ep.19 対価
外は丁度日が落ちたころだった。
ん、まぁまぁ経ってたか。
「あ、師匠!痛ったァ!」
男性は師匠と呼ばれた鎧を着た長身な女性に頭を引っ叩かれている。
おお…
「テメェ!ずいぶん遅いと思ったらこんな体たらくで!この程度の魔域で何してんだ!」
「ち、違うんすよ!今回なんか見たことない魔物が居て…」
続いて引っ叩こうとしていた手が止まる。
「…見たことない魔物?」
「はい。トゲの生えた歩き木と白い鳥が…」
あ、トゲ歩き木も見たんだ。
女性は訝し気な顔をしている。
嘘ついてると思われてる?
「あの、本当に居たぞ?ちょっと一旦いいか?」
男性を座らせてやって袋から二つの魔石を取り出して見せる。
「これが証拠だ」
「いや、証拠も何もコイツのことは信じてるさ。そいつらは多分”長生個体”だ」
「長生個体…ってなんすか?」
長生個体…いつか父さんが言ってたような…?あ。あれだ。
「魔域内で長生きすることで魔力を得続けて強くなった個体、だっけ?」
「そうだ。そいつらに遭ってよく生きて帰…いや、なんなら倒したお前は何者だ?」
女性はこちらに不信感のこもった目を向ける。
「普通に探索者だよ」
「ランクは?」
「Cランクだ」
「Cランクか…まぁ半分納得か」
半分?
「あなたCランクだったんすね!どおりで強いわけだ!」
「…まぁ色々聞きたいことはあるが、短く済ませよう。私は弟子を助けてもらい、コイツは命を救ってもらった。いくらだ?」
「え?」
いくら?
「今手持ちは大銀貨3枚だ。足りなければ体で払う」
はい?
「体って…!?何言ってんすか師匠!この人はあ痛ったァ!」
女性は音が出るほどの力で男性の頭を引っ叩いて胸倉を掴む。
「いいか!私がいつも探索者に手を貸すな、貸されるなって言ってるのはな…こういうことがあると金じゃ済まされないからだ!」
女性はそう言い放ち、手を離した。胸倉から手を離すとき、一瞬だけ辛そうな顔をのぞかせた。
「師匠…」
「それで?どうする?」
「いや、金は別に…」
「じゃあ体か…」
そう言いながら装備を外し始めた。
「いやいやいやそれもいいです!」
思わず敬語が出てしまった。
「じゃあ…一体何が望みだ?」
女性は手を止め、困惑した顔をしている。
正直何か欲しくて助けたんじゃないし要らないんだけどここは…
「魔法だ!」
貰えそうなら貰いたい!
「魔法…というと魔導書か?」
「そうじゃなくても俺が知らない魔法ならなんでもいいから一つ教えてくれ!」
「…私が教えられる魔法なんて少ないしどれも実用的ではないが…」
「なんなら実用的じゃなくていいよ」
「…なら、『草の色を変える魔法』というのはどうだ?」
おっ!
「聞いたことないね!教えてくれるか?」
「あ、ああ。名前は『彩り葉』」
実用性皆無な魔法に食いつくアインに少し引きながら続ける。
「さっき言ったように草の色を変えるだけの魔法だ。使う時は、名前に色を付け足して唱える。『彩り葉・赤』」
女性が屈んで足元の草に手をかざして唱えると、一株の草の色が根本から赤色に変化していった。
「おお〜!」
侵食するように色が変わった…
「まぁこんな感じだ」
「イメージはどうしてる?根っこから色が変わるイメージ?」
「そんな細かいイメージは要らない。ただ色を思い浮かべるだけ」
「へぇ…」
本当に簡単な魔法なんだな。
「じゃあこうして手をかざして…『彩り葉・青』!」
言われた通り色だけ思い浮かべてやってみるとほんの少しだけ魔力を消費し、赤色だった葉が青色に変化した。
「お〜!緑色じゃない草ってなんか面白っ!良い魔法をありがとう!」
「でも変わるのは見た目だけで味が変わるわけでもない。それに効果は長く続かないしで実用性なんて無いぞ?こんな魔法で良かったのか?」
「ああ!十分だ!」
「あなたって変わってるんすね!」
「恩人に何言ってんだいアンタは!」
また同じように頭を引っ叩かれている。
「で、本当にこれだけでいいんだね?二言はないね?」
女性は圧をかけるようにして言う。
「ああ!」
「…Cランクなのにこの魔域に居たってことは何か目的があったんじゃないのか?」
「あーローブ…」
そういえばローブ取りいったんだったな。でもまぁいつでも取りに行けるしな。
「別にいいや。明日また行けば良いし」
「……全く。あなたのような人は初めてだよ」
少しの間、女性は訝しげにこちらを見ていたが、表情が和らぐ。
「やっぱりあなたは今まで会ってきた探索者とは違いますね!」
「違う?」
「探索者ってのは自分の利益のためだけに行動するものっていうのが普通だからな。あなたのように人のために行動する奴なんざ超少数さ。特に、人が多い大きい街なんかじゃな」
「あぁ…」
父さんも大きい街では気をつけろって言ってたしな…
「人を助ける良い奴かと思えば対価に大金を要求する奴も居る。あなたもその類かと思って疑ってかかってたんだ。すまなかった」
女性は頭を下げて謝罪する。それを見て男性も頭を下げる。
「いやいやそう警戒するのが普通なんだから。顔を上げてくれ」
「ありがとう。そう言ってくれると助かる」
「気にしむわっ、と」
門のすぐ前で話していたせいで門から出てきた人とぶつかって転びそうになる。
「おっと!すいやせん!大丈夫すか?…ってアンタこの前の!」
「?…あっ!あんたか!」
ぶつかったのはこの前、カーラに殺されかけた人当たりのいい人だった。
「また会うなんて奇遇っすね!ってあれ?師匠にルイじゃないっすか!どうしたんすか?」
この人を師匠って呼ぶってことは…
「相変わらずやかましいなアークル」
「それが取り柄っすから!んで、何してたんすか?」
「ルイが彼に助けてもらってな。その話をしてたところだ」
「そうだったんすね!ルイ、大丈夫か?」
アークルはすぐにルイに歩み寄って片膝立ちで目線を合わせる。
「ああ!長生個体に襲われてもうダメだと思ったところに彼が颯爽と現れてな!長生個体もちょちょいのちょいだったんだ!しかも治療もしてもらって…彼は凄い人なんだ!」
「…ありがとうございます」
アークルはこちらに向き直ったかと思えば、さっきまでの楽観的な雰囲気から打って変わって真面目な顔で頭を下げた。
「え!?」
急に雰囲気が…
「ルイは自分の1番の友なんです。自分は長生個体の恐ろしさをこの身で知っています…本当に、本当にありがとうございます…!」
顔を上げたアークルの目には涙が滲んでいた。
後ろから女性が頭を撫でてやっている。
「ああ、どういたしまして」
アークルと握手を交わす。
「…さて、そろそろ行こうか。ルイ、立てるか?」
「立つのはいけそうですけど歩くのは厳しいっす」
「あ、それ治し切ろうか?」
もう今日は何も予定無いから魔力切れになっても良いし。
「え!いいんですか!?」
「そういえばあなた治すって一体…」
「まぁ見ててくださいよ師匠!」
「なんでルイが得意げなんだよ…」
座るルイの前に片膝立ちになり、さっきと同様に無事な方の足首を触ってイメージを固める。
さっきは急いでてあまりイメージ固めきれなかったからな。今度はしっかりやって消費を少しでも抑えよう。
「うん。よし…『治癒』」
止血こそしたもののまだ深かった傷にどんどん肉が盛って皮膚が繋がり、跡も残さず完治した。
「ふぅー…ぅおっとと…」
一瞬気絶しそうになり後ろに倒れそうになる。
「大丈夫すか!?」
すかさずアークルが背中を支えてくれる。
「ああ、ありがとう。ふぃー…どう?立てる?はぁ」
「おお!触っても痛くない!立つどころが走れますよー!」
ルイは門の周りを何周もして嬉しそうにしている。
「…立てるっすか?」
アークルはそんなルイを尻目に肩を貸そうとしてくれる。
「少し待てば、大丈夫。ありがとう。ふぅ…よっ…と」
力が入りにくいながらも立ち上がり、少し足踏みをして状態を確認する。
魔力切れだけどそこまで酷くないな。これなら大丈夫そう。
「…私はBランク探索者パージュラ。最後に、貴方の名前を聞いてもいいか?」
おお!Bランク!ていうかなんかかしこまった雰囲気?
「Cランク探索者、アインだ」
「アイン。もしルーツという街に行くことがあれば、そこの南の集会所受付で私の名前を出してくれ。きっと貴方の役に立つ」
役に立つ?
何の役に立つのか聞こうと思ったがあまりに真っ直ぐな目を見て質問を飲み込む。
「…そうか、覚えておくよ。パージュラ」
「ああ、じゃあな。…何してんだルイ」
さっきまで走り回っていたルイが足首を押さえてうずくまっている。
あれ!?ちゃんと治せてなかったか?
「…足首を挫きました…」
パージュラは大きなため息をついてルイの首根っこを掴んで引きずっていった。
「アインさーん!本っ当にありがとうございましたー!」
ルイは引きずられながらも両手を振っている。
「全くルイは…なんかすみませんっす。命の恩人に対してあんな軽い感じで…」
「ん?ああ、全然気にしてないよ」
「本当、懐が深いっすね〜。ちなみになんすけど…アインさんは師匠みたいな女の人、どうすか?」
突然の予想外の質問に一瞬思考が停止する。
「…んん?急にどうした?」
「自分聞いちゃったんすよ…師匠がそろそろ結婚したいって独り言を呟いてたのを…自分は師匠には幸せになって欲しいんすよ!」
「お、おお」
「そんで酒場で飲んでる時にで好みをさりげなーく聞いてみたんす。そしたら"信頼できて、優しくて、自分より強い人"って言ってたんす!そこで!アインさんなら信頼出来るし、ルイを助けてくれるくらい優しいし、長生個体を倒すほど強い!正に言ってた通りの人じゃないっすか!」
「ま、待て待て!パージュラとは今日会ったばかりだし、そもそも俺は結婚なんてするつもりは無い!」
結婚するより魔法を探してたいんだ!
「む〜…なら仕方ないっす!でも、気が変わったらいつでも教えて下さいっす!」
「あれ、諦めが早いんだな」
あの勢いならもっと言ってくるかと思ったが…
「押し付けるのは良くないっすから!それに時には諦めも肝心っすよ!」
アークルの無邪気な笑顔で親指を立てて言った。
「…本当、人当たりがいいな。アークルは」
「え!?そっすか?アインさんにそう言われると嬉しいっす!」
「アークルー!!何やってんだー!!帰るぞー!!」
遠くからパージュラの大きな声が響く。
「おっと!じゃあ自分もこの辺りで失礼するっす!じゃ、またどこかで!」
「おう!またな!」
明日は魔力がいい感じならまたローブ取りに来よう。今日はもう飯食って寝よう。
勢いよく走っていったアークルを見送り、ゆったり帰路に着いた。




