選ばれし正義
雨が、降り出した。
空が曇っていたわけでもない。
風向きが変わった様子もない。
それでも、歩き出してほどなく――
まるで思い出したように、雨は落ちてきた。
「……急ですね」
ルルナが、フードを引き上げる。
アルヴィスは、舌打ちをした。
未来視が、間に合わなかった。
いや、正確には――
見ていたはずの未来と、違う現実が来た。
「進みましょう」
セリスが言う。
「近くに、祠があるはずです」
迷いのない足取り。
アルヴィスは、気づく。
彼女は、正しい方向を“選んでいない”。
正しい方向へ、選ばれている。
祠は、確かにそこにあった。
屋根は崩れかけているが、雨はしのげる。
三人が中に入った直後、雨足が強まった。
「……タイミング、良すぎません?」
ルルナが苦笑する。
アルヴィスは、答えなかった。
祠の奥で、かすかな呻き声が聞こえる。
倒れているのは、負傷した傭兵だった。
深い裂傷。放っておけば、命に関わる。
セリスが、即座に駆け寄る。
「動かないでください」
彼女が剣を収めた瞬間、傭兵の呼吸が安定した。
魔法ではない。
回復の奇跡でもない。
それでも。
「……助かる」
傭兵が、震える声で言う。
「聖騎士様……ですよね」
その呼び方に、アルヴィスは目を細める。
誰も名乗っていない。
「盗賊に襲われたんだ」
傭兵は続ける。
「仲間は……」
言葉が、途切れる。
セリスは、静かに頭を下げた。
「……間に合わなかったのですね」
その瞬間。
アルヴィスの未来視に、鮮明な像が走る。
――この男は、助かる。
――セリスの判断は、正しいと評価される。
評価される、という未来。
気味が悪いほど、はっきりしている。
「……セリス」
アルヴィスは、低く呼びかけた。
「俺には、違う未来が見えていた」
彼女は、驚かなかった。
「ええ」
静かに答える。
「私もです」
視線が、交わる。
「それでも、こちらが選ばれた」
祠を出る頃には、雨は止んでいた。
外には、巡回中の王国兵が立っている。
「聖騎士セリス様!」
兵士が、敬礼する。
「偶然とは思えません。導かれました」
アルヴィスは、笑えなかった。
偶然が、重なりすぎている。
王国兵は、傭兵を引き取り、深々と頭を下げた。
「あなたがいなければ、彼は死んでいた」
セリスは、何も言わなかった。
ただ、剣を握る手に、わずかに力が入る。
その夜。
野営地で焚き火を囲みながら、ルルナが言った。
「……セリスさんだけ、守られてません?」
アルヴィスは、否定しなかった。
「守られてるんじゃない」
「選ばれている」
炎が、揺れる。
「正義が、世界にとって都合がいい限りはな」
セリスは、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと口を開く。
「もし……」
「もし私が、間違った選択をしたら」
アルヴィスは、即答した。
「その時は、世界が切り捨てる」
セリスは、目を閉じた。
そして、微かに笑う。
「……なら、考えなくてはいけませんね」
炎の向こうで、夜が深まる。
未来視が映すのは、
成功する正義ばかり。
それが、何より不気味だった。




