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27話 お兄ちゃんの協力

 レンたちと共に応接間に案内された。

 

 ふかふかのソファに座って、温かい紅茶を飲む。兄のヴァーシリーは心配そうな眼差しを向けた。


「クーデターが起きたあと、ルチルはパイライト侯爵へ輿入れしたと聞いていたのだけど、その様子だと逃げてきたようだね」

「そうなの!それでセプタリアンの城へ行ったの!」

「セプタリアン? 城が黄金になったと聞いたんだ!」

「ええ! エマが迷宮の主でピカーって光ったら、セプタリアン伯爵の手で触れたものが黄金に変わって襲ってきたから逃げ出したの!」

「……ごめん。よくわからない。エマ様が迷宮の主?」

「うん!」

「セプタリアン伯爵が触れたから城が黄金になったの?」

「うん! エマにね、魔法を貰ったの!」


 わたしはセプタリアン伯爵の城で起きたことを詳しく話した。


「……」


 ヴァーシリーは黙って聞いていたけれど、あまりに突飛で現実味がない話に、レンたちに視線を向けた。今の話は本当かと混乱した顔で問うている。


「ルチル、見せてあげた方がはやいよ」


  レンの言葉にうなずき、わたしはガントレットを外した。素手になり、お皿のクッキーをひとつ摘まむ。


「お兄ちゃん、わたしも魔法が使えるようになったの」


 そう言って、指先の黄金に変わったクッキーを見せた。


「……信じられない」


 ヴァーシリーがわたしの持つ黄金に手を伸ばしてきたので慌てて遠ざける。


 ……危ない、触れたらお兄ちゃんまで黄金の置物になってしまう!


「待って、テーブルに置くから、わたしの手に触れちゃダメ!」


 ヴァーシリーは驚いた顔で固まる。そして、テーブルの黄金のクッキーを手に取り、まじまじと見つめた。


「つまり、今の話は全部ほんとう?」

「そうよ!」


 わたしの答えにヴァーシリーは息をのみ、ゆっくりと吐き出した。


「そうか、それで……」


 その表情には驚きだけでなく、何かに深く合点がいったような気配があった。

 わたしは気になって身を乗り出す。


「どうしたの?」

「信仰深い貴族たちが、なぜクーデターでオブシディアン様を王として受け入れたのか。それは、彼がただの王族ではなく、『迷宮の主の力』を得た特別な人物だと信じたからだ。彼らは、王ではなく、神に近い存在を担ぎ上げたんだ」


 ヴァーシリーは深刻そうな表情で語る。


「神話によれば、この世にあるものすべて、竜から生まれた。 そして竜は口を開き、その身は迷宮と化した。迷宮とは、……試練だ。百億の時を巡り、世界が滅び、また転じるとき、次の世界の竜を選ぶための神聖な試練。だから、その迷宮の深き核に至りし者は、人でありながら人を離れ、不死となる」


 彼は言葉を区切り、一呼吸置いた。


「十六年前、オブシディアン様が迷宮を踏破したという噂が囁かれた。でも、当時は誰も信じなかったそうだ。ルチルはオブシディアン様の姿を最近目にした事は?」

「うーん、ないわ。彼が行事にも出ることもなかったし、普段は引きこもっていたと聞いているわ」

「四十歳にみえないほど若々しくて、私と同年代のような姿なんだ」


 ヴァーシリーは、手に持っていた黄金のクッキーをテーブルに置いた。


「正直、私自身、神を信じてないわけではないが、神話そのものを現実として受け入れるには荒唐無稽すぎると思っていた。けれども、若々しいオブシディアン様の姿を目にすると……」

「不老不死に信憑性がでて、皆がオブシディアンを信じ始めたの?」


 わたしの言葉にうなずき、ヴァーシリーは、テーブルにある黄金のクッキーに視線を落とす。


「クーデターが起きる前はね。そして、クーデター後の彼は味方を増やしている。きっとルチルが今見せたような迷宮の力を見せて引き入れたんだろう」


 ヴァーシリーはルチルの目を見据えた。


「ルチルはこの先どうしたい?」


 わたしは姿勢を正してはっきりと口にした。


「オブシディアンを打倒して、戦争を止めるわ。お兄ちゃんも協力してほしいの」


 ヴァーシリーはすぐには答えず、苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「ルチルの『打倒』という志は理解できる。私も王位を簒奪したオブシディアン様を支持するのは間違いだと心の底では思っている。だが、今の私にできることは限られている」

「お兄ちゃんはわたしの味方にはなってくれないの?」


 わたしが兄を見つめると、彼は視線をそらしてしまった。


「父上……アレキサンドライト家は、オブシディアン様との和解を望んでいるんだ。そして、ガーネット様達も志を共にしている。彼らは国が混乱することを恐れ、これ以上の衝突を避けたいと思っているんだ」


 ヴァーシリーは自らの立場を苦々しく説明する。


「だから、私はルチルを表立って助けられない。父上に逆らい、家の方針に背いて協力することは、私にはできないんだ」


 ヴァーシリーは申し訳なさそうに言った。しかし、膝の上の手を握りしめ、再びルチルに目を合わせた。


「ただ、協力の道は一つある。今夜、エミリーの誕生会、そこに公爵家につながりのある貴族たちが大勢集まる。父上の方針は『和解』だが、その場を利用して情報交換をしたり、ルチルの助けになる交渉の糸口を見つけられるかもしれない。それが、今の私にできる精一杯の協力だ」


 その言葉に、わたしは希望を見出した。絶望的な状況だと思っていたが、チャンスは目の前にある。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 集まる貴族を説得できれば、オブシディアン打倒のためのチームを作れるかもしれない。あるいは、ヴァーシリーの父であるアレキサンドライト公爵が和解から『打倒』へと方針を転換せざるを得ないような、情報を手に入れられる可能性もある。


 集まる貴族を説得するにも、アレキサンドライト公爵を動かすにも、誕生会の場で、わたしは味方を増やすための足場を築かなければならない。そのためにまずやるべきは、ついさっき不機嫌にさせてしまったエミリーと和解し、この公爵家内でわたしが孤立しないようにすることだ。


「誕生会に参加するためにもエミリーとは仲直りしないとね」

「私からエミリーに話を通しておくよ」

「ううん、大丈夫! 貴族たちとの交渉も大切だけど、彼女が主役のお誕生日だもの。わたし自身、心からお祝いしたいの。だから、エミリーと話をするのはわたしに任せて」


 ヴァーシリーは少し心配そうな顔をしたけど、わかったとうなずいた。


「それと、お兄ちゃんはママやお姉ちゃんとは連絡をとっているのね」


 さきほど、ヴァーシリーは『ガーネット様達も志を共にしている』と言った。わたしはレンから、母と姉がクーデターの際、海向こうの国――ディアイランド国に逃げたと聞いたけれど、その後のことは知らないのだ。


「ママとお姉ちゃんに会いたいわ……」


 震える声がでた。ヴァーシリーは優しい笑みで、そっとわたしの肩に手を置いた。


「大丈夫だ。二人とも無事だよ。ライーダ様も、ルチルの安否を心配していたよ。ルチルも本当に無事でよかった」


 ライーダは母の名前だ。わたしは兄の言葉に、涙が込み上げてきた。全身から力が抜け、ソファに深く沈み込んだ。我慢していたものが決壊し、熱い涙が止めどなく流れた。


 しばらくわたしの涙が落ち着くのを待ってから、ヴァーシリーはそっとわたしの肩から手を離した。


「私は誕生会の準備があるからこれで失礼するよ。誕生会が始まるまで休んでて。父も今は出かけているけど、誕生会には戻ってくる。なにか必要なものは使用人に言えば用意させるから遠慮しないで」


 そう告げ、ヴァーシリーは席を立ち、部屋の扉を静かに閉めた。


 ヴァーシリーが去り、広い応接間は静かになった。わたしは一つ深呼吸をし、胸の奥に残る涙の熱を押し込めた。レンは静かに、わたしを見つめている。

 わたしは鼻をすすり、気持ちを切り替えるように顔を上げる。今夜は戦場だ。感傷に浸っている暇はない。


 わたしは、レンに向き直って言った。


「エミリーのご機嫌をとるためにプレゼントを贈ろうと思うの」

「いいんじゃないか」

「何かそのポーチに入ってたりしない?」

「ん~、この前の日焼け止めは?」

「いいわね!」

「じゃあ、はい」


 そう言ってレンは手のひらを差し出した。


「お金取るの!?」

「あたりまえだろ。別料金」


 そう言ってレンは笑う。おかげで涙は引っ込んだが、呆れと、軽いムカつきがこみ上げた。


 ……おのれっ! 守銭奴め!


ミッション、エミリーと仲直りして誕生会に参加せよ!

そのためにはレンと取引しなければプレゼントを用意できません。

無一文のルチルは一体どうする?

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