第9話〜外交の座敷、内政の膝元ー
甲賀・伊賀の地を後にし、近江の本領—観音寺城へ戻った俺を待っていたのは、山のような文と、重臣たちの顔だった。
「若……いえ、義仲様。ご帰城、お待ちしておりました」
目の下に隈を作った家宰・後藤賢豊が、深々と頭を下げた。
「俺がいない間に、そんなに厄介ごとが増えたのか?」
「ええ……三好・浅井、両家から使者が参っております。さらに領国の訴訟も溜まっておりますので」
思わずため息が漏れた。
伊賀・甲賀の惣国一揆との接触は、六角家にとって小さくはない成果だったが……しかしながら領地は問題だらけか
“当主”の座にあるということは、そのまま政務の重さが肩にのしかかる、ということでもある。
政務:訴訟・年貢・国衆の調停
「まずは訴訟からだ。押し付けられたままにしておくと、民はすぐ疑心暗鬼になる」
「承知いたしました」
俺は机に置かれた文を手に取った。
—多賀郡での境界争い
—甲賀の郷士と寺社の年貢をめぐる訴え
—越前から逃げ込んだ浪人の処遇
どれも軽い問題ではない。
「寺社は年貢増徴を言ってきたか……。ならば、年貢の量は去年のまま据え置く。ただし、飢饉対策で備蓄米を増やす。甲賀の郷士には——“その代わり守護不入の権は尊重する”と伝えろ」
「相変わらず見事なお裁きでございます」
「褒めるな。まだ朝の一束目だ」
賢豊が苦笑する。
外交:三好氏の使者
訴訟を片づけたところに、三好氏の使者が通された。
痩身で鋭い目つきの男。名は三好政長の与力だという。
「六角義仲殿。三好家は将軍家を奉じ畿内の安定を図っておる。そちらも、細川晴元・浅井・北畠などの動きに備え、同盟を結ぶべきかと」
「なるほど、畿内の“安定”ね」
俺は笑った。
「その安定を壊してるのはお前たちじゃないか?」
使者は一瞬、目を細めたが、すぐに笑って見せた。
「戦国の世に乱はつきもの。御屋形(義仲)殿もよくご存じのはず」
「……言い方が気に食わん。だが、提案自体は悪くない」
近江は畿内に近すぎる。三好・細川・将軍家の争いの火の粉は、いつ飛んでくるかわからない。
だが、ここで全面的に三好に与すれば、浅井、北畠、そして幕府からの反発を受ける。
「三好家にはこう返せ。“六角は独立不羈の家。利あれば手を結び、害あれば剣を向ける”とな」
「……承知しました」
使者が去ると、賢豊がこっそり耳打ちする。
「義仲様、あれは相当に刺さる返事でしたよ?」
「良いんだよ。ああいう連中には、柔らかく言っても通じない」
それと三好長慶としては俺の事を警戒しての行動
だろうしね
外交:浅井氏の使者
次に通されたのは浅井家の使者だった。
さきほどの三好とは逆に、柔らかい物腰で言葉も丁寧だ。
「六角様。この近江の地において、我が浅井家と御家との仲は古く……。三好と組むことだけは、ぜひお控え願いたい」
俺は少し目を伏せる。
浅井家は北近江の覇権を狙っている。六角家にしてみれば“家臣のようで家臣でない”厄介な存在だ。
「浅井殿にはこう返しておけ。“六角は近江の総領。誰とも従属・服従の関係には立たぬ”とな」
「……畏まりました」
またしても使者が去り、賢豊が肩をすくめた。
「どちらにも従わず、どちらも怒らせない……。義仲様らしいお言葉です」
「怒らせてもいいさ。六角は六角だ。近江を守るのは俺たちだ」
浅井久政は領地は今は守り、いずれは六角氏から独立したいかもな…
内政:軍備と北畠への備え
政務の合間、重臣衆が城内の一室に集まる。
「義仲様、北畠の動きがやや不穏です。伊勢の国衆の一部が、六角の北伊勢進出を警戒している、と」
「向こうから仕掛けてくる気配は?」
「現状はありません。しかし……」
俺は腕を組んだ。
(北畠の城を一つ奪った件は、向こうにしてみれば“借り”だろうな)
「軍備は整えておけ。ただし挑発はするな。近江と伊勢の争いは、余所の家が笑って眺めてしまう」
「承知いたしました」 もう少し足軽や農兵を増やして巡回や見張りさせよう。
帰還後の一幕:俺と六角家
政務を終えた夕刻。
書類の束がようやく薄くなってきたころ、賢豊が言った。
「義仲様。当主としてのお務め……いかがですかな?」
「正直に言っていいなら……」
俺は机に突っ伏した。
「戦よりしんどい」
賢豊が声を出して笑った。
「しかし、これが“六角家の若き当主”の道でございますよ」
「わかってるよ。……でも、いつか“政務で人を斬るより、戦で斬るほうが楽だ”なんて言うようになるのだけは嫌だな」
「義仲様なら、大丈夫でございます」
その言葉に、少しだけ心が軽くなる。
—
こうして俺は、武の道だけでなく“政の道”も歩み始めた。
六角家の命運を握る当主として。
そして近江を守る“責”を背負う者として。
お読みいただき、ありがとうございました。
本話では、六角家当主となった義仲が、
三好氏・浅井氏との外交、そして家中の政務に踏み込み、
当主としての姿を少しずつ形にしていく様子を描きました。
六角氏は近江を中心に、多くの勢力と対立と協調を重ねた家であり、
若き当主が判断を迫られる場面は、史実を参考にしつつも
物語としての緊張感を意識しております。
伊賀・甲賀から戻った後の義仲が、
どのように家中をまとめ、外敵に備えていくのか——
次話も引き続きお楽しみいただければ幸いです。




