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観覧者の介入

 空気が、静かに歪んだ。


 敵意ではない。

 圧でもない。


 だがアルヴィスは、即座に悟った。


 ――来た。


「……まさか姿を現すとは……」


 呟きは、独り言に近い。


 背後から、声。


「久しいな、アルヴィス」


 振り返る。


 そこに立っていたのは、闇を纏わせたローブに身を包んでいる、性別も不確かな人物。


 玉座もなく、威光もない。

 それでも――

 世界の外に立つ存在感だけは、隠しようがなかった。


 アルヴィスは、深く息を吐き、姿勢を正す。


「お久しぶりでございます、……魔王様」


「ま、魔王様っ」


 ルルナが直立不動に固まる。


 その呼び方に、魔王は小さく笑った。


「そう堅くなるな。

 今の私は、ただの観覧者だ」


「……承知しております」


 アルヴィスは、視線を下げすぎない。

 だが、礼は崩さない。


「第七軍団の戦場、

 王国との均衡――

 すべて、ご覧になっていたのですね」


「当然だ」


 魔王は即答した。


「お前の戦は、

 どれも“終わらなかった”」


 セリスが、静かに息を呑む。


「魔王……様」


 彼女が一歩前に出る。


「私は……」


「分かっている」


 魔王は、視線だけを向けた。


「世界の加護を捨てたな」


「はい」


 セリスは、はっきりと答える。


「自分で、選びました」


 魔王は、わずかに目を細めた。


「そうか」


 感情はない。

 だが、評価はある。


 魔王の視線が、再びアルヴィスに戻る。


「世界は、お前を排除対象と定めた」


「……承知しております」


 アルヴィスは、静かに息を吐いた。


「ですが」


 少しだけ、言葉を選ぶ。


「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」


「構わん」


「私は――

 いつから、見られていたのでしょうか」


 沈黙。


 短いが、重い間。


 魔王は、即答しなかった。


「……それを、正確な時点で答えることに

 意味はない」


 そう前置きしてから、続ける。


「お前が

 “勝ち方を選び始めた頃”からだ」


 アルヴィスの指が、わずかに動く。


「将軍として、ですか」


「いや」


 魔王は否定する。


「もっと前だ」


 それ以上は、語らない。


 アルヴィスは、ゆっくりと頷いた。


「……恐れ入ります」


 魔王は、空を見上げる。


「世界は、お前を消したい

 だが、消し切れない」


「未来を壊す者」


 その呼び名に、アルヴィスは目を伏せる。


「それでも」


 彼は、静かに言った。


「これまで、止められなかったのは――

 魔王様のおかげかと」


「感謝する理由はない」


 魔王は淡々と告げる。


「私は、何もしていない」

「お前は、世界にとって異物だ」


 断定。


「未来を壊す者。

 観測不能の存在」


「では――」


 アルヴィスが問う。


「本日ここに来られたのは、

 世界の代理として、でしょうか」


「違う」


 魔王は、即座に否定した。


「私は、世界ではない。

 観測者でもない」


 そして、静かに続ける。


「私は、観る者だ」


 魔王は、空を見上げた。


「世界が正しさを取り戻すのか

 それとも――

 正しさを失ってでも、意味を残すのか」


 視線が、再びアルヴィスに戻る。


「それを、最後まで見届けると決めた」


 アルヴィスは、目を伏せる。


「……恐れ入ります」


「介入はしない」


 魔王は言う。


「だが――

 盤面には立たせてやる」


 その瞬間。


 アルヴィスの視界が、わずかに歪んだ。


 未来ではない。

 だが――構造が見える。


 世界が、どこで潰しに来るか。

 どの分岐が“安全”と判断されているか。


「……感謝いたします」


 頭痛に耐えながら、アルヴィスは言った。


「それで十分です」


 魔王は、振り返らない。


「生き延びろ、アルヴィス」


「それだけで、

 物語は続く」


 魔王の姿が、霧に溶ける。


 しばしの沈黙。


 セリスが、静かに言った。


「……味方、ではないのですね」


「ああ」


 アルヴィスは答える。


「だが、敵ではない」


 未来視は、戻らない。


 それでも。


 世界の次の手は、見える。


 それで、十分だった。

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