ep.3 食と住と人
脱出門は大樹の裏にあったため来た道を戻る必要はなかった。魔域を出るともう日が落ちかけていた。周りには人影もなく静寂に包まれている。
魔域から出て緊張が取れたのか空腹感が出てきた。
思ってたより長く入ってたみたいだな。お腹も空いてきたし換金したら何か食べよう。
街に戻ると昼の賑やかさとは違う賑やかさが出迎えた。魔域帰りの探索者が買い物をしたり食べ歩きをしている。
集会所は昼間来た時よりも人が多く賑わっていた。自分と同じく軽装な人や重装な人まで様々だ。ほとんどの人は換金を終えて会話に興じている。
背負っていた袋を抱えて受付の列に並び、順番を待つ。
Eランクはさっきの感じ装備はいらなそうだから付けてる人はDかCランクなのかな。だとすればそこからはあれぐらいの装備が必要になるくらいの環境になるんだな。
少しして順番が回ってくる。
あれ、この人は…
「昼間はありがとうございました」
偶然にもここを担当していたのは昼間に手続きしてもらった人だった。
受付嬢は柔らかく微笑む。
「どういたしまして。では袋を預かりますね」
出魔品を入れた袋を手渡すと受付嬢は中身をカウンターに広げて検め、手元で何かを打ち込んだ。
「ふんふん……全部合わせて小銀貨1枚、大銅貨1枚と大白貨4枚となります」
受付嬢は引き出しからお金を取り出して手渡す。
結構貰えたな。やっぱりあの人形が高いのだろうか。
「ありがとうございます」
「ではカードに進捗を記録するのでカードもお願いします」
「はい」
受付嬢はカードを受付の右にある台にかざした。すると台がほんのり光った。
魔道具だ…どういう魔法なんだろ。
「これで記録完了です」
受付嬢からカードを手渡される。
「ありがとうございました」
受付嬢は礼を返す。
外に出るともう街灯が灯っていた。宿に入っていく人たちもちらほら居る。
そういえば宿取り忘れてた…お腹空いてるけどひとまず宿だ。ずいぶん遅くなったけど部屋空いてるかな…
集会所の近くで2~3件回ってみたがどこも満室だった。
この辺はもうほとんど空いてないだろうからちょっと歩いたところだと空いてるかもしれない。と教えてもらったし、集会所から離れてみよう。
集会所から結構離れたところで"蒼天の花"という看板が目に入った。飾りっ気のない外観は少し年季が入っているがなんとなく清潔感があった。
ここいいな…行ってみよう。
中は素朴なものの綺麗だった。奥の二つのテーブルにはそれぞれ2~3人が座ってなにやら話している。とりあえずカウンターにいる女性に話しかける。
「部屋空いてますか?」
「はい、空いてますよ。一泊大銅貨3枚です。何泊しますか?」
まだ宿変えるかもしれないしとりあえず3日でいっか。
「3泊でお願いします」
懐から小銀貨を1枚取り出してカウンターに出す。女性は大銅貨1枚と鍵を取り出す。
「じゃあこれがお釣りと、部屋の鍵です。お名前は?」
「アインです」
「アインさんですね。部屋は廊下の一番奥の右側です。この宿では外出するときは私に鍵を渡してもらって、帰ってきたときにお返しするようにしているので忘れないようお願いします。井戸は一番奥、正面の扉の先にあるのでご自由にどうぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
お釣りと鍵を受け取って部屋に向かう。
渡された鍵で部屋を開けて中に入る。部屋の中にはベッドと机と椅子があり、ベッドの横にはランタンが置いてある。
とりあえず荷物を置いてご飯食べに行こう。
宿を出て辺りを見回すとすぐ近くに”熊の背”という飯屋があるのを見つけた。
めっちゃお腹空いてるしもうあそこにしよう。
店内は程々の人数で賑わっている。
「らっしゃい!どっか空いてるとこ座って待ってな!」
厨房から店主と思われる声が響く。
「なっ…」
見えてもないし、この賑やかさで音が聞こえてるはずもないのになんで分かるんだ?
困惑しながらも言われた通り空いてる席に座って少し待つと、熊のような体躯の店主がかなりのボリュームの料理を持って来た。
何も聞かないで持って来た!?
「お待ちどお!」
料理を置いてそのまま厨房に戻っていった。
勢いがすごいな…てかうまそっ。
「…美味かった~」
料理を食べ終わったので店主を呼ぼうとすると、声を出す前に店主が厨房から出てきた。
今度は呼ぶ前に来た…
「お代は大銅貨2枚だ!」
先回りされることに驚きを隠せないままお代を渡す。
「なんで聞いてもないのにあの量を僕が食べれるって分かったんですか?あとさっきもまだ呼んでなかったのに…」
「俺の魔法と経験の賜物さ!」
店主は胸を叩いて言う。
「魔法…どういう魔法なんですか?」
感覚の強化とかかな?
店主はニヤりと笑う。
「…色々当ててみせようか。あんた、一見短剣でも振るってそうな体つきだが、魔法使いだろ?」
「はい」
「んで、Cランクだろ?」
「?違います」
「ん?スマンなもっと高ランクだったか」
「いや、Eランクです」
「んん?…スマンがカードを見せてくれるか?」
「いいですよ」
店主はカードを隅から隅まで見ている。
え?どういうこと?
「ハハッ!ってこたぁ期待の星だ!俺の名前はベールズ。あんたは?」
「アインです」
「アイン、短い間だろうがこの街に居るうちはここで食っていきな!安くするぜ」
カードを返し、ベールズは厨房に戻ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください。質問に答えてもらってないし、なんで俺が高ランクの魔法使いだと思ったんですか?」
「固有魔法が関係してくるから深くは言えん!じゃ、またな!」
ベールズは厨房に戻っていった。
なんだ固有魔法か…そりゃ言えないのも納得だ。
周りからヒソヒソと話している声と視線を感じる。なんだか居心地が悪いので席を立とうとすると声を掛けられた。
「アイン君って言ったね、Eランクって本当かい?」
声を掛けてきたのは体格のいい男性で、その後ろには気弱そうな女性が隠れるようにくっついている。
さっきの会話聞いてたのか。まぁ声デカかったしな…
「そうですが…あなたは?」
「ああすまない。僕がルークで、彼女がリズ。ランクはどっちもCだ」
Cランク…この街の魔域がCまでだからここにおいては最高ランクだ…一体何の用だろ?
リズがおずおずと口を開く。
「あの…店主さんがああやって読みを、は、外すところなんて、初めて見たの。そ、それに…」
リズと目が合うと、「ひっ」と声を出してルークの後ろに隠れてしまった。
えぇ…
「リズは人見知りだけど色んなことが気になるタイプでね。気を悪くしないでほしいが、彼女も君のランクが気になってね。良ければカードを見せてくれないか?」
「いいですよ。どうぞ」
カードを出すとリズはひょこっと顔を出して見る。二人はカードをまじまじと見て言う。
「ほんとにEランクなのね…」
「ほんとにEランクなんだな…」
最低ランクのカードをそうやって見られると恥ずかしいな…
「ところでアイン君、ランクの上げ方は知ってるかい?」
「登録する時に、出魔品か魔石をいくらか換金すると上がっていくって聞きました」
「そうなんだけど、正しくは換金するものには価値によって点数のようなものが付いてて、それを規定値まで貯めるとランクが上がるって言われてるんだ」
「点数、ですか」
「そう。つまり、早くランクを上げたければ中央の方で手に入る価値の高い物を集めると良いってこと」
「なるほど…役に立つ情報をありがとうございます」
「君が店主の言ってたとおりの人ならEランクに留まってちゃいけないからね。それとアイン君、そんなお堅くしない方がいいよ」
隠れていたリズが顔を出して続ける。
「うん…探索者は舐められると、た、大変だから…」
なるほど…そういえば母さんにそういう注意をされたな。忘れてた。
「そ、それにアイン君は私たちより強いだろうし…」
「うん?」
後半が良く聞こえず聞き返すと「ひんっ」と言ってまた隠れてしまった。
「…まぁこれからも縁があればよろしくね、アイン君」
「ああ、ルーク君、リズさん。こちらこそよろしく」
ルークと握手を交わして”熊の背”を後にする。
夕食を終えて部屋に戻ってきた。
「ふ~…」
なんか色々あって疲れた…明日も探索に行くつもりだし今日はもう寝よう。
手のひらを自分に向けて唱える。
「『洗浄』」
母に教えてもらった魔法で着ている服ごと体を綺麗にしてからふかふかのベッドに寝転び、眠りについた。