勇者と魔王――幼馴染の友情は拳で蘇る
「秋の文芸展2025」参加作品です
「ノクスゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウ!」
「レオォォオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
勇者と呼ばれた俺――レオン。
そして、かつての親友であり、今は“魔王ノクス”を名乗るアイツ。
互いに全力の拳を放ち、その軌道は交わるように、まっすぐ相手の頬を目がけて突き進む。
その刹那――俺はこう思う。
(……どうして、こうなったんだ……)
時間にすれば、ほんの0.1秒にも満たないはずだ。
なのに、アイツとの記憶が――走馬灯のように蘇る。
◇ ◇ ◇
幼い頃、俺と――今はノクスと名乗るアイツ、トニーは、名前すら持たない捨て子だった。
腹を空かせ、町の片隅で生きるだけで精一杯だったあの頃、俺たちに手を差し伸べてくれたのが、王族の娘・ナタリーだった。
本来なら、決して交わるはずのない身分。
けれど、ナタリーはそんなことを気にも留めず、俺たちに笑いかけた。
――そして、俺に“レオン”、アイツに“トニー”という名前をくれたのも、彼女だった。
三人で過ごした時間は、きっと人生でいちばん穏やかで、幸せな日々だった。
だが、俺たちはいつしか大人になり、世界の仕組みを知ってしまった。
貧困と差別、腐りきった王政。
トニーは言った。「この世界を変える」と。
俺も信じた。――トニーと俺なら、世界を変えられると。
だから、俺たちは革命軍を立ち上げた。そして、その結果――王政を打倒した。
だが、それは同時に、ナタリーの家族を滅ぼすことを意味していた。
あの日、ナタリーは俺たちの前に立ち塞がり、言った。
「力ではなく、対話で解決しましょう!」
毅然とした声だった。
けれどその目は、俺たちを責めるのではなく、どこまでも優しかった。
――だから、俺は何も言い返せなかった。
だが、トニーは、迷いを断ち切るように剣を抜いた。
そして、ナタリーを――貫いた。
その瞬間、俺の中で何かが壊れた。きっと、トニーの中でも同じだったのだろう。
彼は野望を実現するために、最も大切な人を殺したのだ。
俺は革命軍を抜けた。
けれどトニーは止まらなかった。
王政を打倒したその手を、さらに伸ばし、今度は世界そのものを支配しようとした。
いつの間にか、革命軍は“魔王軍”と呼ばれ――トニーは、“魔王ノクス”と名を変えていた。
◇ ◇ ◇
――バキッ!
互いの拳が頬にめり込むように激突した。
その瞬間、トニーとの記憶はそこでパッと途切れた。
衝撃で二人とも後退する。だが、間を置かずにまた全力の拳を放つ。
殴り合いの中で、俺は考え続けていた。
俺とトニーは、いつから道を間違えたのだろう。
もっと前に、やり直せる道はなかったのか。
もしあの時、ナタリーを殺さず、対話の道を選んでいたら――俺たちの人生は変わっていたのだろうか。
あの日を境に、俺とトニーの友情は壊れた。
やり直すには、互いに引き返せない道を進みすぎてしまっている。
お前はナタリーを殺し、今や世界に恐怖をまき散らしている。
俺は、ナタリーの仇討ちと世界の平和を取り戻すために――何より、お前の暴走を止めるために、お前を殺す。
その思いで今日まで生きてきた。
魔王と勇者の戦い――それは、意外にも“殴り合い”の決着を俺たちは選んだ。
トニーは魔王として莫大な魔力を持っているはずなのに、それを使わず。俺もまた、聖剣を抜かず、拳だけで挑んだ。
この殴り合いで俺が勝てば、聖剣でトドメを刺す。トニーが勝てば、その莫大な魔力で俺は跡形もなく消える。
そして、激しい死闘の末――立っていたのは、勇者である俺だった。
仰向けに倒れるトニー。
あれほど憎みあい、殺意すらあったはずなのに、殴り合いの最中――不思議と心地よかった。
拳を交えるたびに、いつの間にか俺はトニーを許していた。そして、トニーもまた、俺を許していた気がする。
この殴り合いの中で、決して治らないと思っていた友情が――少しだけ、元に戻った気がした。
俺が聖剣を手に取り、トドメを刺そうとしたとき、トニーは晴れやかな表情で言った。
「まさか……俺がお前に負けるなんてな。成長したな、レオ……」
“レオ”。
それは、まだ俺たちの道が一つだった頃、アイツが笑って呼んでいた名だ。
「レオ……その呼び方、久しぶりだな、トニー」
「トニー……か。そう呼ばれるのは、いつぶりだろうな」
トニーは懐かしそうに目を細めた。
俺は、ずっと聞けなかったことをようやく口にした。
「なあ、トニー。お前、なんで“ノクス”なんて名に変えたんだ? 何か意味があるのか?」
トニーはフッと笑い、息を整えながら答える。
「簡単なことだ――トニーは、あの日死んだ。ナタリーを殺した日から」
「それに、“魔王トニー”なんて、ダサいだろ?」
そんなことを言うトニーに、俺は思わず言い返してしまった。
「なんでだよ。俺はダサいなんて思わない。
ナタリーがつけてくれた名前だろ。レオンも、トニーも。
捨て子だった俺たちが、初めて手に入れた“自分”の名前だったじゃないか」
レオンとトニー。その名の重みを、俺たちが一番知っている。
ナタリーを忘れないために――その名を、捨ててはいけなかったはずだ。
「レオ……俺は、自分がやってきたことを間違いだとは思っていない。
けど……もし、あの世でナタリーに会えたら、謝りたい。
“もっと楽に死なせてやればよかった”ってな」
「ああ……だったら、ナタリーに思いっきり説教されてこい!」
俺は笑って言い返す。
「でもな、トニー。ナタリーはお前を恨んでなんかいなかった。
むしろ、止められなかった自分を――最後まで悔いていたよ。……俺もな」
ナタリーの息が途絶えたあの日。泣きながら彼女を抱いたとき、はっきり思い出した。
俺は、ナタリーを失った恨み以上に――トニーに戻ってきてほしいと願っていたのだ。馬鹿みたいな話だが、それが真実だった。
だから、俺は誓った。
――トニーの暴走は、俺が止める。
「トニー、お前は昔っから頑固だからな。……でも、“ノクス”なんてセンスない名前に変えたのは許さねえ! ナタリーにも怒られろ!」
「フ……そうか」
トニーは静かに笑った。
そして、最後の言葉を交わす。
「じゃあな、トニー。――一つ言っておく。
ナタリーは俺じゃなく、お前を愛していたよ。
ひとりの男として、アイツに会えたら……ちゃんと話してこい」
――ザシュン。
聖剣で、友を――貫いた。
この日、世界に平和が戻った。
だが同時に、俺の唯一の“親友”が、この世を去った日でもあった。




