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8話 名前の価値

7/7日の昼から21時ごろに7話をお読みになられた方すみません。

書き直してあるので、さきに7話を読んでから8話を読んでいただけますと幸いです。

 自分の国のことなのに、何も知らなかったし、平民の暮らしなんて何ひとつ知ろうとしなかった。

 わたしが無知をさらしたことをレンはラッキーだと言ってのけた。


「王女様に名前を覚えてもらえる国民第一号。その栄誉は誰が買う?」

「名前を覚えてもらって何になるんだよ」


 男たちが鼻で笑う。


「オレの名前、教えてやろうか? オレは ──」


 男の一人が名乗る前に、レンはわたしの後ろに立って両手でわたしの耳を塞ぐ。

 同時に男たちの名乗る声が聞こえた。

 耳に当てられた手は緩い。聞こえないふりをしろということだろうか。


「ああ、ズルはいけないよ。交渉が先だ」

「なんだ兄ちゃん、邪魔すんなよ。その手を退けな」


 剣の切っ先を向けて男が笑う。

 レンは彼らに問いかけた。


「王女って偉いと思う?」

「何を当たり前のことを聞いてんだ?」

「なぜ偉いのだと思う?」

「知るか! 貴族様らが国のアレコレ決めて命令してくるんだ。ふんぞりかえって下の言い分なんて聞きやしねぇ!」

「どうして従うんだ?」

「罰せられるから従うしかねぇ」


 レンはうんうんとうなずきながら話を続ける。


「盗みは罰金及び強制労働。ノースシーの法律だとそうなっているね」

「そうしなければ食えねえ!罰金か懲役!金が払えなければ重労働で死んでこいだあ?ふざけんな!」

「不満があるなら、その偉い人に直接言えばいいじゃないか」

「聞くわけないだろ!こんなオレたちの名前も知らねぇ奴らが!」


 男たちは鬱憤を吐き出すように叫ぶ。

 それに対して、レンは落ち着いて確認する。


「そう、じゃあ貴方たちの願いは『自分たちの声を聞いてほしい』ってことか。それなら、王女に名を覚えられることは貴方たちの声が届く『希望』としての価値がある」


 無言になる男たち。


「希望……?」


 ボソりと男の一人が呟く。

 男たちから暗闇に吸い込まれるように、乾いた声が落ちた。


「希望なんてオレ達にはねぇよ」

「底辺も底辺。地の底だ」

「明日のことなんて考えられねぇ」


 彼らには『希望』という言葉が、かえって空しく響いたようだった。

 レンは、一歩踏み出した。足元の砂がザりッ、と音を立てた。


「嘘つけよ」


 焚きつけるように男たちを挑発する。

 レンの手がわたしの耳から離れる。


「金は欲しいだろう?」


 スッと男たちに向けて腕を伸ばしたレンの手には金貨があった。


「美味いものが食べたい、酒が飲みたい、女を抱きたい、清潔な服を着て、暖かい寝床で休みたい……ん?」


 男たちは黙っていた。

 その目はレンの持つ金貨に注がれていた。

 しかし、彼らの目は冷たいままだったことに、レンは疑問を持ったようだ。

 レンの言った欲望は誰にでもある。でも彼らが反応しないことにレンは別の確証を得た。


「ああ、違うか! 美味しいものを食わせたかった、暖かい寝床で休ませたかった、幸せにしたかったか?」


 冷めた目から一転、男たちの目に怒りと憎悪の灯りがともる。

 わたしは彼らが「帰る場所もなくなった独り身」と言っていた意味を理解した。


「そう、可哀そうに。大事な人を失うのはどんなに辛かったか、さあ聞かせてくれよ」


 レンの同情のこもった声が男たちの口を開かせた。


「オレの娘は冬を越せなかった……」

「結婚したばかりだったのに。楽をさせてやりたかったのに……」

「息子は熱を出して、けど、医者にみせる金がなかった……」


 家族はもう誰もいない。だから戦争へ行ってもお金を残す相手がいない。


「そう、真面目に懸命に働いてきたのに酷いね」


 レンは彼らの話をじっくり聞き、親身に寄り添った言葉を返す。

 彼らの不幸の間接的原因は、たしかに貴族、ひいては王族の責任だと言われても仕方ない。

 わたしは彼らの言葉に胸が苦しくなる。


「税を払えず、娘を残して懲役だなんてできるか。税を払えば、暖をとる薪を買えず、結局は死なせてしまった」

「女房が過労で倒れたのは税を増やした貴族のせいだ。だから復讐したい」

「そうだ、復讐だ!いま、その機会が目の前にあるんだ……!」


 わたしに向けられた剣を握る手に力がこもった。

 彼らの気持ちを理解してしまった。

 わたしは死にたくはない。けれど、殺されても仕方がないのかもと思ってしまった。


 レンは彼らに落ち着き払って告げる。


「その剣でもって復讐して家族の無念を晴らしたいと。たしかに、怒りをぶつけたら少しは気が晴れるかもしれない。けれど、そんなことをしたら貴方たちは大罪人だ。確実に処刑される」


 男の一人、あごひげを生やした男が言う。


「かまわない、悲しむ家族もいない」


 続いて震える声で、たれ目の男が言う。


「お、オレたちには貴族に復讐する権利がある」


 それに対して、レンは静かに答える。


「そうかもしれない。でも、自分らの姿をよく見てみるといい。どこからどう見ても、盗賊だ。こんなか弱い少女を惨殺でもすれば、金目のものを狙った犯行で殺された可哀そうな王女様。間違いなく世間の目はそう見るさ」


 ぼさぼさの髪でノッポの男が口を開く。


「……王女を殺した馬鹿がいたって世間を騒がす。それもいい」


 彼らは、家族思いの普通の人だったのだろう。でも、貧しさと悲しみが彼らを闇に落としてしまった。

 レンが彼らと話を続ける。


「しかし、そうしたら誰が死んだ家族を弔うんだい? 誰もいなくなるな。それどころか大罪を犯した家族として見られ、忘れ去られるだろうね」


 忘れ去られる……?

 そうしたら、何も残らない。


 ……そんなのだめだ。嫌だ。

 

 わたしは、震えた手で剣を握りしめる男たちの顔を、一人ひとり見つめた。

 ようやく、わたしは彼らの名前を知って、彼らの悲しみ、怒り、痛みを知ったのに。


 ……声を聞いてほしい。それが彼らの本当の願いのはずだ。

 だから、わたしはまだ殺されていないのだ。わたしはもっと彼らの話を聞かなければならない。


「あなたたちの家族のこと、もっと教えてください」


 男たちが、一斉にわたしを見据えた。

 その視線は恨み憎しみだけではなかった、切望だ。


 レンが彼らに語りかける。


「貴方たちは、王女が平民の一人も名前を覚えず無知であることを恨んだ。しかし、その王女の無知が、今、貴方たちに誰よりも鮮明に、その名を刻む機会を与えている」


 男たちの顔が苦しげに歪む。


「この国の王族に、貴方の家族の無念を、その名を、記憶させる。王女は一生忘れない。それで復讐にならないか」


 彼らの目には葛藤が見えた。


 男たちは沈黙し、やがて、一人がポツリとつぶやいた。


「……ミアだ。……娘の名だ」


 レンはゆっくり笑った。そして、わたしを見た。


「── ほら、王女様。呼んであげな」


 わたしは息を吸った。少しだけ震えてしまったけれど、はっきりと声にだした。


「……ミア」


 その名を呼ぶ声が、坑道の暗闇の中で響いた。

 今たしかに、“届いた”。

 あごひげを生やした彼の感情が揺れ動く気配がした。


「覚えたわ……ハロルドさん」


 レンに耳に手を当てられていた時に聞こえた名前だ。

 わたしが彼の名前も呼んだことでハロルドの表情に変化があった。

 凍てついていた空気が弛緩する。


「あのね、腹が立つかもしれないけど聞いてほしいの。パパは絵を描くのが趣味で……金持ちの道楽って思うかもしれないけど……」


 彼らを追い詰めた諸悪の根源のひとりが何を言っても無駄かもしれない。でも伝えたい。


「小さいころのことだから最近のことじゃないけれど、パパの絵には冬山を背景に城下の家々が描かれて、煙突からは煙が立ち上っていたの。それを描きながらパパが言ってた。『今年の煙突の煙は美しいだろう。みんな暖かい家で冬を越せる。つまりあの煙は幸せの数なんだ』って。だから、けっして、国民のことを考えていなかったわけじゃないと思う。わたしの目にはとても立派で、優しい王様に見えていたわ」


 鉱山が枯れる前の話だから、国がお金持ちで余裕があった頃の父の姿だっただけかもしれない。それでも、国民のことを思っていたんだって知ってほしい。覚えておいてほしい。


「わたしが名前を覚える代わりにパパの名前も忘れないで。パパの名前はクオーツ王よ」


 わたしの願いに、ハロルドは唇をかみしめた。

 そして、少しだけ間をおいて「わかった」と答え、握っていた剣を下げた。


 そこで、レンが少し慌ててわたしにだけ聞こえるように話しかけた。


「ちょっと、ちょっと、商談に割り込まないでくれるか。あーあ、勝手に対価を決めてー」

「別にいいじゃない」

「いや、ルチルが名前を覚えるのと引き換えに、道案内を頼もうかと思ってたんだよ」


 そんなこと言われても、もう遅い。


「わたしが覚えるんだから、わたしが対価を決めてもいいでしょ。……サムさんとニックさんも家族の名前を教えてください」


 レンに小声で答え、残りの二人に声をかける。

 ぼさぼさの髪でノッポのニックが答えた。


「女房の名前でもいいのか……シェリーだ」

「シェリー、絶対に忘れないわ」


 ニックの隣には、わたしにたれ目を吊り上げ鋭い視線を向けるサムがいた。


「そんなこと言って……どうせ口先だけですぐに忘れるんだろ!」


 サムは表情を緩めず、わたしをにらみつけた。

 どうすれば信用してもらえるだろう。


「そうだ!わたしが子どもを産んだらその子の名前にするわ!それなら絶対に忘れないでしょ!」

「えぇ!?」


 わたしの思い付きに対して、レンが驚いた声を上げる。

 サムも唖然とした表情をしたあと、眉が下がった。


「はは、オレの息子の名前が、王女様の子どもの名前につけられるのかよ……」

「そうよ!さあ教えて!」


 サムはわたしから視線を外し、天を仰ぎながら答えた。


「……クリスだ、覚えておけよ!」

「クリス、いい名前ね!」


 ミア、シェリー、クリス。絶対に忘れない。


 レンはジト目でこちらを見つめていた。


「なによ」

「いや、だって、そんな大事なこと、そんな勢いで決めて……」

「レンが心の広い夫を紹介してくれれば問題ないでしょ」

「えー……」


 レンが不満そうな声を漏らしながら首の後ろをかく。


「あーもう、ルチルのせいでめちゃくちゃだよ。しゃーない、普通に交渉しよう」


 レンはハロルド、ニック、サムに向かって指を三本立てる。


「セプタリアン領の出口まで道案内、銀貨3枚でどう?」

ルチルを主人公に据えたのは正解だったなあ、としみじみ。

バディらしくなってきたのでこの回は自分でも好き。

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