7話 ノースシーの問題
7月7日の昼〜21時頃まで公開していた話を修正しました。
誤って投稿していた内容だったため、現在は書き直したものに差し替え済みです。
すでに読んでくださった方、ごめんなさい!
「パイライト侯爵家はお金持ちの家のはずよ。金銀鉱山のある領地だもの」
「昔はな。鉱山夫の話では最近はそうでもないらしいぞ」
レンが屋敷の周りにいた村民や兵から聞いた話を教えてくれた。どうやら鉱山はゆっくりと資源を失っていったらしい。
「十六年前、迷宮が沈黙して魔物が減った。おかげで安全に採掘が進むようになった。掘れば掘るだけ儲かるのだから人々が鉱山に集まる。そして、堀つくしたのだろうな」
レンの言葉で、屋敷の周りで見かけたやせ細った人々の姿が思い浮かぶ。
苦い思いが胸の奥に広がった。
「……わたし、何も知らなかったのね」
パイライト侯爵の屋敷から逃げ、森の中を駆け抜けた。
レンの案内でたどり着いたのは採掘跡だった。坑道の穴がぽっかりと口を開けていた。
「ここから隣の領地に抜けられるらしい」
「こんなところ、入って大丈夫なの?」
レンがカンテラに明かりを灯す。
さらに、わたしに着替えを差し出してくれる。
花嫁衣裳のままで寒いと思っていたのでありがたい。
「街道は見張られているだろうし、山を登るよりはここを抜けるほうがマシだろう。できるだけ早く隣の領地まで行きたい。夜通し歩くことになるけど、ルチルは平気か、眠くない?」
「大丈夫。橋から屋敷までの馬車で寝てたから」
「……ルチルって、けっこう図太いよな」
「だって、レンが!夜に合流って!言ったから!!」
夜に備えて休んでいただけである。
そこは準備がいいと褒めてほしい。
「レンこそ今日は徹夜じゃないの?」
「私は三徹ぐらいなら慣れたものだよ」
「それ、早死にしそうよ。仮眠したほうがいいわ」
「なら、途中で少し休むよ」
そう言い合いながら、わたしたちは暗闇の中に足を踏み入れる。
道は傾斜して下へと続いていた。
「鉱山が枯れてお金持ちの国じゃなくなったのは、わかったわ。でも、伯父はどうして戦争をしようとしているの?」
「ノースシーは、山の多い土地だろ。わずかな平野で作物を育てて、あとは狩りや海で魚を獲る。それで夏は食いつなげても、長い冬を越せる蓄えは足りない。足りない分の食料はどうすればいいか、オブシディアン王は隣から奪おうって考えなんだろう」
わたしは自国の状況に頭を抱えた。
「このままではみんな飢えに苦しむけど、戦争なんてしたら犠牲だって出るのに!いったい、どうすれば良いの!?」
「ルチルは戦争は嫌なんだ?」
「当たり前でしょ!?」
そんなこと聞くまでもないのにと、苛立つように言い返した。
「ふーん…なんで?」
「わたしは贅沢な暮らしがしたいけど、誰かの血で染まったドレスなんて着たく無い。甘いケーキが食べたいけど、餓死する人の前でなんて美味しくない」
そう口にして、改めて自分の気持ちを自覚した。
「ルチルは我儘だね。まあ、嫌いじゃ無いよ」
わたしの考えはレンの言う通り、我儘だ。
黄金は枯れ果てた。春は待てない。春を探す。
でも、どうやって?
「伯父についた貴族は戦争すれば状況が好転すると本気で思っているの?」
「さあ。けど、賛同した貴族がいたから、戦争の準備が進んでいるのだろうな」
オブシディアンに従った貴族たち。ヒースのアホアイト家は戦争賛成派なのだろうか。
パイライト侯爵は……ヒースにニーレイクと戦っても無駄死にすると忠告したり、あの老人は何を考えているかよくわからない。
「どっちみち、ノースシー国はニーレイク国に戦争で勝てないよ。あっちには私の弟分がいるからね」
「弟分?」
「剣であいつの右に出る者はいない。私の方が三つ歳上なんだが、あいつが幼児からボロクソに負けて勝てたことがない」
幼い時ならば、三つ年が離れただけで体格が倍近く違うこともあったはずだけど、それでも負かされたらしい。
「レンが弱過ぎじゃなくて?」
「兄貴分の威厳も減ったくれもなくて凹むわ。とにかく、あり得ないくらい強いあいつがニーレイクにいるから戦争で勝つなんて無理だ」
レンの弟分とは凄い人らしい。一騎当千の英雄のようだ。
レンは年長者として立場がないというけれど、声は自慢めいた響きがあった。
わたしも家族のことを思い出した。
レンに姉の話をする。
「うちには男子がいないからお姉ちゃんが女王になるはずだったの。だから一番良いものを与えられて、素敵だった。それで、わたしはお姉ちゃんのものってどうしても欲しくなっちゃって、いつもお姉ちゃんのこと困らせてたと思う」
わたしに与えられる物より輝いて見えて、我慢できなかったことも多い。
「宝石なんかは、わたしが欲しがると諦めたようにいつも渡してくれたの。それは大事にしまってある。『返して』って言われたら返すつもりで、たまに見せびらかすんだけど……もう要らないのかな。わたしが色々欲しがるせいかお姉ちゃん地味なドレスや安物しか身に着けなくなったんだよね」
「お前さー」
レンが呆れた声を出す。我儘で困った子って言いたいんでしょ。わかってるよ。
「再会したらもう困らせないようにしたい。だって、わたしの家族はもうお姉ちゃんとママしかいないもん」
すこしだけ沈黙が落ちた。
「……諸々、片付いたらさ」
「うん」
「お前、私に売られるんだけど?」
「ぁあ!」
姉と母が頭を抱える姿を容易に想像できてしまう。
「そうだった……はちゃめちゃに困らせるわ!!どうしよう!!」
絶対、叱られる。
いやでも、だって、ほかに選択肢はなかったし、もとはといえば、わたしを置いて逃げた姉と母が悪いし、さらにいえば全ての元凶はクーデターを起こした伯父だ。
「オブシディアンが全部悪いわ!絶対に許さないんだから!」
わたしは打倒オブシディアンへの気持ちを新たにした。
途中いくつかの分かれ道を進み、坑道の奥へとひたすら歩みを進める。
そして、……道に迷った。
「レン、本当にこっちなの?」
何度目かの質問をぶつける。もう歩き続けて半日以上たっていた。
「わからない。コンパスが役に立たないのは参ったね」
鉱山の中には磁気を帯びた石がたくさんあるらしい。
「ほら、磁石が吸い付く」
レンのいう通り、コンパスを近づければ針が岩壁を指すのを見た。
「へー、面白い!……じゃなかった!おかげでもう歩き疲れてへとへとよ!」
「少し休憩にしようか」
レンがポーチから食料や飲み水、ロウソクを取り出し、さらに毛布もだす。どうやってそんなに沢山の荷物を収納しているのか不思議である。
レンが水筒からカップに注ぐも、それで無くなってしまう。到底、二人分には足りない。
「……干涸びちゃうよう」
「ああ、水なら大丈夫」
レンがポーチからゴブレットを取り出す。
金色の光沢で、でも金よりも艶々している。装飾は竜神信仰でよく見る結び目や渦巻き模様が複雑に施されている。
「見てて」
ゴブレットに『ふっ』と息をかける。するとどうだろう。コポリと音がしてゴブレットを水が満たした。すごく不思議だ。
「どうなってるの!?」
わたしが驚くとレンがにやりと笑って言う。
「さあ? 拾い物なんだけど、良いでしょ」
「魔法としか言いようがないんだけど。橋での風もそうよ。あれもレンが魔法を起こしたの?」
「空の島の魔道具や魔法は、あの島でしか使えない。魔法使いが大地に降りても魔法が使えないし、魔道具も使えないのは知ってる?」
「うん、そう聞いてるわ」
「私の知っている例外が二つある。一つは迷宮の魔道具。これがそう」
わたしはノースシーの迷宮の物語を思い出す。迷宮の主から魔道具を貰ったという話だった。
「おとぎ話じゃないの……?」
「激レアで存在しているんだよ」
レンがふふんと自慢げにゴブレットを見せつけこくりと水を飲む。
「本当に飲めるの?」
「うん、ただの美味しい水」
レンにゴブレットから手に持ったカップに水を注がれた。
意を決して飲む。
「まろやかで飲みやすくて、確かにただの美味しい水ね」
レンがいくらでも湧くというので遠慮なくごくごく飲める。水の心配が要らないなんて、この魔道具はとんでもなく高価なのではないだろうか。
「それで、もう一つは?」
「企業秘密」
ここまで引っ張ってそれはない。
笑うレンをポカポカと叩く。
「ははは、私にできるのは歌うと風を起こせる。それだけだよ」
レンが歌う。
橋で聞いた歌だ。メロディラインは一緒だけど、ゆっくりで階調が違う。
坑道の籠った空気が抜けるように吹き抜ける。
「うん、あっちの方へ風が流れやすい。出口はきっとこの方向だ」
レンの指す方向へ歩みを進める。
そうすると暗闇の先に光が見えた。
「明かり?」
「きっと出口よ!」
わたしは思わず走り出した。
「ちょっと待ってルチル!」
明かりは出口ではなかった。松明を持った男が三人。
「あれ? 鉱山夫の人かしら?」
わたしの質問に答える間もなく、剣が突きつけられる。
「あんたら何者だ?」
見るからにガラが悪そうな男たちだった。
「わたしはルチル王女よ!」
「いや、なんで正直に答えるの?」
後ろから追いついたレンにツッコまれた。
「え? だって、王女のロイヤルパワーで切り抜けられないかなって」
「だめでしょ。見るからに悪人に通用するわけないじゃん」
ヒースの時みたくはいかないらしい。
「なに、訳の分かんねえこと言ってるんだ?」
「なあ、おい。王女様だってよ、確かに上玉だ!」
「まさに堂々とした貫禄がおありで!」
ゲラゲラと男たちは笑い出す。
「おいおい、マジで本物なのか? なら金目のものだしな!」
「オレらがこんな闇の中、毎日汗水垂らして穴を掘ってた間、王女様はぬくぬく贅沢三昧してたんだろうなあ」
「ここ数年は増税だ増税だって、全部取られて、冬を越せずにくたばっちまった奴も大勢いたんだぜ!」
わたしは、鉱山が枯れていたことを知ったばかりだ。
知っていたら、節制して過ごした……そんな言い訳は口に出せない。男たちの言葉には恨みと憤りが込められていた。
「新しい王様になって、やっと食料も配給されるようになった。まともな王に代わって本当に良かったぜ!」
わたしは父が貶され、オブシディアンが賛美されるのが許せなかった。
「鉱山が枯れた問題は、パパだってどうにもできなかったはずだわ。それで引き起った貧困を解決出来なかったことは確かに非難されても仕方無いけど、だからって、クーデターをおこして、玉座に座ったオブシディアンは間違ってるわ。貧困の解決が戦争だなんて、おかしいじゃない!」
わたしの言い分に対して、男たちの態度は非常に冷めたもので、暗い目でわたしを見ていた。
「そうさな、死んで来いってことだろうな」
「徴兵に参加したら家族にそれなりの金が入る。戦争……それで家族を守れるなら仕方ないそう考えるやつが大半だ」
「ようは、口減らしもかねているんだろう。オレらみたいに帰る場所もなくなった独り身にゃ、無意味だ。だったら散々奪われてきたんだ。ならオレらだって奪ってもいいだろう?」
彼らの声には、乾いた怒りと、悪事を正当化するような開き直りが滲んでいた。
「きっと別の解決策があるはずよ……たとえば、お城にあるわたしのアクセサリーだって売ってもいいわ」
わたしの言葉は彼らには届かない。
「何もしないで贅沢してたあんたらが、急に何言ったって信用できねえよ」
「アクセサリーだってよ。俺らの暮らしがどんなだったか、知りもしねえんだろ?」
「王女様よぅ、あんたはせめて下々の名前を一人でも覚えているのかよ?」
彼らの言葉にわたしは言い返そうとした。でも……。
「一人ぐらい……っあ…れ?」
わたしは言葉を続けられなかった。
いつもわたしの部屋を掃除している清掃係の老女。
楽しく試食会をした陽気な料理人は?
花輪を作ってくれた口下手な庭師は?
橋で倒れた世話係のメイドの名前は……?
わたしは彼らの名前を知らない。
名乗られたことは無いし、わたしから聞いたこともない。
それでも、知ろうとすればできたはずだ。
沈黙するしかなかった。
男たちの言う通りだ。
「本当に一人も自国の平民の名前を知らない?」
レンが問うも、わたしは俯くしかない。
知らなかっただけじゃない。わたしは、知ろうとすらしてこなかった。
彼らの名前なんて知らなくて当然、そんな風に過ごしてきた。
……悔しい。情けない。
わたしはぐっと喉にものがつまったような苦しさを感じた。
そんなわたしに対して、レンはふっと笑う。
「ふ~ん……ラッキーだね!」
は? なぜに?
全くもってレンの言葉の意味がわからなくて顔を上げる。
深刻さの漂うわたしと男たちの会話を聞いてどうしてそんなことが言えるのか。
「レアってことだよ」
レンは変わらずいつもの調子で不敵な笑みを浮かべて言った。
「さあ、商談を始めようか!」
次回…レンの活躍!?
じつは序盤はルチルの活躍重視して書いたものだから、全然いいところがなく、道案内人と荷物持ちでしかなかったレン。いよいよ出番ですよ。