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24話 【幕間】3人と4人

 ルチルたちと別れた三人。ハロルド、ニック、サムは坑道を歩く。


「変な王女様だったな」

「あの兄ちゃんが『名前を覚えてもらえる栄誉』なんて見当違いな提案をするから、オレは鼻で笑っちまった。最初はよ……」


 ニックとサムが軽口を叩く。


 胸の奥ではふわふわした感情が消えない。

 王女に名前を呼ばれたときのことが、妙に心に残っているのだ。

 「ミア」「シェリー」「クリス」── 失った家族の名を、王女が確かに覚えてくれている。

 それは、彼らの暗い心に小さな希望を灯していた。


「娘に……似ても似つかないんだが、重なってしまって……オレは目がいかれたのかと思った」


 そう言いながらハロルドは、上着に縫い付けられた花の刺繍を撫でる。


 娘を亡くしたハロルドと父親を亡くした王女。

 

 あのとき、王女様はあまりに無知だった。

 国のことも、自分たちみたいな底辺の暮らしも知らない。


 名前なんて、覚えられようがどうでもよかったはずだった。


 けれど、ハロルドは娘の名を口にしていた。王女もそれに応えた。


 ── ミア。


 坑道の暗闇に、その声が吸い込まれていったとき、胸が裂けそうになった。

 王が無能なせいでハロルドは貧しく、娘は冬を越せなかった。だから、目の前に現れた王女を憎まずにはいられなかった。

 王女の口から娘の名が呼ばれ、忘れないと誓われたとき、憎しみの痛みが和らぎ、かすかな慰めが胸に押し寄せた。

 剣を握りしめる手は震えていた。憎しみをぶつけるためにこの刃を振り下ろすはずだったのに。


 父親を亡くしたと聞いた瞬間、迷いが生まれた。

 娘と変わらぬ年の王女に、どうしてもミアを重ねてしまう。

 ただその瞳を見て、真っすぐさに触れ、孤独を抱えていると知ったとき、憎しみの矛先は消えてしまった。

 この子を殺すことはできない。そう悟って、剣を下ろした。


 娘の名を覚えてくれるというなら、それでいい。

 自分たちの声が、家族の存在が、ほんの少しでも残るのなら。

 ミアの名が王女様の中で生き続けるなら、それで。


「王子クリスが誕生したら、オレ名付け親になるんか?」

「ははっ、笑っちまうな」


 久しく聞かなかった二人の明るい笑い声が、坑道に響いた。


「水差すようだが、王子にはならないんじゃないか。王女様は侯爵家に嫁つぐって聞いたが?」

「パイライト家の領主だったか?」

「げっ!? あの頭頂部の眩しい樽みたいな領主様?」


 あれに似たら嫌だなあという気持ちで無言になった。


「……」


 もちろん未来の王女の子どもたちと自分たちの大切だった人は別人だ。

 それでも、同じ名を授けられるのなら、立派な人物に育ってほしいと思うのは自然な事だった。


「いや、でも、逃げてるっぽくなかったか?」

「パイライト領からセプタリアン領へってまあそういうことだろうな」

「一緒にいたあの兄ちゃん、誰だったんだ?」

「ニーレイク人?」

「どちらにしてもオレらには関係ない話だ」


 そんなことを話しながら進んでいくと、嫌なものを見つけてしまった。


「おい、見ろよ……」


 坑道を抜けた横穴に、半ば白骨化した遺体が横たわっていた。

 肉は乾燥して縮み、皮膚は煤けた革のように張り付いている。


「なんでこんなところに……」

「道に迷ったのか?」

「ずいぶんと身なりがいいな、貴族か?」


 金品を剥ぎ取ろうと、死者の指にはまった指輪へと手を伸ばす。

 だが、すぐに思いとどまった。


 物を奪えば、しばらくは飢えずに済む ── そう思うが、誰も最初の一歩を踏み出さない。


「恥ずかしいまねできないよな」

「名付け親だもんな」


 ハロルドたちの中で、外道に落ちて生きる過去の自分と、未来に希望をみた今の自分がぶつかり合う。

 遺体をそのままにして、ハロルド達はニーレイクに向かって坑道を抜けて自然の地下道を歩いた。


 暗闇の先、やがて微かに光が差し込む出口が見えた。


「迷わず来れたな」

「ここで長く穴掘ってきたが、こんな抜け道知らなかった」


 坑道を抜けて横穴から自然の洞窟に入った。

 崩れたばかりの箇所もあり、どうやらあの魔狼が通った跡らしい。

 それ以外にも、人の手で道が整えられた形跡もある。

 つまり、この隣国へ通じる抜け道は、以前から密かに使われていたのだろう。


「オレらやばい事に首突っ込んでないか?」

「マジか……」

「とっとと、言伝を伝えて用を済まそう」


 外には武装した四人の男が立っていた。

 背丈のある男が剣を抜き、鎧の大男がこぶしを握る。

 身をかがめた男は槍の穂先を突き出し、弓を構えた男は冷たい眼差しでこちらを見据えた。


 ハロルド達は彼らに一斉に取り囲まれる。

 無骨な刃と鋭い視線にさらされて、ハロルドたちは凍りついた。


「待ってくれ! オレたちはラウルという少年に伝言を頼まれたんだ!」


 害がないことを必死に訴える。


「そうだ! 『十一番案件、夏至までに戻る』そう言っていた!」


 ハロルドが大声で叫ぶと、男たちは目を見開き、剣先が少し下がった。

 一応、話は伝わったらしい。

 剣を構えた男が片眉を上げ、声をあげる。


「はあ!? 十一番って第十一王子か! どういうことか説明しろ!」


 ハロルドたちは、これまでの経緯を彼らに話した。

 自分たちがノースシーから来たこと。王女に会ったこと。魔狼を倒した少年と美女のこと。王女と一緒にいた若い男が、彼らの知り合いらしいことも。


「だから、オレたちは伝言を頼まれただけなんだ!」


 ハロルドが話し終えると、男たちの間からうめき声やため息が漏れた。


「いやいやいや、何してるんですか、あの人ら? えー、これなんて報告します?」

「報告? 誰に? 俺らの上司、第十六王子がノースシーにいるんだぞ」


 弓矢を仕舞う男が困惑した声を上げ、剣を鞘に押し込めた男は大きく息を吐いた。


「つーか、ダメじゃん、ノエル様を国外に出したら……あの王子どもより、ノエル様に何かあった方がやばいって!」

「最悪だ……」


 槍を携えた男が頭を掻きむしり、鎧の男が顔を青くする。


 男たちの会話の端々から、レンとラウルがニーレイクの王子であることが明らかだった。

 只者ではない様子ではあったが、実は隣国の王子だったらしい。

 やばいところまで首を突っ込んでしまったような、ハロルドは既に手遅れの予感を感じた。


「……行きますか」

「だーもう! こんちくしょう! あのクソ王子どもー!!」


 弓を持った男の言葉に、槍を握った男が叫ぶ。


 ハロルドたちは呆然としながらも、男たちの命令に逆らえず、「セプタリアンの城まで案内しろ」と脅されるまま従うしかなかった。

 こんなはずでは……と思いながら、ノースシーへの道を戻る。


 やがて城の影が見えた。

 そして魔物の群れも。


 いぶかしむように、男の一人が弓に矢をつがえた。


「まだこんなに残っていたのでしょうか?」

「いや、これ……おかわりだろ」


 彼らは魔物を前にして、武器を振るい次々と仕留めていく。

 四人は臆することなく歩みを進めるが、困ったのはハロルドたちだ。

 今すぐ逃げたいが、強者の彼らといた方が安全だ。


 慣れた手つきで魔物を屠る四人。

 恐怖と後悔を押し込め、三人はただ後を追う。


 王女に会えたのは幸運だったと思う。しかし、なりゆきで騒動に巻き込まれつつある現状は、あまりに場違いだ。

 ハロルドが小さく呟いた。


「……ただの鉱夫に戻りてぇ」


 それは平凡を願う切実な嘆きであった。


ハロルド、ニック、サムは名前がついてしまったばかりに、巻き込まれネームド凡人にクラスチェンジして、サイドストーリー語り部にちょうどよくすっぽりと収まってしまった。

つぎはルチル視点にもどります。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

ノースシー編の後半も頑張ります!


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