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加護を捨てる者

 昼前。


 空は澄み、森は穏やかだった。

 だが――その静けさは、信用できない。


 アルヴィスは歩きながら、何度も視線を巡らせていた。

 未来視は、相変わらず断片しか見せない。


 見えるのは「起きること」ではない。

 起きてもおかしくないことだけだ。


「……嫌な感じだな」


「同感です」


 セリスは短く答えた。


 アルヴィスは、無意識に彼女の歩き方を見ていた。


 何かが変わった――と断言するほどではない。

 だが、変わり始めている気配がある。


 歩幅。

 視線の高さ。

 そして、迷いの質。


 迷っている。

 だが、立ち止まってはいない。


 それは、まだ失っていない者の歩き方であり、

 同時に、守られている前提に甘えていない歩き方でもあった。


「ねえ……」


 ルルナが、声を潜める。


「これ、また来ますよね。

 昨日の“圧”みたいなの」


「来る」


 アルヴィスは即答した。


「今回は、様子見じゃない」


 言い切った直後だった。


 ――世界が、歪む。


 音が遅れた。

 風が止まり、葉擦れが消える。


 昨日と同じ。

 だが、密度が違う。


「来た……!」


 ルルナが息を呑む。


 霧が、前方に集まる。

 輪郭を持たないまま、そこに“何か”が立つ。


 声は、直接頭に響いた。


『確認を行う』


 感情のない、淡々とした響き。


『対象・アルヴィス

 排除工程を進行可能』


 圧が、彼に集中する。


 膝が、わずかに沈む。


「……っ」


 未来視が、完全に沈黙した。


 いや、違う。


 世界が、彼を見なくなった。


『ただし』


 声が続く。


『修正案を再提示する』


 圧が、わずかに緩む。


 今度は、セリスへ。


 彼女の全身を、見えない線がなぞる。


『対象・セリス

 世界補正適合率・高』


 アルヴィスは、歯を噛みしめた。


 ――来る。


『選択肢』


 空間が、静止したように感じられる。


『セリスは、世界の正義として残留』

『アルヴィスは、未来視を封印』

『同行者は、全員生存』


 淡々とした提示。


 合理的で、正しくて、安定している。


 ――世界が望む、最善。


 ルルナが、震える声で言った。


「……それって

 アルヴィスさんが、諦めれば……」


「言うな」


 アルヴィスは遮った。


 言葉にした瞬間、それが“正解”として確定してしまう。


 セリスは、ゆっくりと前に出た。


「確認します」


 声は、落ち着いている。


「私が“世界の正義”であり続ければ

 彼は排除されない」


『肯定』


「私が選ばれ続ければ

 この人は、世界に残れる」


『肯定』


 セリスは、目を閉じた。


 そして――小さく、笑った。


「なるほど」


 一歩、前へ。


 アルヴィスが、叫ぶ。


「セリス、やめろ!」


 だが、彼女は振り返らない。


「分かっています」


 静かな声。


「それが、一番“正しい”」


 剣を、地面に突き立てる。


 その瞬間。


 空気が、はっきりと変わった。


 ――軽くなった。


 セリスを包んでいた、あの“滑らかさ”が、消える。


「でも」


 彼女は、顔を上げた。


「それは

 私が選びたい正しさじゃない」


 世界が、沈黙する。


 圧が、乱れる。


「私は、今まで

 選ばれてきました」


 言葉は、祈りではない。

 宣言でもない。


 決断だった。


「だから今度は――」


 剣から、手を離す。


 がしゃり、と鈍い音。


「選ばれる側を、やめます」


 はっきりと。


 迷いなく。


 世界が、反応する。


 だが、それは怒りではなかった。


 拒絶でもない。


 切り離し。


 セリスから、何かが離れていく。


 音もなく。

 光もなく。


 ただ、確かに。


『対象・セリス

 世界補正・解除』


 足元が、現実になる。


 剣の重さが、腕にのしかかる。


 奇跡が、消えた。


 ルルナが、息を詰める。


「……え」


 セリスは、深く息を吐いた。


「……寒いですね」


 それが、最初の感想だった。


 世界は、罰を与えない。


 引き留めもしない。


 ただ――興味を失った。


 圧が、急速に薄れていく。


『修正案・失効』


 淡々とした声。


『排除工程・再計算』


 アルヴィスは、セリスの隣に立った。


「……馬鹿だ」


「ええ」


 彼女は頷いた。


「でも、後悔はありません」


 二人の間に、何も挟まらない。


 未来も。

 加護も。


 ただの、人と人。


 世界は、まだ見ている。


 だがもう――

 彼女を使うことはできない。


 圧が、完全に消えた。


 森が、息を吹き返す。


「……終わった?」


 ルルナが、恐る恐る言う。


「いいや」


 アルヴィスは答えた。


「始まったんだ」


 セリスは、剣を拾い上げた。


 重い。

 だが、確かだ。


「次は」


 彼女は言う。


「正義じゃなく

 私自身として、戦います」


 アルヴィスは、短く頷いた。


「それでいい」


 世界は、修正を諦めていない。


 だが――

 切り札を、一枚失った。


 そのことを、三人はまだ知らない。


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