9話 偽銀と安息と迫る危機
セプタリアン領はパイライト領の隣にある領地だ。
ハロルド、ニック、サムに案内されてセプタリアン領へ向けて坑道を進む。
「穴だらけね、石もたくさん落ちていて歩きにくいわ」
転ばないように足元に用心して歩く。
すると、たくさんの銀色の石が落ちているのに気づいた。
「もしかして銀はまだあるのかも!!」
わたしは期待を込めて銀の石を拾う。
でも持ってみると違和感があった。
「別の石?」
「ああ、それは小鬼の偽銀だ」
わたしの疑問にハロルドが答えてくれた。
「なにそれ?」
「ノースシー国には普通じゃ辿り着けない迷宮が広がっている。しかし迷宮から逃げた小鬼が山に住み着き、本物の銀鉱石を盗んで銀のように見えるまがい物と取り替える ── そういうふうに、オレたち鉱山夫の間じゃ語り継がれている。実際、銀と間違えて精錬をすると腐った臭いのする煙が立ち上り、それを吸い込むと命を持っていかれるそうだ」
命にかかわると聞いて、持っていた石をぱっと手放した。
転がった石をレンが躊躇なく拾う。
「これいいな」
レンは明かりにかざして偽銀の石を見つめていた。
「偽物なんでしょ?」
「私には使い方がわからないが、持って帰ったら喜びそうな奴がいてね」
レンは歩きながら石を拾ってはポーチにしまっていく。いくらでも入るのかな。迷宮の魔道具というのは不思議だ。まるで……。
「まるで未来からやってくる猫型ナニーのポケットみたいね」
「なんだそりゃ?」
レンがこちらを振り向く。
「子どもの頃、不思議なポケットを持ったナニーの絵が動く紙芝居を見たの」
「……え、なに? 夢の話? 絵が動くとか、仕掛け絵本か何か?」
「ううん、本当に見たんだってば。額の中の絵が動いてしゃべったりするの」
「怖いんだけど! 急に怪談話とかやめてくれ」
「本当なんだけどな……というか、レン、もしかしてお化けがダメな人?」
「……というより信じてないんだよ。幽霊が本当にいるなら火傷顔の女が会いに来ないのが不思議だ」
「なに、恨まれるようなことでもしたの?」
「さあ、あの人はどう思ってたんだろうね」
レンはカンテラの火をじっと見つめて言った。
「ルチルだっているだろ? たとえ悪霊の姿でも会いに来てほしい人」
そう言って、レンは少し寂しそうに微笑んだ。その声は柔らかくて、誰か親しい人 ── ハロルドたちと同じように、大事だった家族を思い浮かべての言葉だと感じられた。
「……」
レンにも喪失した人がいたのだろうか。
ミア、シェリー、クリス、それから、わたしにとってのパパみたいな人が。
「そうね、幽霊でも会いたいわ」
わたしは、父のことを思い出し歩きながら話をする。
「わたしはパパのことが大好きだったの。一緒にお絵描きしたり、踊ったり、ピクニックをして、宝探しをしたり……たくさん遊んでくれたわ」
子どもの頃は父にべったりだった。
「でも……大きくなったら淑女らしくしなさいって、たまにしか会ってはいけなくなって……最後に会ったのは冬至の宴のとき。でも、公式な場だから、わたしは大人しく座ってなければならなくて、パパに話しかけたりしたらいけなかったの。……怒られてもいいから話をすればよかった」
そのあとは静かに歩き続けた。
別に苦しい沈黙じゃなかった。
みんな、誰かを思い浮かべてるんだろうなってわかった。
「少し休憩しようか」
しばらくたってレンが声をかける。
そして、レンが皆に食事をふるまった。厚切りのベーコンがでてきてびっくりした。
「もっとケチかと思ってた」
「雇用主と被雇用者との良い関係が食事程度で築けるなら安いもんだよ。これぐらいサービスするさ」
温かい食事をとって皆が満足そうにしていた。
ふと、わたしはハロルドの上着のボタンがとれかかっていることに気づく。
「レン、針と糸を持ってない?」
「あるよ」
「ハロルドさん、上着を貸して」
わたしはレンから受け取った針と糸でボタンを縫い付けて、ついでにほつれている箇所をいくつか直す。
レンがわたしの手元を覗き込む。
「意外……上手いじゃん」
「ふふ~ん!刺繍も得意よ!はいできた!」
上着の破れた箇所にお花の形を刺してハロルドに返す。ハロルドはわたしが繕った箇所を指の腹で撫でて微笑んだ。
「ああ、たいしたもんだ」
「冬の内職はノースシーでは当たり前だから、うちの女房も裁縫が得意だったな」
「王女様、オレの上着もここ破けてるんだ、頼めるか」
サムの上着、ついでにニックの服も直してあげた。
ニックが笑う。
「王女様に繕ってもらった服なんて、自慢になるな」
喜んでもらえてよかった。
レンに裁縫道具を返すと、レンも笑う。
「あーあ。無料でこんなことして勿体ない」
「いいの。それこそサービスよ!」
休んで元気になったわたしたちはまた坑道を歩く。
そして、ついに目的地に近づいた。
「あとは、まっすぐ行けば外に出れますさ」
サムの声に皆が笑顔になる。
しかし、そのとき、── 後ろの方で何か不気味な音がした。
「え、何?」
何かの大きく響く足音。それと、唸り声。
「追手か?……いや何かもっと獣のような……」
レンのつぶやきに、わたしは、あることを思い出した。
「あー!パイライト侯爵が、地下道に魔物を誘導したって!もしかして!」
「はあ、どういうことだ?」
「ウネウネのせいで迷宮から魔物があふれたのを、地下道に誘導したって言ってたわ。ねぇ、地下道ってつまり、坑道のことだったら!?」
わたしの言葉に一同が息をのむ。
「ウネウネって嘘だろ!? 百を超える魔物が這い出てくるって話だぞ!」
「オレらがガキの頃に村がいくつも壊滅した大災害じゃねーか!!」
ハロルドとニックが悲鳴のような声をあげる。わたしたちは揃って青ざめた。
「走れー!!」
レンの声を合図に全速力で走る。
けれども、わたしだけ成人男性の彼らと比べ圧倒的に遅い。
わたしは、一番後ろを走っていた。前にいる彼らの姿はもう暗闇で見えない。
ドクドクと脈打つ耳は、わたしの荒い呼吸のほかに背後からだんだんと大きく、近づいてくる音を拾う。
固い地面を蹴りつけ、前に進むも、ずっと歩き続けたわたしの足は悲鳴を上げる。
足首から痛みと恐怖がこみ上げてくる。
「待って! 置いてかないでっ!」
必死に叫ぶ。
やだ。
やだ、見捨てないで……。
やだ、ひとりにしないで。
暗闇の中、手を伸ばす。
そのとき、頭上を火の玉が飛ぶのが見えた。レンのカンテラだ。
次の瞬間、ガシャン! ──という甲高い音と共に、後方が明るくなり、熱風が吹きつける。
背後からの明かりに照らされて目の前にレンが現れた。
「乗って!」
レンが屈んで背中を向ける。
その背にわたしは勢いよくしがみついた。
グッとレンが体勢を低くした後、力強く地面を蹴って一気に飛び出していく。
ビュッと空気を斬るように前へ駆ける。
身を預けたその背が、たまらなく頼もしい。
視線の先に明かりが見えた。
きっと出口だ。
しかし、背後のおぞましい獣の声も岩壁を震わせ、間近に追ってきている。
「あと少し!」
希望の光に向けて願うように呟く。
パッと目の前がひらけた。チカチカと視界が眩む。
そして、わたしは輪郭を表していく目の前の光景に唖然とした。
「嘘……」
そこは垂直の坑道だった。
切り立った壁が四方を囲む縦穴だ。
逃げられる空間はない。
「どういう事だ、おい!」
「ここ、梯子があっただろう!?」
「くそ、岩壁を登ってる間に魔物が来ちまう!」
先を走っていたハロルドたちが慌てふためく。
その声も、岩肌で反響してさらに恐怖を増幅した。
「そうだ、レン、魔法の風で壁を登れない!?」
「……む、り」
レンの声が掠れ、彼はがくりと膝をつく。
顔を覗くと額から滝のように汗が伝い、荒い呼吸で肩が大きく上下している。歌える状態ではないのが一目でわかる。
その刹那、背後で獣の咆哮が響き、影のような塊が穴から姿を現した。
それは恐ろしく巨大な黒い魔狼だった。
鋭い牙の並ぶ裂けた口から涎を垂らし、眼球を血走らせて目の前に迫っていた。
安息からの一転、大ピンチ!
ところで、ナニーって言葉あんまり聞きなれないから使うか迷ったのですが、まあ文脈でわかるでしょうとそのままにしました。乳母とか子守とかより保育士的な意味合いのナニーが適当かなと。




