11話 ニーレイクから来たふたり
「レン兄ー!!すごい偶然だね!!」
わたしの問いかけの言葉に、弾むような大きな声が被った。
ラウルがレンのもとへ駆け寄ってくる。
「ニーレイクに洞窟があってさ、そこから、ワーって魔物があふれて、退治してきたんだよ。それで、その洞窟に逃げた魔物を追ってきたら、なんか人が掘った坑道みたいなところを通って、外に出たと思ったらレン兄が居るんだもん!もうびっくり!」
少年のような無邪気さだ。
「えー、つまりこの坑道はニーレイクからパイライト領を経由してセプタリアン領につながっているのか。マジか……で、お前がいるのはなんで?」
レンが女性に向かって問いかける。
「洞窟に入ろうとするラウルに、迷子になって戻って来れないからって止めたら、『じゃあ、道を覚えて』って担がれて。ラウルったらひどいわよね」
すねた表情で女性がレンを見た。
わたしがレンたちの会話に聞き耳を立てていると、ハロルドたちも近くに寄ってきた。
「えらい美女と美男だなあ……」
呆けた表情でハロルドは二人を見ていた、
「すんげー美人。まるでおとぎ話に聞くお姫さまと王子さまみてえ」
「ああ、しかも、男の腕っぷしはとんでもねえ、見たか? 魔狼がまるでボロボロの野良犬みてえだったぜ」
ニックとサムもレンと謎の男女を遠巻きに見蕩れていた。
おーい……本物のお姫さまがここにいますが?
「こほん!」
わたしがわざとらしく咳ばらいをすると、レンがわたしとハロルドたちを気にしだした。
しかし、ラウルと女性は普通に会話を続けていた。
「レン兄こそ何してるの? そろそろニーレイクに帰ってくると思ってたから迎えに来たんだよ。魔物退治している間に国境の橋から伝令来てたけど、帰るの遅くなるってどうしたの?」
「また悪だくみ? クーデターで荒れてる国でお金儲けしようってさすがに、がめつすぎない?」
「ちょっといいかなー!」
レンが二人の手をひき、少し離れていく。
「ん、お前身長伸びた…?」
「成長期だもの!」
「ついに、身長も越されたか……まあいい。それでな……」
三人でわたしに聞こえないように小声で話している様子だ。
なんだろう除け者にされたような気がして、胸の奥がざわついて不愉快。
レンが何か言ったのか、驚いた様子で二人がわたしの方を見た。驚きと困惑のような表情を浮かべている。
……失礼ね。人の顔見て、何話しているのかしら。
一通り、話し終えた様子の三人がわたしの方へ歩いてくる。
レンがわたしに、やっと二人を紹介してくれた。
「紹介するね、こっちがラウル。彼女はノエル。二人とも私の親戚だ」
レンの紹介をうけて、ラウルが丁寧にお辞儀をする。
「王女殿下にご挨拶申し上げます。僕は彼の伯父のラウルです」
ん? 伯父……。レンより背が高いけど、わたしとレンの間ぐらいの年齢かなと思っていた。
「つまりレンが甥っ子?」
「そう。ラウルは私の年下の伯父。うちの祖父がやんちゃした結果だな」
「僕は十六歳だから、王女殿下より少し年上だね」
彼がレンの言っていた、ものすごく強い弟分という人かな。それで、彼女は?
わたしは、もう一人の青みがかった黒髪の女性に目を向ける。
「ご挨拶させていただきます。レンの……婚約者のノエルです」
「ほう、婚約者」
婚約者と来ましたね!
そうだね、ラウルが十六なら三つ違いって言っていたし、レンは十九歳で成人してるもんね、婚約者がいても、結婚しててもおかしくないよね!
いや〜、どおりで見せつけられたわけだよ!
ノエルの言葉に対してレンは一瞬、怪訝な顔をした後、目を眇めノエルに問いかける。
「ノエル?」
「黙っておくのも悪いと思うわ。それで、結婚式はいつしてくれるのかしら。私、貴方の二つも上なのだから、そろそろ親の催促がうっとうしいの」
ノエルの方がお姉さんなのね。結婚間近のご関係とは、そりゃ親しいわけですね!納得ですよ、納得!
しかも超がつくほどの美人!
いやあ、レンも隅に置けませんね!美人だし、レンもそりゃあ鼻が高いでしょうよ!
わたしの予想とは裏腹に、レンはノエルの言葉を一蹴する。
「ふん、ラウルが成人したらそっちに乗り換えれば?」
「え、嫌だよ!僕を巻き込まないで!」
「私もラウルはちょっと……」
……ん? レンは結婚、嫌なの? 仲良さそうなのに?
遠慮のないやり取りを見るに、親しい仲なのは間違いない。
わたしは二人の関係がよく分からず首を傾げる。
「とにかく、私はまだノースシーに用事があるから、二人は先に帰りな」
レンが追い払うように二人に手を振る。
「いやいや、ダメだって。僕もついて行くから」
「私も」
「お前ら、不法入国じゃないか」
「正規に入国なんて無理だよ。国境で一悶着あったんでしょう?」
「レンも夏至には帰らないとダメよ。ノースシーの用事をひとりで解決できるの? 私がいた方が役に立つでしょ」
「いや、まあそうだが……あとが大変じゃない?」
「叱られるわね。でも、せっかく国外に出られたのだし、観光がしたいわ」
「それが本音か」
「どっちも一人にできないから、まとまってて欲しいよ」
「私は平気だって、ノエルを連れて帰れって」
「レン兄は、なにかとトラブルに巻き込まれやすいし、進んで首突っ込むんだから護衛は必要!」
ラウルの剣幕にレンは渋々といった表情だ。
「しかし、ラウルはあっちを放っておいて良いのかよ」
「ああ、魔物? というか原因わかる?」
「ウネウネが出たんだよ」
「ああ、なるほど。にしてはニーレイクに流れた数が多かったように思うけど」
レンがわたしを振り返る。何か情報はあるのかと目が問うていた。
「パイライト侯爵が言ってたんだけど、あふれた魔物を誘導して大半をニーレイク側に押しつけたみたい」
わたしは、パイライト侯爵が言っていたことを思い出しながら答える。
「うわー、迷惑。僕がたまたま近くに来てて、討伐に参加できたから良かったね。ニーレイクと穴の中にいたのは全て倒してきたから、安心していいよ」
ラウルの言葉に、わたしやハロルドたちが安堵の息をつく。
ひとまず、魔物の被害は少なくて済みそうだ。
あとなんだっけな。パイライト侯爵は他にも何か言っていたはず。
── 彼らは第十六王子にご執心なのだよ。
「それと、国境の橋の騎士たちは、エマ……えっと、クーデターを起こした伯父の愛人。彼女の命令でニーレイクの第十六王子を誘き出せと命令を受けていたらしいの」
スッとラウルの顔から笑顔が消えた。
「へー……」
さっきまでニコニコしてた目が冷ややかに鋭さを増して怖い。
ノエルがわたしの情報に対して疑問を述べる。
「ニーレイクの第十六王子を初めに狙うなんて、何か罠でも張ってあったのかしら?」
「罠についてはわからないけど……国境で会った騎士たちは捨て駒、みたいな言い方をしていたわ」
続いてレンが第十六王子について教えてくれた。
「ニーレイクの第十六王子は一年前に南と西の国の衝突を止めた実績があるし、国内人気も高い将だ。ニーレイクと戦争なんて、新しい王が自棄でも起こしたのかと思ってたけど、無策というわけでもなさそうだな」
それに対してノエルが相槌を打つ。
「戦争で最初に狙って討ち取れば、ニーレイクの士気は確実に落ちるわね。敵の立場で考えれば有効な手だと思うわ」
「なんだか、不穏だねー」
「やっぱり、二人はニーレイクに戻った方がいいんじゃないの?」
「いやいや、余計ダメだって」
ラウルが視線を遠巻きに様子を伺っていたハロルドたちに向けて、声をかける。
「ちょっとそこの人達!」
急に呼ばれたハロルドたちが驚いた表情で返事する。
「坑道を通ってニーレイクまでお使い頼める? 道はノエルが教えるし、ちゃんとお金は払うよ!」
顔を見合わせたあと、ハロルドたちが頷く。
「ありがとう!ニーレイク側の出口に人がいるから、『11番案件に合流。夏至までに戻る』って伝えといて!」
ラウルはレンを振り返り、「これでいいよね」と笑顔を向ける。
再び坑道へと戻っていくハロルドたちに、わたしは別れの挨拶をした。
「元気でね」
「王女様も達者で」
「ありがとう。会えてよかった」
「約束、守らなかったら承知しないからな!」
ハロルドたちに手を振る。
彼らと別れて、わたし、レン、ラウル、ノエルが残った。
「ところで、どうやって岩壁を上がるの?」
見上げると縦穴は結構深い。
ぽっかりとあいた空を見上げて眺めていると、穴を覗き込む人影がやってきた。
「これは一体!?」
「咆哮の正体はあの魔物か!?
「死んでるのか? 魔物はどうした? お主達何者だ!」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。服装から兵士のように見える人影が複数、わたしたちを覗き込んでいた。
「ラッキー!……ひとまず、引き上げてくれませんかー!」
レンが兵士に向かって声を張り上げる。
彼らはセプタリアン領の兵士だった。
先刻の魔狼の叫びを聞いてやってきたらしい。
「セプタリアン伯って信用できる人?」
レンの問いにわたしは答える。
「パパの派閥だったから匿ってくれると思う」
セプタリアン領の兵士達が縄梯子の準備をしている間、ノエルがレンの袖をつかみ魔狼を指差す。
「あれ持ってく」
それを見て、レンが顔をしかめた。
例のポーチに入れてほしいということだろう。
「やだよバッチい。人も見てるし」
「ケチ」
軽いやり取りを交わす二人はやっぱり仲が良い気がする。
「それよか、良いものやるよ」
レンがポーチから石を出してノエルに手渡す。坑道で拾った偽銀だ。
「精錬をすると腐った臭いのする煙が出て死んでしまうらしい」
ノエルが受け取った偽銀を光にかざす。
「腐った臭いなら硫化鉱物ね。……サイコロ状の結晶、銀色、風化してピンク色になっている部分もある」
「何の石か分かった?」
ノエルがうなずく。
「輝コバルト鉱」
あの偽銀はちゃんと名前のある石だったらしい。
レンは彼女のために偽銀を集めていたようだ。
「欲しい?」
「ええ、たくさん欲しい」
「じゃあ、決まりだ」
レンがノエルに笑顔を向ける。
わたしに向ける胡散臭かったりする笑顔じゃなくて、ふっと緩んだって顔だ。
わたしはその光景が直視できなくて、思わずうつむく。
レンとは会って間もないし、なんなら酷い契約内容で利害が一致した仲だ。
ほら、あれよ、ちょっと仲良くなった人と一緒にいたら、その人の友人や恋人が現れて、自分の知らない話で盛り上がってる時の疎外感よ。
……だから、大丈夫。
それよりも、今、彼女は重要なことを言っていた。
それを確かめるため、わたしは顔を上げて二人の会話に割って入った。
「それって、貴重なものなの?」
「そうね」
つまり、ノースシーにはまだお宝があるということだ。坑道にはたくさん落ちていた。
わたしは喜びで気持ちが高ぶっていくのを感じた。
……やった!やった!!
コバルトだかコボルトだかの石を集めれば、きっと戦争なんかしなくても食べていける!
「どんな使い道があるんだ?」
「そうね、いろいろ手を加える必要あるけど」
ノエルは少し目線を空中へ向ける。
「まずは顔料。あと、水漏れ探知。それから合金と電池は……まだ無理」
「顔料って絵具?」
わたしは父の絵に砕いた石が使われている絵具があるのを思い出した。
「そうね。油絵の絵具もできるけど、お皿の絵付けやガラスに使うと綺麗な青になるの」
「青色? 銀色してるのに?」
「コバルトを取り出せば、青色になるのよ」
「それはニーレイクにはあるものなの?」
「いいえ、これから作るわ」
「無いのに作れるの?」
「ええ……知識だけはあるの」
知識だけ……どういうことだろう?
わたしがさらに質問をしようとしたけど、ラウルに呼ばれた。
「おーい、いくよー!」
縄梯子を掴んでラウルが手を振っている。
わたしたちは梯子を上って地上に出た。
大きく息を吸い込みながら、新鮮な空気を取り込む。
陽の光が瞳を刺し、瞬きながらもその温もりを感じて、肩の力が抜けていく。
さきほど、ノエルのおかげでノースシーの鉱山に希望が見えた。
これからどうするのかまだ先は見えないけど、まだ鉱山にお宝が眠っていることが分かった。
もしかしたら、コバルトのほかにも、もっと沢山あるかもしれない。
……それを見つければ、少なくとも貧困からの戦争は回避できる!きっと!
梯子を上った先には五人の兵士達がいて、わたしたちを取り囲んでいた。
怖い顔をしたオジさんたちだが、事情を話せばわかってくれるだろう。
わたしはとても落ち着いていた。
鉱山の問題の解決の糸口が見えて安堵したのもあるし、ここ数日の間でウネウネ、変態ジジイ、ハロルドたち、魔狼ときて、わたしの神経はだいぶ麻痺してしまったらしい。
「あの魔獣はどうした?」
「僕が倒しました」
「倒した?」
ラウルの言葉をにわかには信じられないといった様子だ。
「それで、お主らは何者だ?」
これは名乗るべき?
レンを見ると頷く。
「わたしはルチル王女よ」
「はあ? 寝ぼけたこと抜かすでない」
「パイライト侯爵から逃げてきたの。セプタリアン伯爵の元まで案内して」
「嘘をつくな」
このやりとりも何度目だろう。わたしは冷静に指摘する。
「本当かどうかはセプタリアン伯爵が判断できるわ。貴方、王女の顔を知らないのでしょう。どうして、わたしが嘘をついていると断言できるの?」
思った通り、兵士達は顔を見合わせる。
「どうする?」
「どちらにしても領主様にご報告は必要では?」
一瞬の沈黙の後、兵士達は互いに頷き、一人が一歩進み出る。
「お主達は領主様の判断に委ねる。大人しく連行されたし!」
よし!とりあえず、道案内を得た。
振り返ってレンを見る。ニッと笑うので良くやったということだろう。
わたしたちは、兵士達に連れられてセプタリアン伯爵の屋敷へ向かうことになった。
輝コバルト鉱。
コバルトは諸説あるんですが、コベルだかコボルトだかの精霊が、銀をすり替えていったという逸話は本当にある。
コバルトブルーは知っていても輝コバルト鉱は知らんよって人が大半かとおもえば、FFに出てくるので以外と知ってる人いるかも。
現代だとレアメタルで、合金やリチウムイオン電池に必須ですね。




