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26話 アレキサンドライト公爵家 

「お兄ちゃん?……従兄か?」

「わたしの実兄」

「ノースシー王家に男子なんていないだろ」


 レンの言うように、王家の家族構成を知る者なら首をかしげるだろう。

 クオーツ王には娘が二人、わたしと姉だ。けれどもわたしの母はちょっと特殊なのだ。


「ママは再婚なの。前の夫との間に息子がいて、それがわたしのお兄ちゃん」


 母はアレキサンドライト公爵家に嫁いで兄を産み、そのあと離婚して、王家に嫁いだ。だからわたしには異父兄がいる。


「へえ、そのお兄ちゃんは本当に信用できるの?」


 子どもの頃の記憶が、ふっと浮かぶ。

 夏の日差しの下、兄と一緒に海で遊んだこと。

 転んで膝を擦りむいたとき、兄が手を差し伸べてくれたこと。

 拾った猫を、お兄ちゃんが引き取ってくれたこと。

 小さな思い出の断片がキラキラと光る。

 ――澄んだ空色の瞳。あの穏やかで優しい笑顔。


「お兄ちゃんはわたしの味方よ!」


 わたしは自信をもって言葉にする。


「なら、行ってみようか。アレキサンド公爵家へ」


 方針が決まった。わたしたちはアレキサンド公爵家の領地を目指した。




 ……お兄ちゃんに会ったら何を話そう。


 パパが亡くなって悲しいこと。

 パイライト侯爵に嫁ぐことになって逃げたこと。

 エマが迷宮の主だったという衝撃的な話。

 それから、 わたしが魔法使いになったと言ったらびっくりするよね。


 ああ、どうしようレンたちのことなんて紹介しよう。うーん、雑用係で誤魔化されてはくれないかな。


 ママとお姉ちゃんがどうなっているのか、お兄ちゃんは知っているだろうか。

 オブシディアンを倒して戦争を止めたいって言ったら、お兄ちゃんなら、きっと力になってくれるよね。




 アレキサンドライト家の屋敷までの道のりは決して楽なものではない。けれども、兄に会えると思うと前に進むことができた。


 野を越え山を越え、森を抜け、五日も歩いた。馬車ならすぐだと思っていた距離がこんなに大変とは思わなかった。くたびれた足取りを叱咤して進んでいくと、青い屋根が現れる。

 そして屋敷の前に、見覚えのある人影が立っているのが見えた瞬間――

 わたしは疲れを忘れて思わず走りだしていた。


「おにいちゃーん!」


 わたしの声に振り向いた男の人に、勢いよく抱きついた。彼も両手でわたしを包み込む。


「……ルチル?」


 空色の瞳と目が合う。戸惑った表情の兄の声が震えていた。

 わたしをつよく抱きしめて、兄はそっと息をはく。


「よく、無事で……」


 再会の涙をこらえながら、わたしたちはしばらく言葉もなく抱き合っていた。


「良かったね、ルチル」


 後ろからレンに声をかけられて顔を上げる。兄もレンたちに気がついた。


「君たちは?」

「王女様の協力者です」

「そう、レンとノエルにラウル。彼らがわたしをここまで連れて来てくれたの!」


 わたしの言葉に、兄は姿勢を正し、深く礼を取った。


「ヴァーシリーと申します。妹を助けてくださり、本当に感謝いたします」

「お気になさらず」


 レンが笑顔を向けて軽く頭を下げた。どこか感情の読めない笑みだった。

 その姿を見て、兄は一瞬だけ探るような視線を向けた。


 ……わかるよ。初対面だとレンって何となく怪しいよね。いまだに、わたしも信用していいのか迷うときがあるよ。


 兄はすぐに表情を戻して微笑み、わたしの肩に手を置いた。


「ぜひとも、お礼をさせてください」


 そう言って、屋敷へと歩き出した。


「ひとまず、みなさま中へ……。――ああ、こら!」


 兄が扉を開けると、わたしに向かって白い塊が飛び出した。


「ニァーオ!」


 わたしの足元にすり寄ってきた三角お耳の毛玉を抱き上げる。


「しらたまちゃん!!」


 青い瞳がまん丸に見開く。

 

 しらたまちゃんは、わたしがお庭で拾った猫だ。本当はわたしがお城で飼いたかったのだけど、母に反対された。でも兄が引き取ってくれたのだ。


「しらたまが教えてくれたんだ。ずっと騒ぐから何かなと思って外に出たら、ルチルがいて驚いたよ」


 兄は柔らかく笑う。


「さあ、入って、何があったか聴かせて」


 兄に案内されて玄関をくぐる。

 久しぶりに兄と話せる ――そう思った矢先。


「お兄様! その人たち誰ですの!?」


 甲高い声が響いた。

 桃色の髪に緑色の目で黄色いドレスを着た女の子。フリルがたっぷりで、ずいぶんとおめかししている。


「お兄様の優しさに漬け込んで、またいやしい貧民が施しを受けにきたの!? 今日だけは、絶対やめてくださいませ!! さっさとお帰りなさい!!」


 わたしが口を開く前に、すごい勢いでまくし立てられた。兄が彼女の態度に眉をしかめる。


「エミリー! なんてことを言うんだ!」

「本当のことですわ! ほらさっさとお行きなさい!!」


 エミリーはわたしの目の前に来て、野良猫でも追い払うようにしっしっと手を振る。


「あー、……エミリー?」

「様をつけなさい、様を!!」

「半年ぶりぐらいだけど、わたしの顔を忘れた? ……傷つくわよ」


 エミリーは、わたしを下から上に見上げたあと、顔をまじまじと見つめて眉間に皺を寄せる。

 

 ……男の子の格好だし、髪も切ったから雰囲気が変わったのかな?


「ルチルよ」


 わたしが名乗ると、エミリーは驚いた表情のあと、青ざめた。


「なっ!? 嘘! 生きてたの!?」


 母が再婚したあと、アレキサンドライト公爵も再婚してエミリーが産まれた。彼女は兄の異母妹にあたる。兄と交流のあったわたしは、自然とエミリーとも顔を合わせる機会が多かった。


「エミリーとはお友達だと思ってたのにひどい。……いやしい貧民だなんて」


 わたしは自分の姿を見下ろす。王女だった頃だったら着ることのない平民の服だ。確かにシミがついてたり薄汚れた見た目だけど、清潔にしているつもりだ。


 兄が拗ねたわたしを見て、小さく笑った。


「ルチル、その服は着替えようか。エミリー、君のドレスを貸してくれるかい?」

「嫌よ、お兄様!」


 わたしが誰かわかってもエミリーは不機嫌な態度を変えず、兄は困ったように眉を下げた。


「どうして優しくできないんだ。ルチルとは仲が良かっただろう?」

「よりにもよって今日来なくても良いじゃない! ルチル様がいるとお兄様は彼女を優先するでしょ!!」


 エミリーはわたしのことを、兄の注目を奪う存在だと感じていたようだ。そのような嫉妬心をわたしに向けているとは知らなかった。

 彼女は目に涙を溜めて眉を吊り上げる。


「今日はわたくしの誕生日なのに!!」


 そう叫んで彼女は、きびすをかえして行ってしまった。


 ……あ。

 忘れていた。そうだわ! 今日はエミリーの十四歳の誕生日よ。


場面変わってアレキサンドライト公爵家へとやってきました。

兄ヴァーシリーとの再開も早々にしらたまちゃんとヴァーシリーの妹エミリーが登場しました。


再会直後から早くも波乱の予感。お兄様は、ルチルと、そしてレンたちのことをどう受け止めるのでしょうか?

次回もお楽しみに!

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