ep.28 怒り
ー10日目ー
太陽が頂点に上ろうとする頃、アインを乗せた荷車は丘をゆったりと進む。
「…アインとの旅も今日で終わりか。短かったな」
リュドゥは寂し気に言う。
「いや10日は長いだろ」
「いやいや、お前もおっさんになれば気持ちが分かるさ」
「そういうものか?」
「俺だってアインと同じこと思ってたからな。そういうものさ」
「ふーん…」
…やっとルーツに着くのか。一体どんな魔域があって、どんな魔導書が手に入るんだろうか!
「おっ見えてきたぞ!あれがルーツだ!」
丘を越えるとルファトのものよりも立派に見える大きな壁が現れた。
端が見えない…!
「あの壁が街を囲う壁か?」
「ああそうだ。デカいだろ?」
「ああ…想像以上だ」
こんな大きな街があるなんて…
壁を越えて見える一つの建造物に目が行く。
「あれは…城?」
「あれはルーツ城。国王様が居られる城だ」
「へぇ…」
国とかそういうの気にしてなさ過ぎて知らなかったな…村…フィンクスはどうなんだろ。どこかの国の領地だったりするのかな。
「なんだ知らないのか?ルファトだってこの国、ガラクーナの領地だぞ?」
「あの距離の街も治めてるのか」
「そりゃガラクーナ王国は大きいからな」
「ふーん…」
「はっ、全く興味ないって顔だな。さすが魔法好きだ」
「魔法以外のことはあんまり興味がわかなくてな」
「ガラクーナは魔法と深く関わりがある国だぞ?」
「ほん?詳しく聞いてもいいか?」
素早い手のひら返しにリュドゥは口角を上げる。
「いいとも。まずこの国は固有魔法を重視しててな、それも身分の壁が今よりも高かった当時、初代国王様は有用な固有魔法持ちを身分関係なく雇い入れ、あっという間に大国にしてしまった…という話があるからなんだ」
「…そうなんだな」
固有魔法…
「それこそ昔はその魔法の質によって貴族の階級を定めていたんだとか。いつからかその決まりは無くなったらしいが、今でも流れを引きずる者も少なくないらしい」
固有魔法次第で階級が…
「まぁそれくらい固有魔法を大事にしてる国ってことだぁな」
「…もし使いにくい固有魔法だったらどうなるんだ?」
「ん…言いにくいが…ルーツ内じゃ、少なくとも良い扱いは受けない。今でこそマシにはなってきているが、昔は酷いもんだった…」
リュドゥは悲壮感漂う目で遠くを見ている。
「…聞いて悪かった」
「ああいや、気にすんな。それより、街に着いたらまずは拠点になる宿探しだろ?良いところを知ってるんだが紹介しようか?」
露骨に話を逸らしたな…悪いことをした。
「おう、助かる」
自分の足だけじゃ良い宿に巡り合えないかもだしありがたい。
「じゃあルーツ入ったら宿屋の前まで送っていくわ」
「ありがとう」
「いいってことよ」
ーーーーッ!!
左の森から助けを呼ぶような、叫び声のようなものが聞こえてくる。
!?そう遠くない!
「『強化』!」
『身体強化』を施し、まだ動いている馬車から飛び降りる。
「おい!?どうした?ここで止まっておくからな!」
リュドゥが後ろから声を飛ばす。
「ああ!すぐ戻る!」
全力で森へ駆ける。
「何だってんだ…?」
森を駆ける最中も声のようなものは聞こえてくる。
何なんだこれは…?聞こえるというより体に響くような…分からんが確かに俺を”呼んでる”…
足を何かに引っ掛け、転びそうになる。
「うわっとおおお!?」
転ぶかと思った瞬間、足が上に引っ張られ宙づりになる。
足首を見ると縄が結ばれている。
罠!?
「掛かった掛かった!」
「今日もマヌケが一匹。いくら持ってるかな?」
背後から二つの足音と男の声が寄ってくる。
何なんだ?口調からして魔動物用の罠に間違って掛かったわけじゃないらしいな…
「『風鎌』」
足を結んでいる縄を『風鎌』で断ち切る。
地面に立ち振り返ると、荒くれな恰好をした大男とゆったりした服装の細身の男が居た。
「あぁ!?コイツ!」
大男が拳を振りかざす。
「『壁』」
突然野蛮な奴だな。
大きな鈍い音を立てて拳が『魔力壁』に激突する。
「硬っっ…てぇ!つぅ~…」
男は肩を痛めたようで手で押さえている。
「どいてろ。『乱切り』」
もう片方の男が魔法の気配を放つと『魔力壁』が斬り刻まれバラバラになる。
「うおおお!?」
なんだ今の魔法!?風魔法じゃない!
「ぐっ…!うぅ…な…どういう…?」
魔法を放った男が突如ふらつき、片膝をつく。
ん?
「どうした!?」
男達は混乱している様子だ。
とりあえず今の魔法について聞きたいしまずは捕縛だな。それに良い魔法は…そうだ教えてもらったのがあったな。
二人を後ろ手に縛るイメージをして唱える。
「『縄縛り』」
「うおっ!」
「ううっ…」
二人は突然後ろ手に縛られ、大男はバランスを崩すが持ち前のフィジカルで耐える。
細身の男は耐えきれず横に倒れる。
「テメェ!何しやがった!」
大男は怒りを露わにしている。
「や、やめろオヌカ…!敵う相手じゃ、ない…」
細身の男は魔力切れを起こして戦意喪失している。
「…分かった」
オヌカと呼ばれた大男は悔しそうな顔を見せるが、細身の男の言葉を聞いてあぐらで座る。
「じゃあ…まずあんたが使った魔法について聞かせてくれ」
「ああ…あれは、俺の固有魔法…『切断』だ」
なんだ固有魔法か…教えてもらえないじゃん…
「てかそのままじゃ喋りにくいよな。よっと」
顔を地面につけて倒れていた細身の男を起き上がらせてすぐ傍の樹に寄りかからせる。
細身の男は襲ったはずの相手に労わられて困惑した様子を見せる。
「それで?どういう魔法なの?」
「…俺が想像した通りに…対象を切る。それだけだが…それだけが故に、使い勝手が良い…」
細身の男は喋るのも大変そうに肩で息をしながら話す。
…それってとんでもないんじゃないか?
「想像さえ出来れば何でも切れるのか?」
「出来れば、な。そう上手くいかないことも、多い。それこそ…今みたいに、対象が頑強すぎると…魔力がガッツリ持っていかれて…今みたいなザマになるのさ」
「なるほど…」
想像通りにするために魔力が足りないと魔力切れになるのか…初めて見る相手には使いにくいかもな。
「ふーむ…いやぁ面白い!ありがとうな!」
細身の男の手を取って握手する。
「ハッ…」
男は苦笑いを浮かべると体力を使い果たして気絶した。
前方の少し先から何かが倒れるような音が聞こえた。
なんだ?
前を見ると枝が揺れている。
近寄ってみるとそこにはボロボロな服を着た少女が倒れていた。
「おい!大丈夫か!」
少女は険しい顔をして眠っている。
よく見ると四肢に切り傷や痣がいくつも付いている。
「…酷いな」
「う…」
少女が目を覚ます。
「お!大丈夫か!?何があった?」
「痛…あ…ふ、二人に捕まって…無理矢理、私の『呼び声』…で、何度も悪い事を…手伝わされて…」
無理矢理魔法を…それに言い方からしておそらく固有魔法…
「…分かった」
少女を抱え、足を踏みしめて二人の元へ戻る。
「あっ!この女!話が違ったぞ!おい!どうしてくれんだ!」
オヌカは威勢よく少女に食って掛かる。
少女は怯えて震えている。
二人、特にオヌカから離れた位置に樹にもたれかかるようにして少女をそっと座らせる。
「…『壁』」
念のため『魔力壁』で少女を囲い、オヌカへ歩み寄る。
「…なぁ、なんでこういうことをするんだ?」
「あ?」
怒りで魔力が溢れそうになるがこらえる。
「大方、彼女の魔法で獲物を呼び寄せ、罠で捕らえて好き勝手するってところか?」
「ああ?だからなんだ?」
「狩りには良い作戦だな?無理矢理魔法を使わせてること以外は」
オヌカの胸倉を掴んで持ち上げる。
「ぐっ!」
「村じゃ賊は”魔域送り”だったが、この辺りの魔域は知らないし…そうだ、その腕を使えなくしてやるか?」
「ひ…!」
「やっと見つけた!こんなとこまで来て何を…っ!?」
リュドゥが心配して探しに来た。
「ああリュドゥ。さっきこの男二人が俺を罠にハメてな。身包みを剥ぐつもりだったらしい。加えてその少女に、魔法を使った悪行を何度も強要していたときた。どう処分したものだろうか?」
「…こいつらはルーツに連れて行って裁いてもらう。だから、その手を離してくれ…」
リュドゥは慎重に話す。
裁く、か…まぁリュドゥには世話になってるしな。
「分かった」
オヌカから手を離す。
地面にへたり込んだオヌカは怯えた表情で呆然としている。
リュドゥは内心、胸をなでおろす。
「テレンバは馬車で待機している。こいつらを連れて戻ろう」
「ああ分かった」
リュドゥはオヌカを立たせて腕を掴んで連れて行く。
あの子と『切断』持ちの男を二人いっぺんに連れて行くのは難しいな…あの子に『治癒』をかけてあげれば歩けるくらいにはなるかな?
少女に片膝立ちで目線を合わせる。
「ご、ごめんなさ、い。巻きこんで…」
少女は涙ぐんでいる。
「謝らなくていい。それよりその怪我だ」
「痛ッ…ッ…!」
手を取り腕に触ると痛むようで大きく反応する。
生傷も…
怒りがふつふつと湧きそうになるが冷静に自分を落ち着ける。
…今は『治癒』に専念しよう。
どこも傷だらけで元の姿が分からずなんとなくになるが綺麗な肌をイメージする。
「『治癒』」
大量の魔力が消費され、見る見るうちに傷が治っていく。
「え?え!?」
少女は驚きの声を上げている。
「ぐっ…くぅ…ッ!ハァッ、ハァッ…フゥー…」
魔力切れ一歩手前まで魔力を使い、元々傷などなかったかのように見えるほどにまで回復させた。
「…痛くない。痛くない…!今のは…貴方が…?」
「ああ、どこか…変なところは、無い?ふぅー…」
「あ…ありがとう!!」
少女はすっかり痛みがなくなった四肢でアインに飛びつく。
「うわっと!っとと…」
押し倒されそうになるがなんとか耐える。
「本当に…本当にありがとう…!」
少女は大粒の涙を流して感謝を表している。
何も言わず、優しく抱き返してあげた。
「…行こう。さ、立って。付いてきて」
少女が落ち着くまで少し待ってから手を離して立ちあがり、手を取り立たせてあげる。
「うん!」
「すまん、遅くなった」
少女を連れて馬車のもとへ戻る。
「いや、そんな経ってねぇさ」
「じゃあこの子はどこに居てもらうか…」
「あぁそしたら御者席のすぐ後ろの荷台にでも…ん?あのもう一人の男はどうした?」
「…あっ」




