第9話 ヤンデレの暴走と義理の妹との結婚
「落ち着け、可奈……! これじゃあ、話しもできない!」
興奮する可奈をなだめる俺。
とにかくまずは会話をできるようにする。それから説得だ。
「……」
「落ち着いたか?」
「少しね」
「凍夜と何があった? お前は俺のことどうでもよくなったんじゃないのかよ」
「最初はそうだった。でも、凍夜さんは複数の女性と関係をもっていたの……! 最低のクズ野郎よ!」
なるほど、あのチャラ男だからなぁ。きっと可奈だけでなく、他の女をキープしていたのだろう。それに気づかず、可奈は股を開いてしまった、と。
「気づかないお前が悪い」
「それは……そうかもしれない。でも、こっちは被害者よ!」
「それに、俺と可奈はもう婚約破棄している。他人だよ」
「冷たいこと言わないで。私が頼れる人はもう……八一くんしかないの」
今更だ。なにかもが遅い。
俺は可奈のことでたくさん悩んだ。死ぬほど悩んだ。
辛くて食事も喉を通らなかったほど。
不眠症になり、生活バランスも崩れた。
父上からも情けないと罵られる毎日だった。
だから家を出て、日本全国を旅した。最後に東尋坊へ……。
それがつい最近だった。
今は詩乃と出会ってなんとか持ち直したところ。もう正直、可奈は思い出の中の人。いや、なかったことにすらしている状態だった。
「すまない」
「なんで! なんでよ!」
「俺は今、第二の人生を歩み始めている。もう昔の俺じゃない」
「ふざけないで! もしかして、その隣にいる女の子にたぶらかされたの!?」
可奈は、鋭い目つきで詩乃をにらみつけた。
当然、詩乃は怯えて俺の後ろに隠れた。
なんてことしやがる。
「おい、可奈。詩乃が怖がっているだろうが」
「大体、その詩乃って誰よ。いつの間に女を作ったのよ!」
「詩乃は俺の義理の妹だ」
「はあ? 義理の妹? なにそれ、ばっかじゃないの……!」
酷い言われようだ。
段々と怒りが沸いてきて、拳に力が入る。だが、相手はカッターを持っている。取り押さえようとすれば、刺されて重傷を負う可能性がある。
不用意には近づけないな。
「馬鹿にするな。詩乃にはいろいろあったんだ」
「知らないし、知りたくもないわ。そんな勝手に死にそうなメンヘラ女、さっさと捨てて私とやり直しましょ。その方が絶対いいわ!」
もうダメだ。限界だ!
好き放題言う可奈を許せない。
コイツはもう以前の可奈ではない。
俺の知る優しい可奈は存在しないんだ。
凍夜に寝取られてから、可奈は変わってしまったらしい。多分、ヤツの影響を多少なりとも受けているのかもしれない。
「ふざけんなッッ!!」
「……!!」
俺が叫ぶと可奈は驚いて後ずさっていた。
「詩乃を悪く言うんじゃない! 可奈……これ以上、侮辱するなら許さんぞ」
「そ、そう……! 八一くん、あなたはどうしても私と付き合う気はないんだ……。捨てるんだ……!」
「そうじゃない。俺と可奈の関係はとっくに終わっている。帰ってくれ!」
「…………ッ」
ようやく諦めたのか可奈は腕を下ろす。
うなだれて意気消沈しているようにも見えた。
諦めてくれたか……?
「もういいだろ。幸来のことは任せてくれ」
「……ゆるさない」
「え……」
「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない……!! 死ねえええええええええええええええ!!」
再びカッターを向けてくる可奈。目が充血している。明らかな殺意を向けてきている。ウソだろ……! 俺を本当に殺す気か! いや、詩乃か!
くそっ、どうする!
どうすればいい……!
この身で守るか。
そうだな、そうするしかない。
その時、ちょうど居合わせたジークフリートが雑誌を投げてきた。
「坊っちゃん、これをお使いください!」
「……! 分厚い雑誌……父上の愛読している科学雑誌・New-tか!」
これで防御できる。
俺は科学雑誌を使い、盾にした。
直後、カッターナイフの刃が雑誌を貫いた。……あっぶね!
てか、ジークフリートのおかげで命拾いした。
詩乃も助けられたし。
「なっ……! 雑誌で受け止めた……!?」
「これで終わりだ」
そのまま雑誌を振り下ろし、床に投げ捨てた。カッターナイフもろとも遠くへ飛んだ。これで凶器は消えたぞ。
「くっ!」
更に俺は可奈の背後に回り、羽交い絞めにした。
「観念しろ!! よし、今のうちに詩乃かジークフリート、どっちでもいい。警察を呼んでくれ!!」
「わ、分かった」
「承知いたしました、坊っちゃん」
うまく可奈を押さえつけているが、ジタバタと暴れやがる。
「は、放してよ八一くん!」
「絶対に放さん。可奈、お前はもう警察に突き出すしかないんだ」
「…………く、ぅ」
脱力して涙を流す可奈。悪いのは全部、君なんだ。
数分後、パトカーが邸宅に到着。
複数の警察官が突入してくるや、なぜか俺が捕まりそうになったが――詩乃とジークフリートが事情を説明してくれた。
あぶねえ。
二人がいなかったら俺が犯人だったな。
「……なるほど、彼女がカッターナイフを振り回したと」
「ええ、そうなのです」
ジークフリートが美味いこと警察に事情を話してくれていた。これでもう一安心だ。
「それでは署へ」
「…………そんな」
可奈は逮捕には至ってはいないが、取り調べで連行されることに。
俺は最後まで見送った。
パトカーに乗せられ、可奈の姿は消え去った。
「……ふぅ」
「あ、危なかったね、お兄ちゃん」
「あぁ……巻き込んですまない」
「ううん。助けてくれてありがとう」
感謝され、俺は守ってよかったと思えた。それに、幸いにも幸来が現場にいなかった。部屋にいてくれて良かった。
さすがに姉のあんな姿は見たくないだろう。
それから父上が駆けつけてきた。
「なにがあった、八一」
「可奈が暴走してね……」
事情を説明すると父上は驚いて頭を抱えていた。
「そうだったのか。元婚約者がそんな性格だったとは」
「父上、やっぱり俺は自分で相手を選びたいよ」
「そ、そうだな」
「義理の妹と結婚したい」
「……うむぅ、しかしだなぁ……」
詩乃のことをチラリと見て、父上は思い悩んでいた。なにがそんなに不満なんだ。こんな可愛いのに。
そう思っていると詩乃は、父上に話しかけていた。
「あの……お父さん。わたし、なんでもしますから……がんばりますから、家にいさせてください」
「……!」
親父はなぜか固まっていた。
意外そうな表情で困惑さえいしていた。
「わたしがお兄ちゃんを幸せにします」
「……やれやれ。そこまで言われては仕方ないな」
「ありがとうございます!」
詩乃のヤツ、自ら父上から認められたぞ。凄いじゃないか! あの堅物を納得させるとは、どんな魔法なんだ……?
てか、どこに納得する要素があったのか、まったく分からなかった。
そのうち理由を聞いてみようかな。
今は父上から正式に認められたことを祝福しよう。
「良かったな、詩乃」
「うん。さっそくお父さんの肩でも叩くよ」
ほう、まずは物理的にいく作戦か。それはいいな。俺なんかそういう恩返しの方法はしてこなかった。
「本当かい」
「はい、お父さん」
「……詩乃ちゃんと呼んでも?」
「嬉しいです」
なぜか二人は急に仲良くなっていた。……ホント分からんな。でも、これで少しは前進だな。