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伊賀の影ー静けさの底にあるものー

──甲賀・伊賀と六角氏の関係について──**

近江の南端に勢力を張った六角氏は、その支配を維持するため、周辺の自立性の強い地域――特に甲賀・伊賀と、たびたび協調と圧力を使い分けて関係を結んできました。

甲賀は古くから土豪が連合する「甲賀郡中惣」を形成し、六角氏の軍事行動にしばしば協力していました。

とくに六角高頼の時代には、甲賀衆は調略・奇襲・ゲリラ戦に長けた集団として重用され、六角家の防衛線の一角を担っています。

一方、伊賀は独自の惣国一揆が強く、六角氏の支配が及びきらない地域も多かったものの、交易や地理的利便からゆるやかな関係が保たれていました。

六角氏は伊賀国人の自治を一定認める代わりに、戦時の通路、密偵行などで協力を得ることも少なくありませんでした。

本編第8話では、こうした背景を踏まえ、義仲が伊賀へ足を踏み入れる場面を描いています。

六角家の若き当主として、彼が見る「同盟とも敵ともつかぬ土地」の姿と、そこで得る出会いをお楽しみください。




# **第八話 伊賀の影 ― 静けさの底にあるもの**


永禄元年(1558)秋。

甲賀の芝原しばはら衆との合流を終え、

俺たちはそのまま南へ向かった。


**伊賀**――

敵なのか味方なのか、誰もつかめない“影の国”。

甲賀のように派手な仕掛けも見せず、

ただ、森の奥で“見ているだけ”の連中だ。


芝原が肩をすくめて言った。


「若殿、伊賀は甲賀より厄介ですよ。

 甲賀は裏切るときは“裏切るぞ”って顔に出るが、

 伊賀は……静かに刺してきますから。」


「その例え、怖いんだが。」


芝原は笑ったけど、あれは本気だ。

この土地に入ってから、ずっと風が止まない。

木の葉が揺れ、枝のきしむ音が獣に聞こえた。


伊賀の地理 ― 山と谷と迷路


伊賀の山道はとにかく細い。

一歩滑れば谷底に消えるような“獣道”を、

甲賀の案内役が先頭で黙々と歩いた。


「……道、これだけか?」


「ええ。伊賀の土地は元々“攻められにくいように”作られてますので。」


甲賀の兵が答えると、芝原がボソッと付け足した。


「しかもこの辺は“見られてる”んで、話は小声で。」


「……敵はどこだ?」


「見えませんよ。見えるようなら、まだ優しい。」


ぞくりとした。

戦場で幾度か死線を越えたが、

ここはそれとは別の“気配が重い”場所だ。



忍びの影


昼すぎ。

細い尾根筋の上で、案内役が急に立ち止まった。


「若殿……囲まれてます。」


芝原が反射的に弓を構えた。

その瞬間――

木の上で、小さな影が揺れた。


チッ。


矢が飛んできた。

芝原が一歩早く俺の前へ身を出し、

矢を払い落とす。


「舐められてますね、若殿。伊賀の連中め……!」


「芝原、あまり刺激するな。ここで戦う気はない。」


そう言ったものの、

伊賀衆はあいかわらず姿を見せず、

ただ“動く気配”だけが周囲を巡っていた。


そのときだ。


六角義郷、森から現る


「その判断は正しいですよ、義仲殿。」


静かな声。

振り向くと、黒装束に身を包んだ一団が森を割って現れた。


その中心に、

*六角義郷。*


兄・義賢と違い、派手さはない。

けれど目が冴えていて、落ち着き方が異様だ。


「義郷様!? なぜここに……!」


俺が驚くと、義郷は微かに笑った。


「義仲殿の動きが読めましたので。

 伊賀を通るなら、ここだろうと。」


“読めました”と簡単に言うけど、

俺はまだ地形すら把握しきれてないんだぞ。


義郷は木々の上を一瞥し、

気配の主へ向けて短く告げた。


「姿を見せよ。六角の客人を脅かすな。」


すると本当に――

気配がほどけるように、木の上から伊賀衆が姿を現した。


芝原が驚きに眉を上げる。


「義郷様……伊賀衆を従えてるんですか?」


「従えている、というのは語弊がありますね。

 “互いの利益”が一致しているだけです。」


この人、武よりも“頭で戦う将”だ。

そう確信した。




伊賀の里での会合


一行は義郷に導かれ、谷奥の集落へ進む。

木造の低い家々が、まるで山に溶けるように並んでいた。


伊賀衆の頭領・百地頼重が、一歩前へ進み出て静かに告げた。

「若殿、六角家が北畠を押さえると仰せなら……

 その代わり、我ら伊賀の里へは決して手を出さぬ

 その約束、いただきとう存じます。」


義郷が俺の方を見る。

判断を委ねる、という目だった。


「俺は伊賀を焼く気も、滅ぼす気もない。

 ただ――六角家と敵対するかどうか、それだけだ。」


伊賀の頭領百地は目を細めた。


「六角義賢殿は……気が荒い。」


「ええ、兄は荒い。しかし俺は違う。」


義郷の声は柔らかいが、芯が鋭い。


「伊賀の地が荒れることは、六角家にとっても損。

 協力し合えるのなら、それが最善でしょう。」


話が進むにつれ、

義郷がまるで“水”のように場を整えていくのがわかった。


俺はあえて黙って観察した。

戦場とは違う。

これは――**交渉という戦**だ。


その最中、義郷がふと俺へ耳打ちした。


「義仲殿。あなたの母方……鈴木家ですね?」


「……知ってるのか。」


「伊賀と甲賀に深い縁がある家ですよ。

 あなたがここで生き残れるのは、偶然ではない。」


意味深な言い方だった。

でも、その真意を聞く前に会談は終わってしまった。

公家の血筋であると母君に聞かされたが甲賀と伊賀に関係あるとは思えないが…


夜 ― 義郷の“もう一つの顔”


宿営の夜。

伊賀の冷たい風が吹き抜けるなか、

義郷が焚き火の前で静かに言った。


「義仲殿。あなたは真っ直ぐすぎる。」


「よく言われる。」


「ですが、それは“人を動かす力”でもあります。

 兄・義賢殿にはない魅力です。」


火が揺れ、義郷の横顔を照らす。


「あなたを守りたいと思う者は多い。

 その価値を、どうか見誤らないように。」


……守りたい?

俺は兵を守る立場だと思っていたが、

義郷の言葉はどこか違う重さがあった。

兄上から褒め言葉なのか?


翌朝 ― 伊賀衆からの“試し”


出発の朝。

道に灰色の布が置かれていた。


中には――

伊賀の短刀。


芝原が言った。


「若殿、それ……“信頼”の証ですよ。

 伊賀が気に入った者にしか渡らない。」


義郷が微笑む。


「あなたはここで合格したということです。」


合格……か。

俺としては“ただ斬り合いにならなくてよかった”だけなんだが。


短刀を腰に差し、深呼吸した。


伊賀の山はまだ重い。

けれど、その奥に――

なんとなく「味方の影」を感じられた。


六角家の未来が揺れるなかで、

俺はまたひとつ、戦や義とは違う“学び”を得たのだ。




本話では、六角氏と伊賀・甲賀の微妙な距離感を物語に合わせて再構成し、義仲がその只中に立つ姿を描かせていただきました。

彼が出会う人々や、山深い伊賀の空気が、今後の展開を形づくる礎となれば幸いです

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