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16話 プライド

「秘密の収入源!?」


 思わず、驚きの声が出た。

 つまり、お金を稼ぐための何かを、父が隠していたってこと?

 もしそうなら、国を再興する手がかりにならないだろうか。

 わたしの気持ちは期待に膨らんだ、けれど。


「ぜったいそれ悪いことだよ」


 ラウルの一言で、すぐにしぼんだ。


「そうね。レンが把握してないお金の流れがあったってことでしょう? すごく怪しいわ」


 ノエルもラウルの意見に同意する。

 それに対して、レンは肩をすくめながら答えた。


「まあ、その秘密の収入源が何であれ、いますぐ隣国から強奪しようって切羽詰まってる貴族は、そう多くないと思うんだ。どっちかっていうと、『このままだと金が尽きるから、戦争して奪っておくか』ぐらい、しぶしぶなんじゃないかと思う。だから、まだ踏みとどまってるうちに手を打てば、戦争を止めるのは意外と簡単かもしれないよ」


 ……おお!頼もしい!


 レンの言葉に、なんとかなる気がして、期待が高まる。

 わたしの心が一喜一憂してまた持ち上がった、そのときだ。


「そんなこと言って、レン。あなた一年前に失敗しているじゃない」


 瞬間、ノエルの言葉で空気がピリついた。

 レンの表情からすっと笑顔が消え、鋭い視線がノエルに向けられる。


「一年前のことは、今は関係ないだろう」

「いいえ。あのときもレンは情報が足りてなかったと言っていたわ。同じ失敗を繰り返す気?」

「なに? ノエルはまた見通しが甘いって言いたい?」

「心配しているだけよ。悪意に取らないで」

「心配? 信用できない。頼りないって意味だよね?」


 ……え、なに?どういうこと?


 急に冷えた空気に、わたしがオロオロしていると、二人の間にラウルが割って入った。


「ストーップ、ストップ!二人とも落ち着いて!」


 しばらく、レンとノエルは無言だった。

 静寂を破ってノエルが頭を振る。


「夜も遅いわ。そろそろ休みましょう」

「ノエルに賛成。レン兄は王女様を部屋に送るついでに、ちょっと夜風にも当たってきなよ」


 ラウルの言葉に、レンが立ち上がったので、後ろについて部屋を出る。

 しばらく、レンと一緒に黙って廊下を歩く。


 ……気まずい。


 わたしが沈黙に耐え切れず、かといって何と声をかけるべきか迷っていると、レンが深く重いため息をついた。


「はあ、私が意固地になっていた。ノエルの言う通り、まだ情報を集めるべきだ。情けないところを見せたね」


 レンが振り返ってこっちを見る。彼の眉は下げられ、力なく微笑んでいた。


「一年前、何かあったの?」

「うん。とても責任重大な交渉事を任されて、私はそれに失敗したんだ。そのせいで、ラウルとか、従弟とか、父親にまで迷惑をかけた……」


 レンは、苦いものを噛むような表情をする。彼の目には、自分を責めるような悔恨の色が浮かんでいた。


「それで、仕事も干されてしまってさ。周囲を失望させたうえ、悪評がついてまわって、……居づらくなったんだ」


 レンの顔から、いつもの余裕が跡形もなく消え失せていた。そんなレンの顔なんて初めて見た。


「失敗なんて、誰にもあることだわ」

「うん……たださ、私にならできると、認められたことを果たせないのは……悔しいよね」


 レンの足が止まる。わたしの泊まる部屋に到着したのだ。


「じゃあ、おやすみ」


 踵を返すレンを見て、衝動的に、わたしは、レンの服のすそを掴んだ。


「レンのこと、もっと知りたい」


 レンが驚いたように目を見開き、それから眉を下げて、困ったように小さく笑った。


「知ってどうするの? 知ったって、幻滅するかもしれないよ」

「そんなの聞いてみなければわからないじゃない。わたしが寝るまででいいから話して!」


 わたしはレンを部屋の中に引っ張った。


 わたしはベッドにもぐりこみ、レンはそばの椅子を持ってきて腰かけた。


「何が聞きたい?」


 ……どうしてわたしの交渉に応じたの?


 一番聞きたかったこと。でもひとまずは、レンが教えてくれた手順に従うことにした。


「まずは雑談? 好きなこととか、嫌いなこととか」


 わたしがそういうとレンが口の端を持ち上げた。

 レンに学んだことを返した言葉に気づいてくれた。


「いいよ。まあ、お金は好きだよ。お金が流れるのを見ると癒される。嫌いなことは……安く見積もられたり、侮られることかな」


 そう言って、レンが少しいじわるに笑って続けた。


「そういえば、雑用係で悪かったね」


 ……えぇー。

 わたしがエマに雑用係と説明したこと、気にくわなかったらしい。


「なんでもこなせるって意味よ」

「ふーん」


 レンが頬杖をついてわたしを見下ろす。

 ……レンって結構根に持つタイプかも。


「お金が好きだから、決算報告を全部暗記するの?」

「それもあるけど、それぐらい大したことない。……ああ、これ謙遜じゃなくて事実だから」


 一般的にはすごいことだと思うけど、レンの認識では基礎中の基礎ぐらいの感覚のようだ。でも、レンの強い自尊心が見え隠れしているような気がする。


「そうでもしないと……ノエルの横に立っていられなかったんだ」


 その一言で、レンにとってノエルは憧れの人なんだと察せられた。


「ノエルは本当に桁外れの天才だよ。一度、見聞したもの全てを記憶してるから、それこそ数字を丸暗記なんてあいつにとっては息をするのと同じくらい簡単なことだ。分厚い決算報告書だろうが、複雑な歴史書だろうが、一瞬で頭に入れてしまう。幼いころからの付き合いで、博識で色々助けられてきた。親が決めた婚約だったけど、不満はなかったし……」


 レンは言葉を途中で切り、視線を伏せた。そして、すこし言いづらそうに続けた。


「成人したら、普通に夫婦になると思ってたら、ノエルに恋愛感情を持てないといわれてね……つまり、私は振られているんだ」


 レンは失恋したという。その告白に驚く。ノエルとレンは婚約者だと言っていたけれど、ノエルに『ラウルに乗り換えれば?』なんて軽口を叩いていたレンの心中は、一体どうなっていたのだろう。普通なら、自分を振った相手なんて気まずくて顔も見たくないはずなのに。

 ノエルに対してレンは負の感情を抱いていないように思う。

 

「婚約解消しないの?」

「ちょっと難しい事情があってね。ありていにいえば、お家騒動みたいな感じでそれが落ち着くまでは、今のままでいた方がノエルのためなんだ」


 わたしはノエルがレンの気持ちを知っていながら、利用している悪女のように思えた。


「わたしだったら、そんな風にキープされたら嫌いになるわよ」

「いっそ憎めたらよかったのにね。男として見られてなくても、頼られているのは嫌じゃないんだ。それが本音。……で、ルチルは本当は何が聞きたいの?」


 レンがノエルに向ける気持ちは、複雑なようだ。

 さきほどの諍いは、尊敬し憧れる相手に対してのプライドでむきになったらしい。


 あえて、レンが本音と言ってくれたので、わたしはずっと疑問に思っていたことを聞くことにした。


「どうして、レンはわたしの無茶な取引に応じてくれたの?」


 わたしが差し出せるものは、国を救うという途方もない要求に対して、到底釣り合うはずがない。

 レンは裏がありそうでないのだ。だって、ここまでずっと、レンは真摯にわたしを助けてくれている。


「一年前の失敗のリベンジもあるかな。でも、一番の理由はルチルが私を高く買ってくれたからだよ」


 ……え? え? どういうこと?


 レンはスッと身を乗り出して、わたしをニヤニヤとのぞき込む。


「いやー、王女様の婚姻先の決定権を対価に、国を救えってのは実に高価でいいね。窮地にあってもルチルがルチル自身を安売りせず最高の値をつけたのもいい!そしてルチルは私にそれができるって思ってくれたんだろう?」


 ……えっ!? まさか、そこなの!?


 わたしのヤケクソ交渉は、偶然にも彼の自尊心をくすぐり、心を掴んだらしい。わたしは少し慌てる。

 あのときは出会ったばかりだ。レンのことなんてなんにも知らなくて、謎が謎を呼ぶ男で、秘密も多い。でも、今、レンが明かしてくれた話は、彼のずっと深いところにつながっている。

 わたしもちゃんと向きわないと失礼だ。


 わたしは、ベッドから起き上がり、レンに向かって座り直した。


「あのね、正直いえば、あの時は他に選択肢なくて、一人じゃ無理って思って、目の前のレンが不思議な力を使ったの見て、レンが考えてるほど、どうにかなるって思ってなくて」

「うん」

「でも、でも、今は違うよ」


 わたしはレンの目を見て、力を込めて言う。


「レンとなら、できるって思う!」


 それを聞いたレンが少し目を見開く。そして、笑ってスーと息を吸い込んだ。


「いいだろう、ルチルの目に狂いはなかったと、必ず証明してみせるよ!」


 金の瞳が部屋の明かりに照らされてバチっと光ったように見えた。

 レンの決意の詰まった言葉は、とてもとても力強くて頼もしい。


「明日。まずは、城の中を探ってみよう。何かわかるかもしれない」


 わたしは、「うん!」と大きくうなずいた。



これまで謎が多く、意味深な余裕を纏っていたレンのキャラクターの根幹に触れることができました。彼の内に秘められた葛藤や、その行動を突き動かす「プライド(自尊心)」が、少しでも読者の皆さんに伝わっていれば幸いです。


ルチルとレン、彼らがより強く前へと進んでいく姿を、これからも見守っていただけると嬉しいです。

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