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灯す、桜

作者: 三千



病室から窓を開けて覗くと、眼下に広がる街並みの中、ぽつりぽつりと桜色の部分があって、少しずつ少しずつ、そのピンクは、色を濃くしてゆく。


春なのにな、と何度も私は、諦め顔にため息を重ねている。


テレビでは、桜の開花宣言が声高に行われていた。


『今週末、お花見日和ですよ〜』

『中継が繋がってます』

『お花見弁当です。んーおいしー』


お花見盲信者がわいわいと盛り上がっているのが鬱陶しくて、リモコンを取り、電源を切る。


枕元に置いてあるスマホを手に取ると、連絡先を開けてタップした。


その電話はすぐに出た。


『おう。元気か?』


この幼なじみはいつも、元気か? と聞く。入院してるんだから、そんなわけない。


「ハヤト、今大丈夫?」


『ああ。大丈夫』


「大学は?」


『サボり』


「なにやってんのよ? あんたはちゃんと学校に行けるんだから、ちゃんと行きなさいよ」


『おうよ。でもま、今日くらいはいーじゃん』


「え? 今日ってなんかあったっけ?」


ハヤトの誕生日はまだ先のはずだし。あ。

わかってしまった。


「あーはいはい。サキちゃんとデートね」


『違うわい。サキとは別れた。少ししたらそっち行くから』


「え」


ぷつりと通話は切れた。

そこから、ぐるぐると頭の中が回る。


え? 別れた? なんで? だってあんなに仲良かったじゃない? 大学入ってすぐ、できた彼女。めっちゃ喜んでたじゃない、あんた!!


ってか、電話したのは用事があってだな。私の言いたいことをすぐにぶった斬るハヤト、なぜ最後まで話を聞かん?


そして、私がぐるぐるしている間にも、ハヤトはやってきた。


トントンとノック。


「はい、どうぞ」


ドアが開いて、ぶわりと風が吹いた気がした。


「よおっす」


元気印が肩に担ぐのは、桜の枝。咲き始めなのか、蕾もたくさんついている。その、薄桜色の美しさに、胸が鳴った。


「え、ど、どうしたの、それ」


「タカんちのおばちゃんにもらった」


「ああ、タカくんとこ庭に桜の樹があるもんね」


「花瓶とかある?」


「あるわけないやん」


「ちょっとこれ持ってて」


そう言って、桜の枝を渡してくる。受け取ると、ごつごつとした樹皮の感覚。その手触りと桜の香りに、近所の公園の桜の樹の周りで、よくぐるぐると回って遊んだ頃のことを思い出した。


ふわりと春の香りがした。


「……なんなんあいつ。いつもいつも唐突なんだから」


言葉とは裏腹に、口元から溶けてゆく。


しばらくして、ハヤトはバケツに水を入れて持ってきた。


「どうしたんそれ」


「ナースステーションの人に借りた」


このコミュ強者め。私の幼なじみは、その場その場でなんとかする……ってか、なんとかできてしまうタイプ。


そういうところが好き。

って言ってたらしい、元カノが。

ノロけて自己申告してきた男。ほんとバカにもほどがあると、みんなの前で叫びたい。


私は起き上がり、バケツの中に桜の枝を入れ、壁にそっと立てかけた。


ハヤトがすぐ側に置いてあったパイプ椅子に座る。


「きれー」


「おう」


横になり、少し冷える布団を足元に掛ける。


「あのさ」


「なに?」


「これ」


ハヤトがポケットから出したものは、ぐちゃぐちゃによれた新聞の切り抜き。


「なにこれ」


受け取って開けてみる。近くの癌センターで世界で初めての放射線治療が始まったという記事だった。その記事全文に目を通してから、ハヤトを見る。


「医学はどんどん進歩してるってことを言いたい」


と、ドヤ。なるほど、この前の検査結果が悪かった、私を慰めようとしているな。


「ありがとう。これすごく興味深いし、今度三浦先生に訊いてみる。あとさ、」


言葉を切った私を、ハヤトが怪訝そうに見る。


「……桜、ありがとう。実は電話したのはさ、もう花見ができるってテレビでやってたから、桜見れたらな〜って思って。写真でも撮って送ってもらおうと思ったのよ」


「マジか。ナイスタイミングだったな。さすが俺さま」


ぶっと吹き出して笑った。


そして、ハヤトの大学にゆるキャラのタピオカンが来たといういーなー、タカがバスケの試合でここ一番って時に靴ひもを踏んで転がって逆転負けしたってバカだねー、などなど少し話をして、帰っていった。


彼女と別れたことに、二人とも触れなかった。


ハヤトが彼女と別れたからと言って、告白する気は毛頭無い。私は私で、生きることに必死だし、もしかして明日死ぬかも知れないから。


ハヤトによってもたらされた桜を見る。

久しぶりに、何かを美しいと思った。



ふと、目が覚めて身体を起こす。スマホの画面を明るくしてから、しょぼつく目で見ると、2時25分。


最近は、よく夜中に目が覚める。薬の副作用なのか、それとも病気のせいなのかはわからない。


『夜』というのは、一日で一番、心を蝕む時間だと思う。だから、努めて何も考えないようにしている。


「トイレ……」


ひんやりとした廊下に出てトイレへ行き、またベッドに潜り込んだ。


ふと、そこに。


ぼんやりと浮かび上がる、花あかりがあった。


トイレに行く前には寝ぼけまなこだったためか、全然気づかなかったが、確かにそこだけがほのかに明るい。


その淡いピンクが自然発光しているかのように、夜の闇に浮かぶ。


「……きれい」


暗がりに目が慣れてきたこともある。次第に、桜自体もはっきりと見えるようになり、こんな綺麗な桜を、来年もまた見れるだろうかと考えた。


私はそっと、枕元に手を伸ばす。カサと指先が紙に触れる。ハヤトが持ってきてくれた、新聞記事。


その記事が花あかりと重なって、涙が一筋、頬を伝った。


生きる希望を求めて。医学の進歩を期待して。ほんの少しでも。それが一縷の望みであったとしても。


ほわりとした花あかりのやわらかさと、ハヤトの芯のある優しさに、勇気を貰えた気がした。



「ねえ、聞いてんの?」


「ああ、聞いてるけど、俺の好意をムゲにすんなよな」


「そういう訳じゃないけどさ。花びらが、ばさーーって落ちて、とにかく掃除が大変だったんだから!」

 

「じゃあ、お見舞いとか持ってくんなってこと? なんならこのカステラまんも持って帰って、うちで食ってもいいってこと? せっかくおまえのためだけに買ってきたのになあ」


そう言いながら、カバンから紙袋をすすすと出す。


「ちょっとお、そんなこと言ってないじゃん。ってかカステラまんってなんなの、めっちゃ気になるんだけど」


「あんまんのカステラバージョン」


「いやいやいや狂ってるな、そのコラボ」


「めっちゃ、もっさもっさするから、気をつけろよー」


「あんたのチョイスまじでやばい」


ハヤトは私に紙袋を預けて、じゃあバケツ返してくる、そう言って病室を出ていった。手元にある、カステラまんを見る。


袋についている表示。その表示を読み終わると、バケツを抱えて出て行った、ハヤトの後ろ姿が自然と思い出された。


「またまたまた〜〜まったくこいつはさー」


呆れてものも言えない。最寄り駅から10駅も先の、老舗和菓子店の名前。はあ? 45分もかけて、わざわざ買いに行くか? ふつー。


いや、桜の枝を嬉しそうに持ってきてくれた、ハヤトの姿を思い出す。だってタカの家だって、自転車で20分はかかるじゃない。


「なーんで、老舗和菓子店がカステラをあんまんの『まん』の中に入れちゃうかなあ」


目尻に溜まった涙を拭うと、スマホとスマホケースの間に入れこんだ、落ちた桜の花びらに、そっと手を伸ばした。




Daybreak


「タカーーまた今年も貰いにきたーー」


「おいぃ物を頼むときには、ちゃんと車から降りてこいや」


「めんどくさ」


「こっちのセリフだわ! はいはい今年も桜ね。ってか、うちの桜がどんどんハゲてくんだけど。ハヤトんちだって広いんだから、桜の樹、植えりゃいいのに」


「だって毛虫がつくだろ? 愛するうちの子たちが刺されたら大変だからな」


「俺はいいんかい!」


「相変わらずツッコミがひでえな」


「ほれ、ここ切るぞ。はい」


「うん。ありがとな。うちの奥さんたっての要望だからな。また来年もよろしくって。はいこれお礼」


「まじか。これ有名なやつじゃね?」


「そうそう。ただ、口の中の唾液、全部持ってかれるからな。喉に詰まらせんようにな」


「まじか。危険やんけ」


「うちの奥さんも喉に詰まらせたことがある。ただ入院してた時だったからな。ちょうど良かったけど」


「ちょうどて!」


「……じゃ、来年もまたよろしくな」


「おう、任せとけ」


「タカ!! おまえ、この桜の樹、くれぐれも伐採なんかすんなよな! 俺と俺の奥さんの愛の結晶だからよ!!」


「うちで育むなっつの!!」


「今のはナイスツッコミ〜」


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― 新着の感想 ―
どうなるのかな……。 そんな思いで、ちょっと心配しながら読みました。 ハッピーエンドの描き方。 主人公を登場させない、少し見る角度を変えたような、工夫された場面での物語の閉じ方に感心しました。 うまい…
拝読させていただきました。 ハヤトくん、元気で明るくて優しくて、魅力的ですね。
よかった……!ハヤトくん、ナイスでしたね!
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