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23話 【幕間】老人と愚者の金

 コツン、コツン ──。

 杖をつく音が、黄金の廊下に反響する。

 輝きを放つ光が、人影を壁や床に歪んで映しだす。


「あれだけウネウネが暴れていたのに……意外と建物は崩れていませんね」

「金は柔らかい。ひび割れを埋めてつなぎとめている。まるで金継ぎのようだ」


 老人とヒースは、黄金へと変貌した城内を慎重に進んでいた。


 元は石造りの建物だ。ウネウネに破壊された石材は砕けて亀裂が生じていた。その砕け散った石材の裂け目から金があふれ出し、硬く固まって崩壊を防いでいる。

 奥へ進むほど壁も床も天井も石造りの面影を失い、どこもかしこも金に覆われていた。


 そのとき、叫び声が聞こえた。


「── 誰か、誰かいないか!!」


 顔を見合わせた二人は、声のする方へ足を進める。

 角を曲がった先で、裸の中年男が床に座り込んでいた。


「セプタリアン伯爵ですか…? その…姿はいったい…」


 ヒースが戸惑った声をあげた。

 白髪交じりの黒髪に、ハシバミ色の目。爬虫類めいた大きな瞼 ── 紛れもなくセプタリアン伯爵だ。しかし、その太った体は、金のインクで描かれたような奇怪な紋様に全身を覆われていた。


「君は……ヒースだったか!? アホアイト家の!」

「あ、はい。……ひとまず、なにか着るものを」


 ヒースがマントを外してセプタリアン伯爵の肩にかけようとする。だが、その布は伯爵の肌に触れた瞬間、ジジ、と音を立てるように黄金色に染まった。


 金属光沢が波紋のように広がり、柔らかな織物は硬質な姿に変わる。

 ヒースは思わず手を放し、落ちたマントが「コン」と甲高い音を響かせた。


「見てのとおりだ……! はじめは指先に触れたものが黄金に変わった。今は全身どこに触れても黄金に変わる」


 セプタリアン伯爵が戸惑ったように自身の体を見下ろす。


「エマ様が私にこの力をくださったのだ……急に城が激しく揺れて、エマ様がどこかに行ってしまった。エマ様を知らぬか?」

「王都に戻られて、すでにここにはいらっしゃいません」

「そんな……どうすればよいのだ……!!」


 セプタリアン伯爵がヒースに縋り付こうと身を乗り出す。

 そこへ、スッと杖が割り込みセプタリアン伯爵を阻む。


「気を付けて。触れたら人も金に変わってしまう。……あんなふうに」


 老人が視線を向けた先には、いくつもの黄金像が並んでいた。

 動き出しそうなほど精緻なそれらは、かつて城に仕えていた使用人たちだろう。

 ヒースは息を呑んだ。


「なんて恐ろしい……これでは呪いではありませんか」


 彼の呟きを、セプタリアン伯爵が声高に否定する。


「これは祝福だ!」


 カッと目を開いたセプタリアン伯爵は両腕を突き出す。

 

「見よ、この輝き! これぞ私が選ばれた人間だとわからぬのか! これはエマ様が授けてくださった魔法だ!」


 狂気じみたセプタリアン伯爵にヒースが後ずさる。

 かわって老人はセプタリアン伯爵を冷ややかな目で見おろし、ゆっくりとうなずく。


「そうですね、運がいい。空に浮かぶ国をのぞいて、迷宮の主が祝福を授けるなど稀なことだ」

「そうだろう! そうだろう!」


 老人が肯定したため、セプタリアン伯爵は興奮を鎮めるように胸を上下させた。


「ところで、ヒース殿、そろそろ魔物が湧き出す頃合いだ。君は討伐の準備をしたまえよ。彼のことは私がみておく」

「わかりました。ではパイライト侯爵にお任せします」


 ヒースは廊下を戻って去っていった。

 その様子を、セプタリアン伯爵は不思議そうに首をかしげて見ていた。


「……パイライト侯爵?」


 残った老人を見上げてセプタリアン伯爵は聞いた。


「彼が来ているのかい?」

「ええ、もちろん」


 老人はわずかに口角を上げて答えた。


「ひとまず、腰を落ち着けましょうか。そうですね、ヒース殿の活躍を見物できるような部屋はありますか?」


 セプタリアン伯爵の案内の元、老人は後ろを歩く。


 しかし、すぐに老人は足を止めた。壁にかかった小さな絵が目に入った。

 額装はその絵画専用で作られることも多い。

 元の持ち主が大事にしていたことがよくわかる。高価な金の額に入っていたその絵は無事だった。

 老人はその絵を手に取ると、小脇に抱えてセプタリアン伯爵を追った。


「君はパイライト侯爵の部下か? 初めて見る顔だ」

「雇われたばかりでして。伯爵はパイライト侯爵とは親しい仲のようですね」


 老人はセプタリアン伯爵に話を合わせる。


「敵の敵は味方、ということだ。我がセプタリアン家は王族から臣下へと落ち、パイライト家は土地を奪われた。先代は互いに争っていたが……私の代になって気づいたのだ。真に憎むべきは王家だ、とな」

「素晴らしい考えだと思います。それでパイライト領までの坑道をつなげたままにしたのですね」


 うなずいたセプタリアン伯爵は話を続けた。

 

「そうだ。金の採掘量が減って、別の収入を確保するためには、あの坑道は都合がよかった」

「ニーレイク……いいえ、その向こうの国。南のラッヒルと取引するために?」


 セプタリアン伯爵は鼻を鳴らす。


「なんだ知っているのか」

「ラッヒルとの取引はパイライト侯爵が。商品を売りさばいたのは伯爵ですね」

「儲けは大きく、とりわけクオーツ王にはよく売れた」


 セプタリアン伯爵は愉悦に顔をゆがめた。


「クオーツ王とは、趣味を通じて友人だったと伺っていましたが、セプタリアン伯爵はあまりよく思ってなかったのですか?」

「王の子息であった父は長男だ。婚外子といえど、本来の後継者は父だった。そして、その血を継ぐ私こそが王になるはずだった!だというのに、あの王は易々と玉座を手に入れ、美術品を独占し、あまつさえ、私に贋作を売りつけた!」


 セプタリアン伯爵は唾を飛ばし、恨み言を吐き散らす。


 やがて目的の部屋にたどり着き、足を止めた。

 黄金に変わった扉へ手をかけるが、びくともしない。


「金は重いので。別の部屋を探しますか?」

「その必要はない。見ておれ」


 セプタリアン伯爵は手を扉に押し当て続けた。

 すると扉が溶解してどろりと崩れた。


 老人は足元の溶けた金を杖でコンコンと叩く。

 床に広がるとすぐに固まったようであった。


「金の融解温度は1,064°Cですが……魔法に理屈は通じませんね」


 部屋は応接間のようであった。

 中央にはテーブルを挟んで向かい合うソファ、大きな窓の向こうにはバルコニーがある。壁際には、食器や酒瓶を収めた棚が並んでいた。


 セプタリアン伯爵は部屋に入るなり、ドカリとソファに腰を下ろす。だが次の瞬間、ソファは固いものに変わり、尻を強く打ちつけて思わず手でさすった。


「不便なものですね」


 それを聞いたセプタリアン伯爵は老人を睨みつける。


「まだ制御できぬだけだ。エマ様に力の使い方を伝授いただければ何も問題無い!」


 セプタリアン伯爵は黄金のソファをなでる。つぎに黄金に変わった部屋を見回し、歓喜の声を上げる。


「この力さえあれば、何もかもが手に入る。新しい城も、兵も、すべて買い揃えればいい ……尽きぬ富を使い、私は王にだってなれる!」


 セプタリアン伯爵の声は熱を帯びてゆく。


 老人は向いのソファーに絵を置くと部屋の中の戸棚に向かう。涼しい顔で戸棚をあさり、無事だったワイン瓶を見つけた。


「では、その祝福に、乾杯といきましょうか」


 老人が戸棚から瓶とカップを取り出す。

 手渡されたカップは、セプタリアン伯爵の指に触れた途端、光を放ち、純金に変わった。


「おお……!」


 伯爵の喉が上下する。手にした黄金の輝きに目を奪われていた。

 老人はその金の器に赤い液体を注ぐ。深紅のワインと、黄金の光沢。その対比は妖しく、金のカップの中で揺らめいた。


 セプタリアン伯爵はためらうことなく口をつける。

 次の瞬間、喉から絞り出されるような苦悶の声が響いた。

 

「ぶっ、ぶぼぉぉ! がはっ、がはっ!!」


 セプタリアン伯爵の歯も舌も、口内の柔らかな肉すら、みるみる黄金に覆われていく。

 慌てて吐き出したが、その吐瀉物すら床で煌めき、黄金となって固まった。


 それを見た老人は口をゆがめる。


「おやおや、迷宮の主は説明が足りないようだ。魔法で得られるものは大きいが、代償があるということを」


 そう言うと、老人はワイン瓶を傾け、伯爵の口へと浴びせるように流し込んだ。


「がっ!?」


 突然のことにセプタリアン伯爵は逃げようとするも、浴びせられたワインが触れた先から黄金に変わり顔を覆っていく。


 セプタリアン伯爵は手で顔の黄金を溶かし払いのけようとするも、老人は二本目を手に取り、容赦なく浴びせかけた。

 しばらくもがいていたが、そのままセプタリアン伯爵は動かなくなった。


 老人は静かになったセプタリアン伯爵に向かって話しかける。


「一年前、南と西の国が揉めた話を知っているかな」


 老人は向かいのソファに腰を下ろした。


「大河の下流に広がっている南の国は緑豊かな農耕地。一方、川の上流に位置するのが西の国だ。砂漠を有して高原地帯に都市が栄えている」


 ワインを自分のカップに注ぐ。

 トプトプと深紅の液体がカップを満たす。


「大河は西の国から砂漠を貫き、そして南の国の湾へと流れ込んでいた。その二国で問題が起きた。西の国が川を堰き止めたのだ。すると、下流に広がる肥沃な南の国は、たちまち渇きに襲われた」


 老人は喉を震わせ、くつくつと笑う。


「その和平交渉に赴いたのが、ニーレイクの十一番目の王子だ」


 誰も聞いてはいない部屋で、老人の語りは続く。


「ニーレイクにとっても他人事ではなかった。大河は交易の道。両国と通商していたニーレイクは平和的解決を望んだ。しかし、そのまぬけは交渉を決裂させ、南と西は武力衝突寸前に陥った」


 老人はカップのワインを飲み干す。


「結果的に、戦を止めたのは十六番目の王子だった。彼は両軍の矛をへし折り、流血を防いだ。その後、再度交渉が行われ、十一番目の王子の父親が取り仕切った。西の国にはニーレイクが大金を支払い川を解放させ、南の国とは十二番目の王子が南の国の姫を娶ることで、表面上和解した。こうして()()()には解決した。しかし実は、十一番目の王子には敗因があった。二国の争いの本当の原因は、水の問題ではなかったのだ」


 老人は動かないセプタリアン伯爵に目を向ける。


「北のノースシーには関係ない話に聞こえるかな。でもね、ニーレイクにつながったあの坑道、あれを使って取引していたのは、お前だろう」


 老人のしわの刻まれた目元が鋭く細められた。


「クオーツ王は可哀そうに。薬として渡されたものがとんだ粗悪品だったとは。あれで心と体を壊されなければ、もう少し長く生きられただろうに」


 セプタリアン伯爵を冷たく見下ろすと、興味を失ったように立ち上がり窓に向かって歩く。窓を開けて、バルコニーへ出た。


 手すりにもたれて地上を見下ろす。


 地上では、ヒース率いる兵士が魔物と交戦している。

 とりわけヒースの活躍は目覚ましく、次々と魔物を屠っていた。


「ふむ、前衛を務めるとは将としては失格だが……なるほど、エマが第十六王子への試金石とするだけはある」


 老人は上着から煙草を取り出し火をつけた。

 吐き出した煙が風に流れていく。


「とはいえ、魔物の数が多い……」


 煙を吐き出しながら、ふと目を細める。


「おや。ちょうどいいお客人らだ」


 老人の視線の先には、七人の男たちがいた。


もう1話、あの三人組の視点で話を書こうかと思います。

名前がついてしまったばかりに、モブから脇役になってしまった三人組、がんばれ!


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