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勇者と魔王――幼馴染の友情は拳で蘇る

作者: 朝月夜
掲載日:2025/10/23

 「秋の文芸展2025」参加作品です

「ノクスゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウ!」

「レオォォオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 勇者と呼ばれた俺――レオン。

 そして、かつての親友であり、今は“魔王ノクス”を名乗るアイツ。

 互いに全力の拳を放ち、その軌道は交わるように、まっすぐ相手の頬を目がけて突き進む。

 その刹那――俺はこう思う。


(……どうして、こうなったんだ……)


 時間にすれば、ほんの0.1秒にも満たないはずだ。

 なのに、アイツとの記憶が――走馬灯のように蘇る。


 ◇ ◇ ◇ 


 幼い頃、俺と――今はノクスと名乗るアイツ、トニーは、名前すら持たない捨て子だった。

 腹を空かせ、町の片隅で生きるだけで精一杯だったあの頃、俺たちに手を差し伸べてくれたのが、王族の娘・ナタリーだった。

 本来なら、決して交わるはずのない身分。

 けれど、ナタリーはそんなことを気にも留めず、俺たちに笑いかけた。

 ――そして、俺に“レオン”、アイツに“トニー”という名前をくれたのも、彼女だった。

 三人で過ごした時間は、きっと人生でいちばん穏やかで、幸せな日々だった。


 だが、俺たちはいつしか大人になり、世界の仕組みを知ってしまった。

 貧困と差別、腐りきった王政。

 トニーは言った。「この世界を変える」と。

 俺も信じた。――トニーと俺なら、世界を変えられると。

 だから、俺たちは革命軍を立ち上げた。そして、その結果――王政を打倒した。

 だが、それは同時に、ナタリーの家族を滅ぼすことを意味していた。

 あの日、ナタリーは俺たちの前に立ち塞がり、言った。


「力ではなく、対話で解決しましょう!」


 毅然きぜんとした声だった。

 けれどその目は、俺たちを責めるのではなく、どこまでも優しかった。

 ――だから、俺は何も言い返せなかった。

 だが、トニーは、迷いを断ち切るように剣を抜いた。

 そして、ナタリーを――貫いた。


 その瞬間、俺の中で何かが壊れた。きっと、トニーの中でも同じだったのだろう。

 彼は野望を実現するために、最も大切な人を殺したのだ。

 俺は革命軍を抜けた。

 けれどトニーは止まらなかった。

 王政を打倒したその手を、さらに伸ばし、今度は世界そのものを支配しようとした。

 いつの間にか、革命軍は“魔王軍”と呼ばれ――トニーは、“魔王ノクス”と名を変えていた。


 ◇ ◇ ◇ 


 ――バキッ!

 互いの拳が頬にめり込むように激突した。

 その瞬間、トニーとの記憶はそこでパッと途切れた。

 衝撃で二人とも後退する。だが、間を置かずにまた全力の拳を放つ。


 殴り合いの中で、俺は考え続けていた。

 俺とトニーは、いつから道を間違えたのだろう。

 もっと前に、やり直せる道はなかったのか。

 もしあの時、ナタリーを殺さず、対話の道を選んでいたら――俺たちの人生は変わっていたのだろうか。

 あの日を境に、俺とトニーの友情は壊れた。

 やり直すには、互いに引き返せない道を進みすぎてしまっている。

 お前はナタリーを殺し、今や世界に恐怖をまき散らしている。

 俺は、ナタリーの仇討ちと世界の平和を取り戻すために――何より、お前の暴走を止めるために、お前を殺す。

 その思いで今日まで生きてきた。


 魔王と勇者の戦い――それは、意外にも“殴り合い”の決着を俺たちは選んだ。

 トニーは魔王として莫大な魔力を持っているはずなのに、それを使わず。俺もまた、聖剣を抜かず、拳だけで挑んだ。

 この殴り合いで俺が勝てば、聖剣でトドメを刺す。トニーが勝てば、その莫大な魔力で俺は跡形もなく消える。

 そして、激しい死闘の末――立っていたのは、勇者である俺だった。

 仰向けに倒れるトニー。

 あれほど憎みあい、殺意すらあったはずなのに、殴り合いの最中――不思議と心地よかった。

 拳を交えるたびに、いつの間にか俺はトニーを許していた。そして、トニーもまた、俺を許していた気がする。

 この殴り合いの中で、決して治らないと思っていた友情が――少しだけ、元に戻った気がした。

 俺が聖剣を手に取り、トドメを刺そうとしたとき、トニーは晴れやかな表情で言った。


「まさか……俺がお前に負けるなんてな。成長したな、レオ……」


 “レオ”。

 それは、まだ俺たちの道が一つだった頃、アイツが笑って呼んでいた名だ。


「レオ……その呼び方、久しぶりだな、トニー」

「トニー……か。そう呼ばれるのは、いつぶりだろうな」


 トニーは懐かしそうに目を細めた。

 俺は、ずっと聞けなかったことをようやく口にした。


「なあ、トニー。お前、なんで“ノクス”なんて名に変えたんだ? 何か意味があるのか?」


 トニーはフッと笑い、息を整えながら答える。


「簡単なことだ――トニーは、あの日死んだ。ナタリーを殺した日から」

「それに、“魔王トニー”なんて、ダサいだろ?」


 そんなことを言うトニーに、俺は思わず言い返してしまった。


「なんでだよ。俺はダサいなんて思わない。

 ナタリーがつけてくれた名前だろ。レオンも、トニーも。

 捨て子だった俺たちが、初めて手に入れた“自分”の名前だったじゃないか」


 レオンとトニー。その名の重みを、俺たちが一番知っている。

 ナタリーを忘れないために――その名を、捨ててはいけなかったはずだ。


「レオ……俺は、自分がやってきたことを間違いだとは思っていない。

 けど……もし、あの世でナタリーに会えたら、謝りたい。

 “もっと楽に死なせてやればよかった”ってな」

「ああ……だったら、ナタリーに思いっきり説教されてこい!」


 俺は笑って言い返す。


「でもな、トニー。ナタリーはお前を恨んでなんかいなかった。

 むしろ、止められなかった自分を――最後まで悔いていたよ。……俺もな」


 ナタリーの息が途絶えたあの日。泣きながら彼女を抱いたとき、はっきり思い出した。

 俺は、ナタリーを失った恨み以上に――トニーに戻ってきてほしいと願っていたのだ。馬鹿みたいな話だが、それが真実だった。

 だから、俺は誓った。

 ――トニーの暴走は、俺が止める。


「トニー、お前は昔っから頑固だからな。……でも、“ノクス”なんてセンスない名前に変えたのは許さねえ! ナタリーにも怒られろ!」

「フ……そうか」


 トニーは静かに笑った。

 そして、最後の言葉を交わす。


「じゃあな、トニー。――一つ言っておく。

 ナタリーは俺じゃなく、お前を愛していたよ。

 ひとりの男として、アイツに会えたら……ちゃんと話してこい」


 ――ザシュン。

 聖剣で、友を――貫いた。

 この日、世界に平和が戻った。

 だが同時に、俺の唯一の“親友とも”が、この世を去った日でもあった。



 読んでくださる読者あなたが、大好きです!!


 本作のイメージイラストです。

 挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
短い中に人間ドラマが凝縮されていました。 面白かったです!
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