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ep.34 異様

「ふぅ…結構歩いたな」


〔轟風丘陵〕内部のひときわ高い丘の頂上で辺りを見渡す。

 ここまで遭遇したのは緑トカゲに緑狼、それと粘性が高そうな緑のスライム…


「ただでさえ風を遮る壁を作るのに魔力を食うのに、どいつも強めの火魔法が必要なのはキツイものがあるな…」


遭遇した3種の魔物のうちトカゲとスライムは通常の火柱でも討伐可能だったが、狼は通常のものだと範囲を広げて逃げられる前に焼いてしまうか、炎が青色になるまで火力を上げるかしないと倒せなかった。

 まぁ現在(いま)の魔力量なら魔物はまだ大丈夫だけど、問題は…


「んん…まだ遠い…」


魔域中央までの距離が異常なまでに遠い事だった。


またしばらく歩いて脱出門を見つけた。

今一度中央の魔力を探ってみるが、大して距離が変わっていないように感じる。


「うーん…今日はここまでだな」




「お疲れさん」


「おうお疲れさん」


魔域を出て、門番と挨拶を交わして昼のご機嫌な日差しを浴びる。

 …しかし気にかかるのが中央があまりにも遠すぎることともう一つ…


「あの狼…」


数日前遭遇した、探索者の遺体を貪っていた狼の群れ、その中で体が一回り大きく体色の濃い個体。

あれから一度も遭遇していないあの狼のことが頭の片隅にへばりついている。

 まず間違いなく強い。そして俺の魔力を感じ取ったっぽく気付いて逃げた。正直、緑狼相手は余裕がある。それの(おさ)程度なら負けないとは思っている。それだけの魔法を撃てる魔力があるから。だが奴がそれを感じて、理解して逃げたのであれば…


「…厄介だな」



―――――


「父さんはな、自分よりランクが低い魔物でも戦いたくないような奴がいる。どんな奴だか分かるか?」


川で釣りをしながら父さんの探索の話を聞いていると突然質問を投げかけられる。


「ん、見たことない魔法を使ってくる奴とか?」


 俺だったらそれはむしろ戦いたいけどね。


「うん、確かにそれは厄介だがそれ以上に嫌な奴がいる。それは、”頭を使う”奴だ」


「頭を使う…」


「そう。大抵の魔物は動物と同じだ。持っている力をただ振り回す。大きな牙があれば噛みつくし、鋭い爪があれば斬りつける。だが、”頭を使う”奴らは一味違う」


父さんは餌が外れていた釣竿を手元に戻して続ける。


「俺たち人間がこうして道具を使ったり、『引き寄せ』…このように、力を使うところを選ぶようにしてこちらを追い詰める。気付けばいつの間にかキツイ状況になってるんだ」


父さんは話しながら魔法で少し遠くの土の中から餌になる虫を捕まえ、手元に持ってきて釣り針に掛ける。


「そうしてこちらが不利になったのを見図らって、総力を掛けて襲ってくる。全く厄介な事この上ない。他の魔物と同じように戦ってくれればと何度思ったことか」


「へー…」


 ただでさえ魔物は人より強い力を持ってる。加えて頭を使ってくるとなるとそれはそれは厄介なんだろうな…


「そういう時、父さんはどうしてたの?」


「簡単なことだ…そいつらが講じる策を正面から叩き切ってやるのさ!」


父さんは決め台詞のように言い放った。


「…そんなんだから頭を使う魔物に辟易するんじゃない?よっ、と」


さっきまで釣れていたものよりも一回り大きな魚を釣り上げる。


「あ…うん…そういえば、母さんにも同じようなこと言われたな…」


「じゃ、俺もう明後日の分も釣れたし先帰ってるね」


竿を背負い、魚で満杯の籠を持って立ち上がる。


「え…あ、ああ。足元、気を付けてな…」


見送る父さんの籠の中では、小魚が一匹踊っていた。



―――――



「こちらで換金は終了です。お疲れさまでした」


「ありがとうございました」


 飯食ったらまた行くか…いや、どうしようかな…

お金とカードを受け取り集会所を出ようとした時、すれ違いざまに肩を掴まれ止められた。


「もしかして、あなたがアインか?」


止めたのは顔まで覆われた甲冑を着た探索者だった。おそらく声からして女性だ。そしてその後ろには屈強な男が付いている。


「そうだけど…何か?」


 いつぞやの時みたいに絡んできたのかな?


「…上で話そう。付いて来てくれ」


 …悪い雰囲気はしないし、大丈夫…かな?

とりあえず言われるがまま二階の飲食場に連れられ、端のテーブルに着く。


「私の名はレザン、Bランク探索者だ。彼は私の仲間でトーガという。彼も同じくBランクだ。見つけた動揺で名乗るのが遅れてすまない。そして、ズクスァ…私たちの仲間の遺品を届けてくれて、ありがとう」


レザンは兜を外し、トーガと共に深く頭を下げる。

 あぁ、この二人は彼の仲間か…


「…どういたしまして」


「では、対価は何が良い?金ならいくらかある」


 対価、か…正直魔法が欲しいけどここは…


「あの濃い緑の大きな狼について知ってることを聞かせてくれ」


 奴は放ってはおけない。そんな気がする。

トーガは眉間にしわを寄せて苦い顔をする。

レザンはゆっくりと頷いた。


「…あれは、いつも通り〔轟風丘陵〕を探索している時だった」



―――――



「今日は狼どもが少ないな…」


丘の溝をひたすら歩き進める中、ふとトーガが口にした。


「もう他の探索者が狩った後なのかもな」


「じゃあ今回は門見つけたらそのまま帰るか…む、二人とも、前から何か来る。多いな」


レザンとトーガがすぐにズクスァの前に立って構える。

道の先から現れたのは緑トカゲの群れだった。


「ん?向かってくるから狼かと思ったがトカゲか」


「ズクスァ!」


呼ぶよりも先にズクスァは前に飛び出す。


「任せろ。『烈風斬舞(れっぷうざんぶ)』!」


ズクスァが手を構えて唱えると風の刃を内包した球が放たれる。

先頭のトカゲに着弾した球は割れ、収めれていた強力な風の刃がトカゲの群れを斬り刻む。


「この数のトカゲが向かってきたことってあったっけ…?」


「ない。そもそもあの数が群れてるのも見たことないな」


3人は何か異様な空気を感じる。

直後、背後から狼の吠声が聞こえてくる。


「今度は狼だ!レザン、トーガ頼む!」


「任せてくれ」

「よっしゃやるぞ!」



死角を生じぬ3人の連携で5匹の狼を捌く。


「ふぅ。急に来たな」


「だな」


レザンとトーガは一息つこうと武器を降ろそうとする。

ズクスァも座ろうとしたが接近を感じ取り体勢を立て直す。


「っ!?二人とも!今度は挟み撃ちだ!」


「何だと?立て続けに…」

「骨が折れるってやつだな…!」


レザンとトーガはそれぞれ分かれてズクスァを守るように構える。

前方から1匹、後方から3匹の狼が駆けてきている。


「3匹だ!」

「こっちは1匹!」


「一匹なら相手出来る!レザン、後ろを頼む!」

「分かった!」


「『肉体強化』!『風の(よろ)ンブッ!?」


どこからか降って来たスライムがズクスァの顔を覆う。


「プハッ!『風の鎧』!」


ズクスァはなんとか口元のスライムを剥がして唱える。

魔力を含んだ風を纏い、その風を操ってスライムを完全に剥がした。


「急に降って…うわっ!」


上を見ようと顔を上げると目の前にスライムが降って迫って来ていた。

紙一重でスライムを避ける。


ガウッ!


いつの間にかすぐそばまで迫っていた狼が吠声を上げて脇腹に食い付く。


「ぐああああ!このっ…!「『太刀風(たちかぜ)』」!」


腹を食い千切ろうとすさまじい力で引く狼を風で作られた太刀が斜めに一閃。

狼の胴体は半分に断たれ、魔素となった。

戦闘音がしない背後を振り返るとレザンとトーガは疲労し、武器を地面に立てている。


「はぁ…はぁ…」

「はー、ふーっ…」


二人は外傷こそほとんどないものの、群れとの連戦で疲れが来ている様子だ。


「二人とも大丈夫か!?」


「ふぅっ、おう。俺らは大丈夫だ…ズクスァこそ、それの処置をしないと」


「見せて、私がやる」


レザンは腰元の袋から包帯を取り出す。


「すまない…」


レザンが包帯を巻こうとした時、どこからか狼の遠吠えが響く。

その直後、両側の丘の向こうから何体ものトカゲがこちらに向かってくる。


「っ…!?なんなんださっきから!」


「一旦逃げよう!こっちだ!」


3人は逃走を選択、ズクスァは腹の怪我など気にせずに走った。


「はぁ…はぁ…とりあえず、撒けたみたいね。なんなの…?」


「はぁ、くそっ!一体何が起きてる?今までこんなこと…」


「ふぅ…2人とも、悪い知らせがある…もう魔力が少ない。『風の護り』を維持するのだけでもあと2,30分ってところだ」


「なんだって…!?マズイな。すぐ門を見つけねば…!」


「ああ、急ごう」


「ズクスァ、それ…」


「!!」


その時、ズクスァの顔が歪む。


「っ…悪い知らせが一つ増えた…背後から何かの群れだ」


「おいおい…何の群れでも逃げるしかない!行くぞ!」


「っ…!」



少し走ったところで丘の溝が途切れてしまった。


「な…嘘だろ…」


「なんてこと…」


 『風の護り』を万全に出来る時ですら避けてる丘上の風を今の状態では…


「…」


 …ここまでだな。


「2人とも、これから2人に今出来る限りでの最高の『風の護り』を使う。僕が狼を足止めしてる間にこの高い丘を登って上から門を探し、脱出するんだ」


「えっ…そ、それじゃズクスァは…」


レザンはズクスァの肩に掴みかかる。


「ダメよ!一緒に帰るの!クユーゼを残して逝くなんてダメ!」


「そうだぜ…だから足止めは俺が」


殿(しんがり)を申し出ようとしたトーガにズクスァは首を横に振る。


「いいや、僕がやる。もう…ダメなんだ…」


酷い出血が止まらない腹を2人に見せる。

2人は言葉が出てこなかった。

ズクスァの言葉の通りに自分も思ってしまったから。


「なに…死のうってんじゃないさ。少し足止めした後に俺も逃げるさ」


ズクスァは青白い顔で無理にでも笑って見せた。

もう2人も止めなかった。

止められなかった。


来た道から勝ち誇った顔の大きな狼が数匹の狼を率いて現れた。

 なんだあの顔…まるで知性があるような…


「まさか…長生個体…?」


その絶望を前にレザンは声を震わせてしまう。

 まさか本当に居るとは…


「はは…さいごに噂でしか聞かなかった長生個体に会えるとは…ふぅーっ…『轟風を導き、仲間を守る風…風の護り』!」


優しく、美しい風がレザンとトーガを包み込む。


「さぁ行け…クユーゼには…ごめん、愛してる。と…」


「うん…必ず、必ず伝える…!」


「頼んだ…」


レザンとトーガは丘を駆け登り門を探す。

幸運にも二つ先の丘の頂上に門を見つけた。

門に向かって走る最中、大きな音がして振り向くとさっきの場所に龍巻(たつまき)が起きていた。

胸が張り裂けそうになるのを押し殺して走る。

門に辿り着き、ズクスァを待つ。

が、少しして『風の護り』が解け、2人は息も出来ない強風に晒される。

それでも待とうとしたレザンが浮き上がりそうになる。


「ぐうっ!もう…もうダメだ!!脱出()るぞ!!!」


トーガは飛ばされそうになったレザンの腕を掴んで一緒に脱出門をくぐった。

ズクスァは至極穏やかな心で2人を見送った。

前を見ると長生個体の狼がまるであざ笑うように狼を数匹引き連れてゆっくりと歩いてきている。


「はっ…余裕だなぁ長生個体よ。悪いが…そう易々と餌になってやるつもりはないぞ!!『風魔法』!!!」


残りの魔力を振り絞り、魔域を吹き荒れる轟風を操って無数の刃を形成し狼たちに浴びせる。

通常の狼たちは刃を浴び、倒れて魔素になったが長生個体にはそもそも当たらず、刃が避けて行った。

 当たってな…

長生個体が頭を振る。

肩から先が急に軽くなった。


「は?」


地面に目をやるとそこには自分の両腕が落ちている。


「は…はは、はははは!ここまで…ここまで違うものか!行くぞ長生個体!最後だ!」


長生個体が風のような速さで迫る。

大きく息を吸い込む。

 クユーゼすまない…先に逝く…


「『龍巻』っ!!!」


残った魔力が全て無くなり、魔力ではない何かが消費されるのを感じる。

ズクスァを中心に、かつて風を操る龍が敵を屠るために作り出したと言われる災害が発生。

災害はやがて勢いを失い、消える。

 もう…立つのも…やつは…?せめて…

目の前には見たことの無い半透明な緑色の防壁に覆われた長生個体が居た。


「あぁ…」


 そう…か。

ズクスァは力なく仰向けに倒れた。

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