世界が選んだ正しさより
朝は、静かに訪れた。
霧は薄く、光は柔らかい。
何かが起きた痕跡は、どこにも残っていなかった。
世界は、いつも通りだ。
アルヴィスは、焚き火の跡を踏み消しながら立ち上がった。
――未来視は、戻らない。
だが、それでいいと分かっていた。
もう、世界は未来を見せない。
そして彼も、見ようとしない。
「……行けそうですか」
ルルナが、遠慮がちに声をかける。
セリスは、少し間を置いてから頷いた。
「ええ」
「まだ、足は動きます」
声は落ち着いている。
だが、アルヴィスには分かる。
彼女の立ち方が、微妙に変わっている。
重心。
呼吸。
剣の構え。
すべてが、奇跡を前提にしていない。
「……無理はするな」
「分かっています」
セリスは、短く笑った。
「もう、無理をしても」
「世界は助けてくれませんから」
その言葉に、ルルナが唇を噛む。
「……それ、冗談に聞こえません」
「冗談ではありません」
セリスは、空を見上げた。
「でも――」
「悪くない気分です」
アルヴィスは、歩き出した。
南へ。
未来の記録が信用されない土地へ。
世界の修正は、止まっていない。
だが、方向を失っている。
アルヴィスを排除するためには、
セリスを“正義”として使う必要があった。
だが、その前提は、もう崩れた。
「……あの」
歩きながら、ルルナが言う。
「これから、どうなるんですか?」
アルヴィスは、即答しなかった。
代わりに、空気を読む。
世界は、見ている。
だが、何を見ればいいのか分かっていない。
「分からない」
正直に言った。
「だが――」
足を止める。
「これから起きることは」
「“正しい”かどうかじゃない」
セリスが、こちらを見る。
「意味、ですね」
「ああ」
アルヴィスは頷く。
「世界は、正しさを選ぶ」
「だが、人は――意味を選べる」
その時。
空気が、わずかに歪んだ。
だが、敵意はない。
圧もない。
――視線だ。
少し離れた場所で、魔王は静かに立っていた。
玉座も、威光もない。
ただの観覧者として。
「……最後まで、来たな」
魔王の声は、低く穏やかだった。
「介入は、これ以上しない」
アルヴィスは、頭を下げない。
だが、敬意は失わない。
「それで、十分です」
魔王は、セリスを見る。
世界の加護を失った、その姿を。
「世界に選ばれた正義が」
「自ら、それを捨てた」
「……珍しい光景だ」
セリスは、真っ直ぐに答える。
「正義を捨てたのではありません」
「世界に決めさせるのを、やめただけです」
魔王は、わずかに目を細めた。
「なるほど」
満足でも、失望でもない。
ただ――
物語として、納得したという顔だった。
「世界は安定する」
「だが、お前たちは」
「記録に残らない」
アルヴィスが言う。
「それで構いません」
「英雄にはなれないぞ」
「最初から、そのつもりです」
魔王は、ふっと息を吐いた。
「ならば、これで終わりだ」
姿が、霧に溶けていく。
「生き延びろ」
「それだけで、物語は続く」
完全に、消えた。
世界は、再び動き出す。
正しさは修復される。
最適解は保たれる。
だが――
三人の歩く先には、
世界が定義していない未来がある。
「……寒いですね」
セリスが、ぽつりと言った。
「世界に守られていたんだと」
「今なら、分かります」
「後悔してるか?」
アルヴィスが問う。
「いいえ」
迷いはなかった。
「これで、やっと」
「自分の足で、立っていますから」
アルヴィスは、前を向く。
未来は見えない。
だが、歩く理由はある。
それで、十分だった。
世界が選んだ正しさより。
人が選んだ意味のほうが――
確かに、ここにあった。
初めまして、鴉野 悠と申します。
この話はこれで完結です。
初めての作品だったもので、思うように書くことができずに、何度も最初から書き直したいと思いながらも、とにかく完結を目指してきました。
この後書きまで辿り着く読者っているのかな、と思いつつも、ここまで読んでいただきありがとうございました。
ここまで読まれた方はかなりレアだと思いますので、次の作品はもっとマシになるはずですので、そちらもよろしくお願い致します。




