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17話 クオーツ王の秘宝

「わー!良い眺め!!」


 わたし、レン、ラウル、ノエルの四人で城の屋上に出た。

 高台にある城から下界がよく見える。少し風が強いが、青空が広がり、空気が澄んで遠くまで見渡せた。


「ルチル、こっち来て」


 レンに呼ばれて北側に広がるノースシー国を眺める。

 城のすぐ下には峡谷の裂け目がずっと下に深く続いている。

 視線を持ち上げると山の尾根が幾重にも連なっているのが見える。

 少し暖かくなって、春が近づいてきたと思ったけれど、山頂にはまだ雪が見える。


「味方になりそうな領地ってどこ?」


 わたしはレンの隣に立って山々を指さす。


「あの、双子山がアレキサンドライト公爵家。それから、あっちの山の奥がラピスラズリ伯爵家、その向こう、湖があるのがダイヤモンド公爵家……」


 オブシディアンに反発していて、わたしの味方になってくれそうな家の方角を示した。


「その向こうに王都があってさらに向こうは海だわ」


 ノースシーから見て東南の海の向こうにディアイランド連邦と呼ばれる島国がある。


「ママとお姉ちゃん、どうしてるのかな……」

「二人の味方の家を訪ねたら何かわかるかもしれないね」

「うん……ここから一番近いのはアレキサンドライト公爵家だわ」

「よし、じゃあ次はそこへ行こう」


 レンが後ろのラウルとレンを振り返る。


「お前らもついて来るんだよな?」

「あたりまえでしょ!」


 ラウルが即答するのに対して、ノエルは黙ってる。

 ノエルの青みがかった長い黒髪が風になびいて表情を隠す。


「ノエル?」

「……レンが嫌だったら、帰るわ」


 ノエルが顔を伏せてたのを見て、レンが口を開く。

 

「昨日は、ごめん。あんな失敗は笑い話にしてやるから見とけよ!」


 ノエルは顔を上げて、一度瞬きをしてから答えた。


「期待はしない」

「ひどいなー」

「かわりに信用しているわ」


 その言葉に、レンはふっと笑みを浮かべる。


 二人は、互いのことを深く理解している。ノエルの言葉は、プレッシャー(期待)はかけないけど信用しているとレンに伝えていた。信用という言葉は、過去の積み重ねを知っていなければ出てこない言葉だ。

 わたしは、二人の間には、過去の時間の中で築かれた深い絆があるのを感じた。


 父の秘密、ノースシーの貧困、平民と貴族の格差、そして、オブシディアンのこと。途方もない問題に直面する中、頼りになる彼らがいてくれるのは心強い。

 仲直りする二人の様子に、わたしは安堵する。この人たちなら、きっと問題を解決してくれるだろう。

そう強く思う一方で、彼らの関係が羨ましく、自分だけが輪の外にいるような心細さを感じていた。


 わたしは、遠く、山向こうの王都を思いながら、ノースシーの景色を見渡す。

 空は青く澄み、遠くの雲が白く光り、まだ雪をかぶった山々が幾重にも連なり、山の稜線と空の境界は青白くかすんで溶け合っていた。山裾には村や畑がぽつぽつと点在するのが見える。耕作の気配はまだまばらであるが、茶色い土にはうっすらと緑が広がり始めていた。


 景色全体がまだ冬の眠りから覚めきらないようで、それでも凍てつくほどではない。冷たさが和らいだ春の息吹がほんの少し漂っていた。

 

 ── きれいだね。

 

 低く、優しい声がわたしの耳に聞こえた気がした。

 振り返った先、イーゼルに真っ白いキャンバスを立て、筆をすいすいと走らせ、目の前の景色を写し取っていく。そんな父の姿を幻のように見る。


「反対側がニーレイクだな」


 わたしが後ろを振り返ったのを、レンはニーレイクの方を見たのだと思ったようだ。


「見てくる」


 寂しさを悟られないよう、わたしは軽く返事をして、レンの言葉にのっかった。


 南の方角に目を向けると、山を下った先には広々とした平野が広がっていた。

 こちら側は季節が一歩早く進んでいるのか、緑の色が濃く、木々の葉も瑞々しい。

 ところどころに村があり、規則正しく整えられた土地が見え、ノースシーよりも一足早く春が来ていることがうかがえた。


「……あっちの方が暖かそう」


 頬をなでる風にも、ほんのりと柔らかさが混じっている気がして、わたしは思わず目を細めた。戦争には反対だけれど、隣のニーレイクの土地が欲しいという気持ちはちょっとわかる。


「よく見えるのは今だけだぞ。春を過ぎれば雨季で空はどんよりしてるし、夏になれば蒸し暑くてかなわない。北のノースシーへ避暑へ行きたいぐらいだ」

「それでも、作物を作るだけの広い平地があるぶん、うらやましく思ってしまうわ」

「もとは泥と砂の土地だったんだ。人が住めない場所を、何百年もかけて開拓して今の形にした」

「そうなの?」

「ああ。だからこそ、先人たちが苦労して築いた土地を奪おうなんて、ニーレイクは絶対に許さない。うちの国は盗人には容赦しないからな。ルチルはお勉強不足だね」

「まだ習ってないだけよ!」


 わたしがむくれていると、横から、ラウルのつぶやきが聞こえた。


「ん~、あの辺かな」


 ラウルは国境の橋より先の野山を目を凝らして眺めていた。

 レンもそちらを向いてラウルに話しかける。

 

「流石に人までは肉眼で無理だな」

「ここから、僕らが魔物と戦っているのを、エマって人が見ていたんだよね?」


 レンとラウルがニーレイクに視線を向ける。たしかにニーレイクの土地は見えるけれど、ずっと遠く、空気にかすんでいる。

 

 ── 噂の第十六王子もたいしたことねーな。


 エマがそう言っていた。

 そういえば、ラウルはその戦闘に参加していたのだ。


「ラウルはニーレイクの第十六王子の隊に所属しているの?」

「ん? まあ、そうとも言えるけど。僕は第十一王子の仕えているつもりなんだよね」


 ラウルはそう言って苦笑する。


 ……第十一王子が第十六王子にラウルを派遣しているってことかな。というかまず十六番目までいるって、多いなニーレイクの王子。


 そこにノエルの言葉がかかった。


「地形は覚えたから、ここはもういいわ。城の中を見ましょう」


 わたしたちは屋上を後にして、城の中を探索することにした。 


 屋上から階段を下りる。石造りの壁が目に入った。く積まれた石は堅牢で、もともとは防衛の砦として建てられたものだとわかる。

 国境近くの要塞として機能していれば、兵士が常駐して武器や防具が倉庫に並んでいただろう。


 しかし、伯爵の住居となって長いらしい。廊下にも部屋の中にも兵士の姿はなく、武器の代わりに絵画や彫刻が並んでいた。壁には豪奢な額縁に収められた風景画や肖像画が掛けられ、窓には豪奢なカーテンが引かれている。


「まるで美術館だな」


 レンがつぶやく。


 広間に出ると、赤い絨毯が敷かれ、天井からは煌びやかなシャンデリアが下がっていた。壁際には大理石の胸像や装飾品が並び、戦の匂いはどこにもない。


 奥の部屋にはサロンのような空間があり、長椅子や丸テーブルが優雅に配置され、暖炉の上には精巧な彫刻が飾られていた。


 地下へ続く階段もあるが、そこからは使用人の使う区画のようだ。


 堅牢な造りにもかかわらず、ここには軍事拠点としての緊張感は一切ない。もとは質素だったはずの城は伯爵の趣味で、華美に塗り替えられてしまっていた。


 つぎに、わたしたちは昨日の食堂へとやってきた。


「変な窓だね」

「どこが?」


 ラウルの言葉にレンがたずねる。


「だってここ砦の城なんでしょう? 屋上の作りも見張りに適していたのに、城の中の窓はほとんど外が見えないようになってる」


 窓にはカーテンが引かれているか、板が取り付けられている。

 ラウルが見ていたのは、板が取り付けられた天窓だ。

 でも完全に塞がれているわけではない。板と窓の間に隙間があり、そこから光が差し込んで部屋を照らしていた。


「伯爵の趣味の影響ね。絵画に直射日光が当たるのは良くないの。絵の具の色が変わってしまうのよ」


 ノエルは物知りだ。わたしはノエルに質問した。


「なんで色が変わるの?」

「日光に反応して変化する物質があるの」

「なんで反応するの?」

「色素分子が特定の長光のエネルギーにさらされて光崩壊がおきて色素分子の構造が変わって光を反射しなくなるの」

「色素分子って何? 長光エネルギーって? 反射するしないが変わると色が変わるのなんで?」

「……」


 ノエルは口を開きかけて、しばらく黙った後、こう続けた。


「……貴方に説明したところで理解できないわ」


 んーーー!

 これ、匙を投げられたわね。


「ノエルは教えるの下手ね!」


 わたしの一言に、レンとラウルが吹き出して、ノエルが目を見開いた。


「ふふっ……じつは、僕も、昔からちょっと思ってた」

「いうてやるな、才女、賢女と呼ばれるけど、得意分野が違うんだ」


 レンとラウルが肩を揺らして笑っている。それを見てノエルが眉をひそめた。


「こんな無知な子にどう教えるも無いじゃない」


  お、言ったな。やんのか。うけてたつわよ!

 わたしがノエルに対してファイティングポーズをとっていると、笑っていたラウルがレンに話しかけた。


「こういうのはレン兄の方が得意でしょ。僕は教師よりレン兄に勉強を見てもらった方が理解できたよ」

「ん? まあ、下の理解度に話を合わせるのは、得意というか、うちの家の基本技術じゃね?」

「僕は苦手だよ」


 レンがわたしのそばに寄ってきて、講師役がノエルからレンに替わった。


「まず、この絵の花は何色?」

「白」


 わたしはレンの指した絵を見て答える。


「だね、じゃあこの絵を夜にみたら何色?」

「……真っ暗で何も見えないわ」

「そう、まず色を認識するには光がいる」


 真っ暗では色は見えない。明るいところでないと色が見えない。


「では想像して、この部屋を真っ暗にして、ランプの赤い火だけで絵を見たらどう見えると思う?」

「えっと……白い花が赤っぽく見える?」

「そう。光の色によって、物の見え方は変わるんだ。私たちが“色”って呼んでるのは、物に光が跳ね返って目に入った結果なんだよ」


 レンは近くの絵を指さしながら続けた。


「絵の具に含まれてる色素っていう粒みたいなものが、光を吸ったり反射したりするんだけど、太陽の光はとても強い。長い間あたると、その粒の形が壊れて、反射する光が変わってしまう」


 つまり、強すぎる光は、絵の中の色そのものを少しずつ壊してしまう。


「だから色が変わるの?」

「ああ、絵は日光を浴びすぎると、本来の色が褪せたり変わったりするんだ。人間だってそうさ。夏の日差しを浴びれば肌がボロボロになったり、日焼けをするだろう」

「そうね、夏の太陽はヒリヒリするわ!」


 レンは、ここでとっておきとばかりにポーチから小瓶を取り出した。


「つまり太陽の光は美容の天敵、長く浴びれば肌も色素も変わる。というわけで、日焼け止めのオイルはいかが。今なら特別に美肌クリームもつけよう。肌を透明にするならグリーン、くま隠しはオレンジが肌を美しく」

「レン兄、化粧品の販売演説になってる」

「おっと、まあ、つまり色は反射する光で変わるってことだ……で、元はなんの話だったか?」

「砦なのに美術品のために窓から直射日光当たらないように改装されてて、役割を果たしてない欠陥要塞ってこと」

「ああ、そうだった」


 レンの説明はわかりやすかった。

 ノエルの方を見ると少し唇を尖らせて不機嫌そうにしていた。


 ……やっぱりノエルの教え方が悪いわよーだ。


 わたしはあらためて壁にかかった絵に視線を向ける。


「あれ?」


 窓から差し込む光は間接照明になって絵画を照らしている。

 夜はロウソクの明かりだけで、気づかなかった。

 色、筆のタッチ、絵の具の盛り上がり、どれをとってもわたしが王城で見た絵にそっくりだ。

 でも、わたしの記憶にある本物とは違う。


「これ、よくできた模写ね。しかも描いたのパパだわ!」


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