5話 王女と騎士
「じゃあ、早速。あの人達を止めてきて」
レンはノースシーの騎士達を指さす。
「え?」
「ルチルも協力するって言ったよね。自国の騎士なんだから、ノースシーの王女様が止めてくるのが筋だろ」
「そんなの無理よ」
「でも戦争を止めたいんだろ? 堂々としていれば大丈夫」
レンがハンカチを取り出して、わたしの顔を拭う。
「ほら、超絶美少女のプリンセス。エスコートしてあげるから、自信を持って」
レンはきれいな笑顔で、言葉だけなら胸がときめくような王子様のごときセリフを吐いている。なのに、わたしが踊り出る先は武器を手に持つ屈強な男たちの前だ。
レンに手を引かれ、いや、連行されて、門に歩みを進める。
「止めるって、どうすればいいの?」
「王女様なんだから、いつも通りにすれば良いだけさ」
なんもわからん!!
そうこうする間、門をくぐり、ずらりと並んだ騎士の前に立たされた時、わたしたちの周りに吹いていた風がやんだ。やはりあの風はレンの魔法のようだ。信じがたいが彼以外にありえない。
一斉に武器を向けられる。
「無礼者!!」
レンがよく通る声で騎士達に怒鳴った。
「こちらにおわすは、ノースシー国、第二王女ルチル殿下である!」
レンの言葉に騎士達が動揺しだす。
「本物という証拠は?」
そんなの持ってない。なんにも無い。
ああ、……なんだ。さっきと一緒か。
だったら、自分以外の証拠なんてない。
緊張で足の震えが止まらない。
けれど、さっき決めたんだ、わたしは王女だから、国民を見捨てないって。
レンがわたしの背中を押す。
レンの「いつも通りにすれば良い」という言葉をわたしも信じよう。
わたしは背筋をピンと伸ばす。
大丈夫、だって王女だもん。
うなれ、わたしのロイヤルパワー!
「わたしの顔以外の証拠があるかしら?」
わたしは堂々とした態度でゆっくりと、騎士達の顔を見渡す。
「まさか、誰も自国の王女の顔を知らないの?」
威厳たっぷりに圧をかける。
わたしも騎士の顔の中で知ってる者はいないかと確認するが、見つからない。
……え、本当にわたしの顔、知らないの!?
態度に焦りが顔に出ないよう、冷や汗が流れるのを必死に抑えた。
ざわつく騎士達。
そのとき、橋の向こうから大声がする。
「こちらはニーレイク国、第十六王子率いる国立軍である。先の攻撃は、ニーレイクに対する侵略行為とみなす。いまから、使者を送るので交渉を行わぬのなら、防衛の必要ありと判断し、反撃を行う」
それを聞いたレンが耳もとに近づいて小声で話す。
「あー……。ノースシーはルチルに任せるから、あっちは私が行ってくる。後で合流しよう」
「後でって、いつ、どこ、どうやって!?」
「夜に、パイライト侯爵の屋敷で。全兵隊を護衛に付くよう説得して連れてってもらって」
また無茶振りを!!
レンは橋を渡って行ってしまった。ニーレイク側の説得も大変そうだけど、彼なら本当に何とかしてくるのだろう、という妙な確信があった。
それより問題は一人残されたわたしの方だ。
ざわついた騎士の中から、前に進み出る者がいた。
「どうした? なぜ攻撃を止めた。使者など無視しろ」
その言葉は、まるで周囲の騎士の動揺を鎮めるかのように強く響いた。わたしはその声を制止するように、男に毅然とした態度で声をかけた。
「無視できるわけないでしょう。連れがニーレイク国側に説得に向かったわ。わたしはルチル王女よ。わかる?」
「貴女がルチル王女ですか…?」
服装からして、指揮官と思われる男を見上げる。
眉毛が太く特徴的だ。その眉毛には見覚えがあった。
パイライト侯爵の手下ではなく、王家の直属の騎士の一人だ。
ということは、彼らはわたしを探しに来たわけではなく別の目的でここにいるのだろうか。
こういうとき、どうしたらよいのか。
王族らしく……参考にするなら母だろう。
厳格で威厳があり堂々としていて、所作の一つ一つに隙が無い。
わたしが、完璧に真似できるかと言われると、やったことが無いので自信はない。
でも、いまはやるしかないのだ。
男は明らかに警戒の色を露わにしていた。わたしの身なりは平民の少年のようだし、護衛もいない。どう見ても王女には見えない。しかし、さすがに王女が輿入れにパイライト領を訪れていることを知らないはずがないだろう。偽物と断定もできない。だから、彼はこの場で自分を「王女」と名乗る者の正体を必死で見極めようとしているのが見て取れた。
「失礼な男ね、王女の顔も覚えていないの。貴方、王城の厩舎で見かけたことあるわ。名前は知らないけど、オレーク・ジェイド将軍の部下でしょう」
男はむっとした顔をした。だが、その表情には、隠しきれない動揺が走っていた。
「なにかしら、その態度。間違っていて?」
「たしかに、自分はオレーク殿の部下でありました……」
もう一押しか……。えーと、たしか似たような眉の太い顔の人がいたような。
父の執務室で見たはず! 名前はわからないけど、家名なら覚えてる。
母なら、この時どのように視線を動かすだろうか。わたしは頬に手を当て、視線を空中からゆっくりとヒースに向ける。
「文官に、親戚がいるかしら。アホアイト家の」
男は大きく目を見開く。わたしが言い当てたことで、疑惑だった態度が困惑に変わる。それは、偽りの王女には決して語れない話だったからだろう。
「……兄が文官です。自分はヒース・アホアイトと申します」
やった……!意外と覚えてるものね、わたし!
「そう、ヒース。オレークはどうしているの?」
「オレーク殿には逃亡罪がかけられております」
将軍は姉の護衛だもの、一緒にいるだろうと思っていた。
「ヒースはオブシディアンについたということね。ところで、隣国に攻撃してどういうつもり?」
「エマ様の命令です。ニーレイク国に攻撃せよとの命をうけております」
「エマ様って……あの女もずいぶん偉くなったのね」
わたしは、少しほっとした。
あーよかった、オブシディアンの命令じゃなくて。
「その命令は、破棄していいわ」
「出来かねます」
「そう、ではヒースは除隊処分とするわ。後任は、そこの貴方ね」
わたしが指さした名も知らない騎士は驚いた顔をする。
「貴方、全軍率いてわたしをパイライト侯爵の屋敷まで護衛なさい」
「そのような権限は」
「あるわよ。だってわたし王女だもの」
沈黙が下りる。
わたしが指さした騎士は、どうしたらいいのかと、ヒースを見る。
ヒースはわたしに向かい合う。
「王女だと確信が持てません。王女ならばその恰好はどうしたのですか。髪の色も違いますし……」
「パイライト侯爵へ輿入れの途中に魔物に襲われて護衛とはぐれたの。それで道中……」
レンに身ぐるみはがされたとは言えない。
「いろいろあって変装した結果よ」
わたしが一瞬言いよどんだせいか、ヒースの視線がわたしの顔から外れて下がる。
アホアイトの家は、信仰深く、厳格な家だったかな。
「その品の無い想像は誤りだから、視線を戻して」
ヒースは硬直し、視線は宙を彷徨っている。
「ま、まさか、殿下……そのような、卑しい考えなど……滅相もございません!」
彼は慌てて声を裏返らせ、全身をこわばらせた。
「自分は、ただ、その……貴女様の、御身を案じてのことでありまして、その……」
「もういいわ。とにかく、人のいる場所まで辿り着いたら、この状況で止めに入ったというわけ、おわかり?」
「本当に、貴女様が王女だとしても……命令の上書きなど……」
しどろもどろになるヒースに、わたしは冷たい視線を向けた。
たったそれだけで、ヒースの顔色は悪くなる。
レンの言うとおりだ。”王女”であるわたしは堂々とするだけでいい。
彼らは徐々にわたしの言うことに耳を傾けはじめている。
「この国の王位継承権は、ガーネット姉様の次にわたしがくる。伯父上が即位したと聞いたけど、彼に子はいない。つまり、わたしの序列は変わらないわ。どこの馬の骨か知らない女よりわたしの方が身分が上」
エマが伯父と結婚してなければね!
うちの国、そういう身分差厳しいから、してないはず!
再び無言になったヒースに、確信を得てわたしは押し切ることにした。
今度はしおらしく振る舞う。
「わたし、また、魔物に襲われたらと思うと恐ろしくて……。護衛していた騎士たちは、わたしを守って壊滅したの……。だから、もしこれだけの人数が守ってくださるなら心強いわ」
「壊滅!?」
「ええ。ウネウネが襲ってきたの」
「っ! ならば、はぐれ魔物ではなく、スタンピードの危険があるではないですか!!」
ヒースの表情は一瞬で蒼白になり、瞳には明確な動揺と恐怖が浮かんだ。それは、わたしの言い分に対する反論の余地がない、決定的な打撃だった。
彼は明らかに狼狽した様子で、他の騎士達に視線を送った。部下たちもまた、ヒースの表情を見て、事態の深刻さを悟ったようだった。
ウネウネは迷宮に穴をあける。そうして迷宮から魔物があふれ出す危険がある。
「そうよ、だから他所と戦争している暇なんてないわ。だから、わたしをパイライト侯爵の屋敷に届けて、侯爵と連携して魔物討伐にあたりなさい」
わたしは、力強く命令を下した。
こうしてヒース達騎士団の説得に成功した。
いやほんと、よくやったよわたし!頑張った!
……えっと、ただ、わたしこのままだと結婚させられるんですけど!?
次はいよいよプロローグのシーンになります。
面白いと思ったら⭐︎をポチっといただけると嬉しいです!