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世界は、静かに手を伸ばす

 朝霧が、森を覆っていた。


 湿った空気が肌にまとわりつき、音を吸い込む。

 鳥の声も、虫の羽音もない。


「……嫌な朝だな」


 アルヴィスは足を止めた。


 未来視が――また、沈黙している。

 だが昨夜のような“空白”とは違う。


 何かが、意図的に消されている。


「セリス」

「ええ」


 セリスも気づいていた。

 剣に添えた手に、無意識に力が入る。


「霧が、変です」

 ルルナが小声で言う。

「魔力……じゃない。でも、自然でもない」


 霧の向こう。

 人影が、ひとつ。


「止まりなさい」


 セリスが一歩前に出る。


 影は、素直に止まった。


「攻撃の意思はありません」

 穏やかな声。

「私は、話をしに来ただけです」


 霧が薄れ、姿がはっきりする。


 若い男だった。

 武器を持たず、旅装も簡素。


 だが――


 存在感が、薄い。


「名を名乗れ」

 アルヴィスが言う。


「名は、ありません」

 男は少し困ったように笑った。

「記録に残る必要がないので」


 ルルナが、びくりと肩を震わせる。


「……それ、いちばん怖いやつです」


「正しい反応です」

 男は素直に頷いた。


 アルヴィスは、剣に手を置いたまま動かない。


「観測者か?」


「いいえ」

 男は首を振る。

「私は“端末”です」

「世界と、あなた方を繋ぐための」


 未来視が、微かにざわめいた。

 だが――肝心な未来は、見えない。


「用件は?」

 セリスが短く問う。


「提案です」


 男は一歩、前に出た。


「このまま進めば、あなた方は世界から排除されます」

「直接ではありません」

「戦争、疫病、裏切り、偶然」

「あらゆる“不運”が、あなた方を襲う」


 淡々とした口調。


「それが、世界の修正方法です」


 ルルナが、歯を噛みしめる。


「……脅し、ですか」


「忠告です」

「そして、選択肢の提示」


 男の視線が、アルヴィスを捉える。


「未来視を、手放してください」

「あなたが“未来を壊す者”である限り」

「物語は、あなたを許容しません」


 静寂。


 セリスが、即座に言い放つ。


「断ります」


 男は驚かなかった。

 むしろ、少し嬉しそうだった。


「でしょうね」


 アルヴィスが、ゆっくりと口を開く。


「確認する」

「これは“観測者”の意思か?」


「半分は」

 男は答える。

「半分は、私個人の興味です」


 アルヴィスは、笑った。


「じゃあ、伝えておけ」


 一歩、前に出る。


「未来視は手放さない」

「勇者は物語を拒む」

「不確定要素は、増える一方だ」


 剣に、力を込める。


「それでも修正するなら――」

「正面から来い」


 男は、深く息を吐いた。


「……やはり」


 その身体が、霧に溶ける。


「次は、条件が変わります」

「観測は続く」

「介入も、段階を上げる」


 完全に消える直前、男は振り返った。


「楽しみにしています」

「“記録に残らない結末”を」


 霧が晴れる。


 森に、音が戻った。


 鳥の声。

 風のざわめき。


 何事もなかったかのように。


「……行った、ですよね?」

 ルルナが恐る恐る言う。


「ええ」

 セリスが頷く。

「間違いなく」


 アルヴィスは、空を見上げた。


 未来視が、わずかに戻り始めている。

 だが――見えるのは、断片だけ。


「本格的に、始まったな」


「何がです?」

 ルルナが問う。


 アルヴィスは、はっきりと言った。


「世界との交渉決裂だ」


 三人は、再び歩き出す。


 南へ。


 未来の記録が信用されない土地へ。


 その背を――

 世界は、まだ静かに見つめていた。


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