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第七話 甲賀の影 ― 鈴鹿の森にて ー



ー第七話 甲賀の影 ― 鈴鹿の森にて ー


永禄二年(1559)春。

観音寺へ戻って息をつく暇もなく、また厄介な報せが飛び込んできた。


「長野家の残党、甲賀に潜み候。」


青地の一言で、胸の奥が静かに冷えた。

甲賀——ただの山里ではない。忍びの里。地の利は完全に向こうだ。


「逃しておけば、また浅井のように牙を剥く。追わねばならん。」


自分でそう口にしながらも、心のどこかに重苦しいものが沈んでいた。


布施清秀が苦笑する。


「若殿、甲賀は戦と違いますぞ。

 ……地そのものが敵と申してもよい。」


「わかってるさ。それでも、放っとくわけにもいかない。」


刀の柄に触れながら、俺は息を整えた。



鈴鹿の森へ


春の山風は冷たいのに、どこか湿り気を帯びていた。

甲賀への道は細く、木々が互いに重なるように生い茂っている。

踏みしめる土は柔らかく、音を吸い込むようだった。


「……見られてるな。」


つぶやくと、青地が静かに頷いた。


「ええ。甲賀では、誰に何人見られているか、誰にもわからぬ……それが常です。」


冗談みたいな話だが、甲賀では本当のことだ。


(長野の連中も、こういう陰に潜り込んだんだな……)


敗者が行き着く場所。

そう思うと、胸の奥にざらりとした感情が残った。



甲賀の者


谷あいの小さな集落に入ろうとした時だ。

俺が一歩足を踏み入れた瞬間、空気が歪んだ。


「動くな。」


背に冷えた刃が触れた。

殺気は強い。しかし、殺す気はない。

“警告の刃”だと、なぜかすぐにわかった。


「……手荒い出迎えだな。」


俺がそう言うと、背後の声が低く答えた。


「六角の若武者だろう。ここはおぬしらの領分ではない。」


刃がわずかに離れ、ようやく振り向くと——

黒装束の青年が立っていた。

鋭い眼つきだが、理性の光がある。


「俺は芝原喜八。で、おぬしは?」


忍びにしては珍しく、名乗ってくる。

俺と同じ年頃かそれにしても目つきが鋭い…

「鈴木義仲。六角家の……まあ当主だ。」


青年の眉がわずかに上がった。


「当主がこんな山奥に来るのか。物好きだな。」


「俺もそう思ってる。普通の武士や大名なら来ないだろうな」


二人で少し笑うと、空気が和らいだ。



芝原の案内


芝原は集落の奥を指した。


「残党が甲賀に紛れたのは事実だ。

 だが、里に害をなすなら、こちらも許してはおかん。」


「手を貸してくれるのか?」


「……結果として、そうなる。」


芝原は道を示し、俺たちを導いた。


「ただし、甲賀の道は甲賀の流儀で歩いてもらう。

 勝手に踏み外せば、命はないぞ。」


「心得た。」


「素直だな、義仲。」


「生き残りたいからな。ここで死んだら色々な事を

残してしまうのとやり残す事は嫌いだからな!。」


「なら合格だ。」


芝原は珍しく笑った。


影の道


森の奥へ進むと、風も音も消えた。

まるで世界が切り替わったようだった。


突然、芝原が手を上げる。


「止まれ。」


直後、地に矢が突き刺さる。

一本、二本、三本——音もなく。


「囲まれたのか?」


槍を構えると、芝原が低く言う。


「違う。牽制だ。狙いが正確すぎる。」


(見逃すつもりか……?)

甘く感じるが…

その時、芝原が森に向かって叫んだ。


「出てこい、長野の残党ども!」


木々が揺れ、影から数人の男たちが現れた。

ぼろ布をまとい、憎悪を滲ませた目でこちらを睨みつける。


「六角……恨むぞ……義仲ァ……!」


「俺の名を知っているのか……」


次の瞬間、叫びとともに敵が斬りかかってきた。



甲賀の戦い


槍を突き出して一人を弾き返す。

泥が跳ね、視界が揺れた。


「義仲、右!」


芝原の声に反応し、斜めからの刃を受け流す。


(長野の時より狭い……間合いを詰めすぎるな。)


地形が複雑すぎる。

一瞬の油断で足を取られる。


「おまえら、こんなところで……!」


怒鳴ると、敵の男が叫び返した。


「俺たちは……捨てられた……六角に!!」


「捨てた覚えなんてねえよ!」


声が震えた。

敗者の行き場が、こんな山奥しかないという現実——

それをどうすることもできない自分が、悔しかった。


芝原が敵を短刀で制し、息を吐く。


「義仲! 殺すな、捕らえろ。

 話が聞けねば、次の孕みが見えん。」


「わかってる!」


やがて戦は収束し、残党は数名捕らえられた。



甲賀の縁


芝原は縄で縛られた男たちを見つめ、静かに言った。


「……おぬし、思ったより“情”があるな。」


「義を失ったら六角は終わる。

 俺なりに、守れるものは守るさ。」


芝原は僅かに笑った。


「気に入った、義仲。

 しばらくの間——甲賀は、おぬしに協力して

やる。」


その言葉が、森の冷たい空気の中で不思議と

温かかった。


(これが、“甲賀との縁”の始まりか……)


森を抜けた瞬間、鈴鹿の風がひゅうと鳴った。

それは、これから先の戦乱を告げる風のように

聞こえた。



第七話・あとがき

第七話では、義仲が初めて甲賀という「武家とは異なる理」を持つ土地に触れる場面を描きました。

六角家の武士としての価値観と、甲賀の者たちの現実的で独立した気質との対比が、今回の主題です。

新登場の芝原喜八は、その“甲賀らしさ”を象徴する人物として配置しました。

敵味方の区別が曖昧な土地で、義仲が出会う最初の「境界の外側の人間」です。

また、長野家残党との一件では、戦の裏にある「敗者の苦境」を描くことで、

義仲の誠実さと未熟さがより際立つよう意識しました。

次の伊賀編は、さらに複雑で深い“影の世界”へ踏み込む予定です。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

ここまで読んでくれた方、ブックマ・感想で義仲を応援お願いします!。

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