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14話 王国の斜陽

 セプタリアン伯爵は、居住まいを正し、深く息を吸い込んでから口を開いた。


「私の知る限り、原因のひとつはクオーツ王……彼の心の病でしょう」

「え?」


 わたしの父が心を病んでいたなんて、信じられない。


「そんな、だって、そんなのいつから」

「徐々に鉱山の採掘量に陰りが見えるのと同時に。最初は不眠や食欲不振からはじまったそうです。お立場ゆえ、心労が祟ったせいだろうと思われます」

「いいえ、そんな素振りなんてなかったわ。パパ……父はわたしといるときは、元気そうにしていて……」


 セプタリアン伯爵はわたしを見て、痛ましげに眉尻を下げる。


「それは、陛下にとって殿下が、いっときでも苦しみを忘れられる相手だったのでしょう……」

 

 ……本当にそんなふうに思っていたの?

 だとしたら、わたしはどうして気づいてあげられなかったの。


 わたしが言葉を失っていると、セプタリアン伯爵はそっと続けた。


「やがて、人を避けるようになり、ご政務にも支障がでるようになりました。部屋にこもって誰にも会わなくなっていったそうです」


 言われて思い出せば、父と会う機会は減っていった。父の方からわたしに会いに来てくれて、どんなに忙しくても夕食は週に一度は共にしていた。それが、二週間おきになり、やがてひと月に一度、公務の場で顔を合わせるだけになっていた。


 わたしから会いに行こうとすれば、母にやんわりと止められた。「もう大きくなったのだから、いつまでも甘えてはいけませんよ」と。

 ちょうど、わたしの体が大人に変わりはじめた頃だった。父にべったりするのは良くないと、適切な距離感を保つようにいわれたのだと……そう、思い込んでいた。


 母が父の状態を知らないはずはないだろう。そうであるならば、わたしを気遣って遠ざけていたのかもしれない。でも、セプタリアン伯爵、大人たちが父の状態を知っていたとしたら、どうして……。


「そこまで、ご存じで、どうして、父を助けてくださらなかったのですか?」

「……王の退位とガーネット殿下の即位を進言していました。しかし、陛下は聞き入れず……」


 セプタリアン伯爵は、手は尽くしたのだと言いたげに深い溜息をつく。


「陛下の病は深刻だったのかもしれません。『【黄金の娘】がいるかぎり何も問題ない』と、言うばかりで……」

「【黄金の娘】……それは、ノースシー建国の母のことですか?」


 ノースシーの礎を築いたとされる、伝説の王妃。金色の髪を持ち、王を助け、国に繁栄をもたらした存在だと教わってきた。だから、尊敬を込めて【黄金の母】と呼ぶ。


 セプタリアン伯爵は首を横に振る。


「おそらく、ガーネット殿下のことを指しておられるのでしょう。ガーネット殿下はすでに成人を迎え、人格、能力ともに優れていらっしゃる。建国の母をなぞらえて、そう呼ぶのは不思議ではありません。しかし、なおのこと王位を譲るべきだと我々臣下は何度も声をあげていました。ですが、陛下は我々の忠言を聞き入れず、責任も果たされなかった」


 姉のことを【黄金の娘】と父が呼んでいたとは知らなかった。でも、母をはじめ皆が姉に期待を寄せていたことは知っている。


「その状況で、なぜ伯父のオブシディアンが?」

「ガーネット殿下が説得を続けておりましたが、クオーツ王は頑なで……。その間にも鉱山は枯れ、国庫は尽き、人心は離れていくばかり。ガーネット殿下も強硬な手段に出ることはなさらず、時が過ぎるほど、貴族たちは次第にクオーツ王とともにガーネット殿下をも見限り始めたのです。痺れを切らした者たちが、オブシディアン殿下に縋るのも仕方がありませんでした」


 父は誰の声にも耳を貸さなかった。そして、それが原因で伯父のクーデターがおきたことは自然な流れだったと言いたげだ。


「政が機能しなくなる前に状況を打開することを誰もが願っていたのです」


 それはつまり、父の死が望まれていたと……そんなのってない……。

 わたしは何も言い返せなくて服の裾をぎゅっと握ることしかできなかった。


 セプタリアン伯爵は言葉を続ける。


「私は……ガーネット殿下を支持していました。しかし、クーデターが起きたと知った時、ようやく国が変わると安堵してしまったのです。これで国が変わるかもしれない、と。情けない話ですが、事が起きてからは貴族として仕える先を変えるしかありませんでした」


 そして、今に至ると話が締めくくられた。


「現在、オブシディアン殿下は即位し、オブシディアン王とお呼びすべきお立場となったのです」


 頭の中が真っ白になった。

 何を言ったらいいのか言葉が見つからない。


 でも、その頭の中にうっすらとレンの姿が浮かんで、「まだ聞くことが残っているだろう」と言われた気がした。


 わたしは、その言葉に従うことにした。


「伯爵の話が本当であれば、貴族は誰もがオブシディアンを支持しているということでしょうか?」


 父の味方は誰もいなくなってしまったのだろうか。そう思うと、胸が苦しくなった。


「そうですね、オブシディアン王の母君の実家、サーペンティン家を中心に、ほとんどの貴族が積極的にオブシディアン王につきました。対して、アレキサンドライト家、ダイヤモンド家、ジェイド家、ラピスラズリ家は前王派で、ガーネット殿下こそが正統な後継者であると主張し、未だにオブシディアン王を認めておりません」


 どの家も、姉と母との結びつきが強い貴族がいる家だ。逆にいえば、もうそれしかわたしの味方になってくれそうな家が無い。


 聞くべきことは、もうひとつ。


「伯爵も伯父を支持するなら、戦争には賛成の立場なのでしょうか?」

「それについては、困ったことです……」


 そういって、セプタリアン伯爵はいままで無視していたエマを一瞥した。


「国境に面した領地で、国軍が拠点とするなら我が居城となりましょう。見晴らしがよく、峡谷に面した防衛向きの城です。しかし、長らく隣国とは平和が続いておりましたから……はあ……ここを軍事拠点とするため明け渡しを要求されて、困っているのです」


 セプタリアン伯爵は、深いため息をついた。


「一体、我らはどこに移ればいいのか」

「心労お察しします。領民たちも疎開させなければならないでしょうに」


 ところが、セプタリアン伯爵はわたしの言葉に思ってもみなかったという態度を見せた。


「領民? 彼らはここに残すべきです。従軍、食料生産、武器の作成……大事な労働力が必要となりましょう」


 セプタリアン伯爵の言葉はあまりに合理的で冷酷だ。


「それは、領民を見捨てると言っているのですか?」

「とんでもない、仕事があるだけましでしょう。鉱山採掘も採算が取れず、職にあぶれた者に働き口を与えることは、むしろ彼らのためです」


 ── 徴兵に参加したら家族にそれなりの金が入る。戦争……それで家族を守れるなら仕方ないそう考えるやつが大半だ。


 ニックがそう言っていた。


 ……セプタリアン伯爵の言い分も間違いとも言い切れない。でも、でも、そうであるならば彼らに選択の余地が何もない。 


「戦争の準備のため支援をしておりますが、おかげで食卓も侘しくなったものです。以前は胡椒と金粉をかけて肉を楽しんだものですが……実に味気ない」


  それはわたしも食べたことがある。なんなら城ではもっと贅沢な食事も出ていた。


「……働けない子どもだっているわ。そういう領民へ食料を支援ことはできないの?」

「ルチル殿下はお優しいですね。もちろん教会に寄付はしています。竜神様の加護で福が巡ってくるよう善行を心がけています」

「でも、死者が出たと聞いたわ。わたし、ここに来る前に『贅を尽くして国を疲弊させた』といわれたの……わたしたち貴族が節制を心がければもっと状況は良くなると思うの」

「殿下に向かって誰がそのような不敬なことを?」

「ヒース……アホアイト家の」

「アホアイト家の養子ですか。あそこは信仰深く、貧民救済に力を入れています。平民を養子に迎える、いささか変わった家柄で、ヒースも養子の一人です。所詮は元平民、立場をわきまえず不敬を働いただけのこと。どうかお気になさらぬよう」


 ヒースが元平民と聞いて納得した。

 だって……。


「はぁ、平民が殿下を責めるなんてお門違いだ。平民が働かず金がなく、食べ物を買えず、そして死んだら自業自得。そう思いますでしょう」


 だって、目の前の肥え太った貴族とはあまりに違いすぎる。


 わたしはセプタリアン伯爵のコレクションを見回す。

 豪奢な絵画、大理石の彫刻に、煌びやかな装飾品の数々。どれもこれも、民の暮らしとは縁遠い贅沢品。


 そしてわたしには身近だった品々だ。


 ……ああ、この人には平民の立場がわからないんだ。わたしも、ハロルドたちと会わなかったらわからなかったかもしれない。


 はじけそうなほど膨れ上がった肉塊のセプタリアン伯爵が、向かい合った鏡のように感じられて、わたしは、食べたものを今すぐ吐き出したくなる衝動にかられた。


 そこへ、酒を飲んでいたエマが突然声を発した。


「そうさね、弱い奴から食い物にされる。世の中そんなもんさ」


 カンっと杯をテーブルに置く音が食堂に響いた。

 伯爵はそんなエマをみて興がさめたといわんばかりに白い目を向ける。


「ん、ごちそうさん。あたしはもう寝るわ」


 そう言って、エマはふらりと席を立って出ていった。

 伯爵は彼女の無礼に眉をひそめたが、特に引き留めることでもなかった。そして、わたしに笑顔を向ける。


「ああ、ずいぶんと時間がたったようだ。殿下もお疲れでしょう。どうか今宵はごゆっくりお休みください」


 わたしは礼儀的な言葉を交わして席を立ち、メイドの案内で用意された客室へ向かった。




 わたしはレンたちとは別の部室に案内された。


 柔らかいベッドに倒れ込むように横になる。

 足がジンジンとする。ここ数日ずっと歩き続けて鈍く痛い。

 しかし、疲れてへとへとなのに眠れない。もやもやと頭の中が色んなことでいっぱいだ。


 ……こんなふうに暖かな布団で眠るのは贅沢なことなのかな。 


 父は本当に病のせいでおかしくなってしまったの?

 鉱山の資源が枯渇する前にどうにか出来なかったの?


 豪華な食事は美味しかったし、布団が柔らかい。

 昨日まで硬い土の上で眠って、肉のないスープで過ごして……正直言って毎日は耐え難い。ずっと多分、セプタリアン伯爵よりわたしは贅沢な生活を送ってきていた。だからこの落差は辛い。


 またこうやって贅沢に慣れたら、わたしを、ヒースやハロルドたちは冷めた目で見つめるだろうか……。


 セプタリアン伯爵はわたしに優しくしてくれている。

 それはわたしが王族だから。


 鉱山の枯渇。貧困。戦争。父の病。姉と母のこと。ハロルドたちは別れたあとどうしているだろう。

 ヒースは元平民だから貴族の贅沢が許せなかったのだろう。


 グルグルと思考が回って目が覚めてしまう。


 ……話を聞いてほしい。


 わたしはベッドを抜け出し、レンたちの案内された部屋へ足を向けた。

 渡り廊下から見ると窓に灯りが見える。まだ起きてるようだ。


 ドアの前で立ち止まる。

 ノックをしようか迷う。


 ……ノースシーをどうにかしたい。けれど、隣国の彼らにとっては他人事。セプタリアン伯爵ですら平民のことは考えていない。だから、レンたちにとってはもっと関係ない……。


 わたしがやっぱり部屋に戻ろうかと考えていると、ドアが開いた。


 ── レッスン5、報告、連絡、相談、ひとりで抱えず共有すること。


「待ってたよ、ルチル」


 目の前にはレンがいた。




ここまでたくさん情報を詰めたなあと自覚はしているので、次回は情報整理もかねての復習回にしようかと思ってます。

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