13話 粗暴な美女と、虚栄心の強い男
苦肉の策でわたしはパイライト侯爵夫人を名乗り仲間作戦に出た。
わたしは、さも当たり前という態度を崩さなかったけど、手のひらは汗ばんでいる。
だって、こんなところでラスボスの右腕と思わしき人物と遭遇なんてするとは思わないじゃないの!
さて、エマたちがどう出るのか……。
「なかま、だあ?」
エマは虚をつかれた顔でマジマジとわたしを見る。そうして、にやーと笑って見せた。
「あはっ!そうだね、お嬢ちゃん!いやね、正直言ってあたしは嬉しいよ!だって醜いおっさんばっか相手にして辟易つーか!お嬢ちゃんとツーショットなんて無加工で済むじゃん!ねー!大歓迎よ!」
この場の主導権はエマにあるようだ。セプタリアン伯爵は眉をひそめて黙っている。
エマの思惑がどうあれ、わたしたちを受け入れる方向で話が進みそうなことに少しだけ緊張がゆるむ。
エマはヒールの高いブーツをカツカツと鳴らして近寄ってくる。
「つーかさ、さっきから気になってたんだけど、後ろの三人誰さ」
レンがきれいにお辞儀を返す。
「エマ様、ご挨拶申し上げます。わたしは王女殿下に雇われた者でございます」
「そう、雑用係!」
── じろり。
わたしが言葉を付け足したらレンに一瞥されて睨まれた。
……だって、国を救って欲しいって契約でわたしはレンの魔法の力に期待したのに、あんまり活躍してないじゃない。レンより持ってるポーチの方が今のところ役に立っているわよ。
「へー、綺麗どころ侍らせて。ねえ、よく見せておくれよ」
エマが近寄って、レンたちを舐め回すように見る。
「お嬢ちゃん、面白いの連れてるね」
エマはじっとレンの顔を覗き込み、続いてノエルの顔に手を添える。ピリッとレンとラウルに緊張が走った。
無表情のノエルは至近距離でエマと相対するが微動だにしない。
「うーん、良いなあ。つぎ、いじるときこういう顔にしようかなー」
ノエルから手を離し、次はラウルを見る。
「……なんか男娼みてえ、あたしもっと塩顔の男が好みなんだよなー」
レンたち一同、顔に出してないが、滲み出る空気が不快って言っていた。
「まあ、いいや!伯爵よお、みんなで飯にしようぜ!」
みんなと言っても、呼ばれたのはわたしだけ。エマ、セプタリアン伯爵、わたしの三人でディナーをすることになった。
レンたちは別の部屋に案内されていた。使用人が使う部屋のようだ。
それに比べ、わたしが通された部屋は、豪華の極みだった。
壁一面には重厚な金縁の巨大な油絵が所せましと飾られ、中心の大理石のテーブルには銀の燭台が繊細な光を投げかける。天井からは水晶を使ったきらびやかなシャンデリアが下がり、日が暮れた室内を煌々と照らしていた。足元には深みのあるオリエンタル絨毯が敷き詰められ、窓には重厚なベルベットのカーテン。
そこは、宝物庫のような空間だった。
……食堂に詰め込みすぎで悪趣味。
美術品一個一個は価値あるものだけど、これだけ敷き詰められるとむしろ雑多でちぐはぐな印象だ。
ギンギラな空間に面食らいつつ、テーブルに座る二人に目を向ける。
敵と対峙して食事をするなんて、非常に居心地が悪い。
わたしが席に着くと、格式あるテーブルにノースシーの伝統的な料理が並ぶ。アンティークの銀食器が並べられ、洗練された高級感が漂う。
まるで、実家の料理みたい。
この場合、実家というのはもちろん王城で出される料理である。
「さあ、遠慮せずに食え!」
エマはフォークを肉に突き刺すと口を大きく開けて齧り付く。
豪快な食べっぷりだ。マナーもへったくれもない。
ホストであるはずのセプタリアン伯爵は唖然とエマを見た後に不快そうに眉を顰めた。
わたしは作法に従って、セプタリアン侯爵が「どうぞ」と声をかけてから食べ始める。
「殿下は、さすがでいらっしゃいます。 実に美しいお振る舞いでございます」
「急な来訪にも関わらず、席を用意してくださり感謝いたします。このような芸術的で美味な料理は王城でも滅多に食べられません」
……うちのシェフの方が腕が上かなあ。ちょっと胡椒をかけすぎ。
本音は隠して、母を真似るならこんな感じ、とひとまずセプタリアン伯爵にお礼を言ってヨイショしておく。
これはピンチだけどチャンスだ。敵の情報を知るには絶好の機会。おだてて色々聞き出してやる。
── レッスン1、まずは雑談。いきなり本題に入るのはNG。相手をリラックスさせること。
ひょこっと脳裏にレンが現れる。
先ほど別れる前に色々言われたのだ。
……雑談て、ええ、天気の話でもすれば良いの?
「あら……この皿、よく見たら白磁器ではありません? 遠く東の地の品でしょう。手に入れるのに苦労されたのでは」
ひとまず目についた皿を見る。真っ白な皿が流行ってティーセットを父に強請ったことがある。
「そのとおり。特別なルートで手に入れまして、料理が映えて美しいでしょう!」
「ええ、とっても!」
……うん、うちのシェフなら見た目だけじゃなくて皿を湯煎して冷めない工夫を凝らすんだけどな。見た目も大事だけど、料理は真心よ。
わたしが適当に相槌を打っていると、セプタリアン伯爵の自慢が続く。
「ねぇ、酒のお代わりねぇの?」
気持ちよく話していたセプタリアン伯爵をエマが遮った。
エマはもうデザートまで食べ終わって、ワインをぐいっと飲み干す。
「安酒だなあ」
エマの一言に、明らかにセプタリアン伯爵はいらだっていた。
「三十年物のヴィンテージワインがお気に召さないとは、普段お飲みになっているものと、あまりに違いすぎましたかね。果実水でもご用意いたしましょうか?」
……うわ、ついにキレた。
「おう、気が利くじゃん。サングリアにしたほうがまだ飲めるわ」
パンパンッ!
伯爵はエマに嫌味が通じず、眉間にはっきりとしわを寄せ、口をへの字に曲げると、使用人に命令をするため強めに手を叩く。
……仲悪!
リラックスとは、ほど遠いんですけどー!ねえ、レンどうしたらいいの!
── レッスン2、相手を褒めろ。好意の返報性で、相手は褒め返すか、謙遜しだす。
……そうなの!? わたしなら調子に乗るわよ!
わたしは、じっと二人を見る。
片方だけを褒めるわけにもいかない。
粗暴な美女と、虚栄心の強い男。
「エマは、とても容姿が優れていてまるで一枚の絵画のようね。伯爵の素晴らしいコレクションが、貴方の存在によって、より一層と輝いて見えるわ」
ほう、と見惚れるようにため息をつくのも忘れない。
……ちょっとわざとらしかったかな?
これは確実に滑ったなと、沈黙が流れた後にエマが吹き出す。
「ぷっ!ほらおっさんがピリつくから、お嬢ちゃんに気を使われてんじゃん!」
「殿下のおっしゃる通り、見た目だけなら褒められましょう。口を閉じて置物でいてくれるならお好きなだけ飲み食いしていただいて構いません」
「はいはい、お口チャックで勝手に飲んでるわ」
わたしのおべっかが滑稽だったおかげで、エマが静かになり、セプタリアン伯爵は彼女を無視することにしたらしい。
「あの、セプタリアン伯爵のコレクションが素晴らしいと思うのは本当ですよ」
セプタリアン伯爵へダメ押しで話を振る。
「そんな、殿下。王城の宝物に比べれば、大したことはありませんでしょうけど」
── 褒めて、謙遜が出たらグッドだ。そこには相手の望みが隠されている。
……オッケー!それ、ヨイショ、ヨイショ!
「あちらにあるのは、ローベンス作『化鯨を退治する英雄ノクス』の素描でしょう。王城に実物はありますけど、まさかその素描を伯爵がお持ちだなんて……。収集家であれば誰もが喉から手が出るほど欲しがっている、まさに秘蔵の逸品ではございませんか?」
「ええ、まさに。しかし、ここにあるのは、まだささやかな品々でございますよ」
「そうなのですか? これ以上の作品を個人としてお持ちだなんて、ノースシーでも数えるほどではありませんか?」
「いえいえ、私など、アレキサンドライト家には遠く及ばず。財のほとんどを注ぎ込んでやっとこれだけ集めました」
そこで、セプタリアン伯爵は室内を見渡し、ため息を吐く。
「それも、ここまで。いくつかは売りに出さねば、生活が立ちいきません」
── レッスン3、相手が愚痴を吐露したら共感し信頼を得ろ。
……うーん、共感ねえ……あ!お気に入りのアクセサリーを悪徳商人に泣く泣く売り払う気持ちはよーくわかるわよ!
「お気持ちお察しいたします。大事な品が他人の手に渡る。その実に口惜しい気持ちはわたしもよく知っています。しかも、これだけ集めるのは長い時間と労力をかけられたのでしょう。その思い入れを理解せず、安値で買いたたかれるなど噴飯ものですわ」
……わたしなんて、髪と寝床を等価交換よ。ありえないからね!
「そこまでわかってくださるとは……!」
「わかりますとも。ここにある美術品、ひとつひとつ素晴らしい品ですもの!」
「道楽と親族からは理解されない趣味にそこまで言ってくださるとは、ああ、まるでクオーツ王と話をしているようです」
言って、セプタリアン伯爵はしまったという顔をした。
わたしも熱が入っていた感情が氷点下まで冷えた。
……ほんとう、よく、そんなセリフを吐けたわね?
クオーツ王、わたしの父と親しくしていて、どうして、エマを伯爵の居城に引き入れているの?
いつから、父を裏切っていたの?
セプタリアン伯爵、あなたも父を死に追いやった一人なの?
── レッスン4、相手の本音が見えたら、核心に迫れ。
レンの言葉を思い出し、瞬間的に湧き上がる怒りをぐっとこらえた。
ここまでのセプタリアン伯爵の言葉に隠れた本音とは、何だろうか。
まず一つは、困窮した経済状況からの脱却を望んでいる。セプタリアン伯爵は「宝物」を手放す苦痛に直面していて、現状を打破したいと強く願っている。そして、もう一つは「クオーツ王と話しているようです」という発言から、過去の忠誠心と現在の裏切りとの間の葛藤が見える。
さて、何を聞こう……。
①父の友人だったセプタリアン伯爵が寝返った理由。
②オブシディアンの陣営にいる貴族は誰なのか。
③戦争について、どう思っているのか。
この3つは是非とも聞き出したい。
「美術に関しては父が大きく影響しています。わたしも父を恋しく思う気持ちは一緒ですわ。……正直、この状況に至った原因についてわたしは何も知らなくて……鉱山が枯れたこともクーデターの後で知りました。父と親しかったセプタリアン伯爵であれば、何かご存じありませんか?」
まずは、父のこと。さあ、セプタリアン伯爵、洗いざらいはいてもらうわよ。
このあたりから、書き留めていた内容を大きく改稿しました。
少しでも面白いと思ってもらえるよう頑張ります!




