続ける。
「大勝利でもなく、
大敗でもない」
「……だから、戦争が長引く」
批難の声が上がりかけた、その時。
「違う」
魔王は、静かに否定した。
「彼がいなければ、
この戦争はとっくに――
終わっている」
沈黙。
「終わる、とは?」
誰かが、恐る恐る問う。
「破滅、だ」
魔王は、淡々と告げた。
「王国が勝っても、
魔王軍が勝っても、
結果は同じだ」
円卓に、冷たい空気が落ちる。
「アルヴィスは、それを――
見ている」
断言だった。
「だから彼は、
勝ちすぎない。
殺しすぎない」
「……世界を、壊さないために」
将軍たちは、言葉を失った。
魔王は、最後にこう締めくくる。
「彼は、最強の将軍だ」
そして、わずかに笑う。
「――同時に、
この世界にとって、
最も危険な異物でもある」
⸻
同じ頃。
野営地で、アルヴィスは剣を拭いていた。
「将軍」
副官のルルナが、いつもの調子で言う。
「他の将軍たち、また何か言ってそうですね」
「だろうな」
「でも、気にしませんよね」
「ああ」
未来では、
彼らが何を考えるかも、
だいたい分かっている。
「将軍」
ルルナが、ふと真剣な声になる。
「……それでも、戦いますか?」
「戦うさ」
アルヴィスは、答える。
「未来が、まだ続いているうちはな」
その言葉の意味を、
この世界で理解している者は――
まだ、少ない。




