ep.29 洪魔
急いで男の元へ戻ると変わった様子もなく眠っていた。
魔力切れの気絶なんて無防備にも程があるからな…危ない危ない。
男を担ぎ上げて馬車へ戻り、オヌカと同じ荷台に寝かせてやる。
オヌカは来たのがアインだと分かるや否や怯えを隠せない様子だったがほっといて御者席に戻る。
ルーツの目の前まで来ると街を囲う壁の大きさを実感する。
ルファトとは比べ物にならないな…一体どうやって建てたんだろう…
門の傍に武装した門番が立っているのに気づく。
「ん?あれは門番か?」
「ああ、8か所ある門全部に居るぞ。ちなみに全員が特殊訓練所の出でな、俺は実際に見たことはないが魔法も剣技も超一流だとか」
「超一流の魔法…!」
一体どんな魔法を使うんだろう!やっぱり固有魔法かな?いや…
楽しそうに思案するアインの横顔を見てリュドゥは笑みを浮かべる。
…ついさっきあんな顔をして大男を締め上げてたのに魔法のことを聞いた途端これとは…全く変わった人だ。
「止まれ」
「あいよっ」
馬車が門番に止められ、リュドゥは降りて話をする。
男二人とあの子のことがあるから少し長くなるかもな…
しかしリュドゥが門番と軽く会話をしたかと思えば馬車はあっさりと検閲を抜けて街へ入っていく。
あれ、リュドゥが少し話しただけで通れちゃったな…
「…リュドゥってもしかして凄い人?」
「ん?いやぁただの商人さ。長い事やってるから門番ともある程度打ち解けてるだけだ」
「ふぅん…」
「じゃ、オススメの宿まで送っていくよ」
「いやいや悪いよ。名前と場所教えてくれれば十分だ」
「ここからだと歩くには距離あるし、どうせその辺りに用があるからついでに乗ってきな」
「すまんな。助かる」
「ただ乗せるだけだからなんてこたぁないさ」
「あそこだ。”癒しの止まり木”ってんだ」
リュドゥが指差した先には壁に彩りよく葉や花があしらえられた、大きな建物が見える。
「…綺麗だな」
「そうだろ?中も期待していいぞ」
馬車が宿の前に止まる。
「じゃ、これが今回の報酬だ。受け取りな」
ずっしりと重い袋を手渡される。
ん!?確か大銀貨4枚だったはずだけど…
中を確かめると大銀貨4枚分より明らかに多いであろう小銀貨が詰まっていた。
「ああ、小銀貨の方が使い勝手が良いからな。大銀貨は2枚にして他は小銀貨にしておいた」
「いや…確か報酬って大銀貨4枚だったような気がするんだが…」
「ん?俺はその袋にいつも通りの額を入れただけなんだがな…ま、ベールズに聞いてくれ。俺は知らん」
リュドゥは何か知ってる風だがまるで知らないかのように振舞っている。
ベールズ…全く世話になってばかりだな。
「…ありがとう」
袋を胸に抱えて頭を下げる。
「俺はそんなお礼言われることしてないがな。ま、あいつに伝えとくよ」
「ああ、よろしく頼む。リュドゥも、ありがとうよ」
「どういたしまして。あ、あとあいつらとあの子のことは任せな。んじゃ、またな!楽しかったぜ」
「俺も色々聞けて楽しかったよ。またな」
リュドゥと握手を交わして馬車を見送る。
「アイン!ありがとうな!楽しかったぜ!」
後ろに続く馬車からテレンバが拳を出して別れを言う。
「ああ。またな」
テレンバと拳を合わせる。
「おう!」
馬車は街の奥へ進んでいった。
「…さて、まずは荷物置きにいくか」
振り返って”癒しの止まり木”の扉を開ける。
「いらっしゃい!一人かい?」
恰幅の良い女性が出迎える。
「ああ。空いてるか?」
「む、その袋…ああ、あんたがアインかい?」
女性はさっき貰った報酬が入った袋を見て思い出したように言う。
袋?
「そうだが…」
「リュドゥの手紙で先に聞いててね。おいで、部屋取ってあるから」
至れり尽くせりだな…次会った時には何かお礼しなきゃな。
案内された部屋は4階の一番奥の角部屋だった。
「ここだよ。さ、入りな」
女性は扉を開けて、入るように促す。
「おお…」
中は少し広めで、机と椅子に、クローゼットやベッドなど完備されていて大きな窓からは光が差し込んでいる。
綺麗だし広いし家具が揃ってるとは…まるで家みたいだ…
吸い寄せられるように部屋に入り、窓を開けて外を眺める。
この辺りは地形が少し高いのに加えて、周りの建物はみんな一階建てか二階建てのため遠くまでよく見える。
向かいの壁があんなに遠い…
「本当に大きい街…」
建物が無数に並んでいる中に円柱状の石造りの建物がいくつかあることに気付いた。
あれは…?
「部屋は気に入ったかい?」
「ああ。良い部屋をありがとうってリュドゥに伝えてくれ」
「次会った時にでも言っとくよ。で、料金だが一泊素泊まりは大銅貨4枚。朝飯と夜飯付きだと大銅貨6枚だ」
どっちにするか…ここの飯の量がどれくらいかによるな…
「でもあんたはベールズのとこに通ってたって聞いたから素泊まりにして飯は別にした方がいいと思うよ。あそこほどの量は出ないから」
「そうなのか。それなら素泊まりで頼む」
これから高ランクの魔域に行くようになれば魔力の消費が増えて食べる量も増えるだろうしな。
「あいよ。先払いと後払いはどっちがいい?」
「いつまで居るか分からないし後払いで頼む」
「じゃあこっちで日数の記録は付けておくわ。それと出掛ける時は鍵は受付に預けていくように。あと、集会所はここを出て右にまっすぐ行けばあるからね。じゃ、後は好きにしな」
女性は軽く手を振って部屋を去って行った。
出て右か。
報酬の入った袋を机に置く。
「まずは集会所で魔域の情報収集からだな」
「集会所もデカいんだな…」
集会所前の広場で集会所を見上げて呟く。
ぱっと見でもルファトの集会所よりも二回りは大きいように思える。
それに…良さげな装備の人が結構居るな。
振り返って見渡すと広場中央の噴水の縁や、周りのベンチに装備を着た人が座って話している。
その中には一際輝く装備を着た者もちらほら見られた。
「みんなどのランクなんだろうな…」
目の前に前触れなく背中が現れる。
「うわっ!?」
現れたのはナザだった。
「ん?おおアイン君じゃないか。む…」
ナザが何かを感じ取ったように右方向に注意を向ける。
「?どうしました?」
「…”洪魔”だ。街の外だが…」
「え!?”洪魔”って…」
「…いい機会だな」
ナザは早歩きで集会所へ入っていく。
”洪魔”だって…!?
――――――――――
慌ただしい声にアインは目を覚ます。
「ん…あれ…?まだ暗いじゃん…」
いつもはみんなが活動し始めるその声で目を覚ましているため、目を覚ました時は明るいのがお決まりだった。
聞こえてくる声も何やら緊迫感が乗っている。
「…?」
いつもの寝起きからは考えられない早さで起き上がり外へ飛び出す。
周りの家の玄関には同じように起きた子供たちが心配そうに一方向を向いている。
村の入り口の方で松明を持った村人たちが集まって何か話し合っている。
急いで駆け寄って外側に居た人に話を聞く。
「ねぇ、何かあったの?」
「おおアイン。どうやらそんなに遠くないところで”洪魔”があったらしくてな…飲み込まれた村の生き残りがここまで駆けてきたんだ」
こうま?
「話し合ってる暇はない!!早くあんたらも逃げるんだ!!」
必死の叫びが入口から響く。
人の間を抜けていき入口を見ると無数の切り傷に覆われて血まみれの男が村の女性に介抱されていた。
「うっ…」
刺激の強い光景に気分が悪くなる。
「俺の村には力自慢に魔法自慢もいたがみんな死んだ!!逃げるんだ!!今なら間に合うかもしれない!!」
男は血を辺りに飛び散らせながら必死に退避を促す。
混乱気味になっていた村人たちの中から長剣を腰に携えた一人の男が血まみれの男へ歩み寄る。
父さん!?
「ランクはどんなもんだ?」
父さんは片膝を地面に着けて男へ質問する。
「…多分Aはあるだろう…うちの腕が立つ連中はCかBだったから…」
男はうなだれて答える。
「そうか」
父さんは一言返すと村を出るように歩みを進める。
「あんたまさか”洪魔”を止めようってんじゃないだろうな…!?」
父さんは足を止めて横顔を向ける。
「止めるってより狩る、の方が正しいと思うがな」
「無理だ!!あんた一人でどうにかなる数じゃないしそれに…」
「ヌシだろう?」
「…この傷はヌシにやられたんだ。一瞬だった…もしあれがヌシじゃなかったら尚のこと…!」
「…尚のこと、狩りに行かないとな」
父さんはアインを一目見ると駆け足で村を出て行ってしまった。
アインは大人たちの話についていけずただ立ち尽くして父さんを見送った。
静まり返った場に一つの足音が鳴る。
足音の主は母さんだった。
母さんが男の前に膝立ちになり手を取る。
「『縫合』」
母さんがそう唱えるとまるで縫われるようにして無数の傷が塞がっていく。
あれは母さんがいつも服に使ってる魔法と同じ…?
「こ…これは…!?」
「はぁ…ふぅ…とりあえず塞ぎました。でも、少しでも動けばまた開くので、安静にしててください。引き続き巻いてちょうだい」
手が止まっていた介抱していた女性に指示を出して母さんは立ち上がり、アインの元へ行く。
母さんはアインを優しく抱き寄せる。
「びっくりしたよね。でももう大丈夫。さ、帰って一緒に寝ましょ」
「あ、うん…」
母さんに手を引かれて家へ帰る。
こうまって何だろう…それにさっきの母さんの魔法も…
色々と聞きたいことはあったが家に帰った途端眠気が復活して母さんと一緒に寝てしまった。
朝起きると母さんは先に起きていたようで料理の音が聞こえる。
そういえば父さんは…
隣のベッドを見るが誰も居ない。
リビングに行っても台所で母さんが料理をしているだけで父さんの姿は無い。
とりあえず席について朝ご飯を待つ。
「母さん。”こうま”って何?」
朝ご飯を食べ終えてから母さんに聞いてみる。
「そうねぇ…あ、そうだ。こっちへいらっしゃい」
洗い物をしていた母さんは手を止めないでそのまま手招きする。
台に乗って洗い場をのぞき込む。
「そしたら、このコップが魔域だとして、水が魔力ね?」
「うん」
「魔域は魔力を魔域内に生み出し続けてて、魔物とか出魔品を作ったりするのに魔力を使うの。そして探索者がその魔物を倒したり出魔品を回収していく…そうするとこうやって、魔力を生み出す、魔物とかを作る、それを探索者が回収する、魔力を生み出す、魔物とかを作って…って感じで魔力が溢れないようになってるの」
母さんはコップに魔法で指先から水を注ぎながら時々傾けて水を流す。
「へぇー…」
「でも、探索者が行かないとどうなると思う?」
母さんは水をコップに注ぎ続ける。
「溢れる」
「そう、溢れるよね」
コップから水が溢れ出す。
「こうやって魔力が溜まりすぎて外に溢れてきちゃうのが”洪魔”なの」
「はえー…でも魔力が溢れるだけなら大丈夫なんじゃないの?」
「それがね…魔力が溢れるとそれと一緒に魔物も溢れて外に出てくるの。それもたっくさんね」
「…」
昨晩の緊迫した雰囲気を思い出す。
「洪魔は地揺れとか雷とかと同じ災害よ。もし洪魔が近くで起きたら真っ先に逃げるのよ。いい?」
「うん!」
「良い子ね。あ、あと父さんは今日中には帰ってくるから。いつも通り遊んでらっしゃい」
「ん、分かった!」
アインは外へ駆けて行った。
「ただいま!アインは?」
日が落ちる手前のころに父さんは帰って来た。
「私たちの部屋にいるわよ」
「もしかして…俺のことが心配で魔法もやらずに部屋で待って…?」
「全然。むしろ逆よ。いつもより派手に遊んだから疲れ切っちゃって寝てるだけ。部屋は間違えただけみたい」
「あ、そっ…か……水浴びしてくるね…」
父さんはしょぼくれた顔で外へ引き返した。




