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ショートショート3月〜3回目

猫のはえる町

作者: たかさば

 私は老いた両親の世話をするため、歩いて20分ほどの場所にあるマンションに毎日通っている。


 雨の日も、風の日も、寒い日も、暑い日も、熱のある日も、元気な日も、成功した日もやらかした日も・・・必ず行かねばならないので、通い慣れた道をゆく。


 幹線道路から少し離れた位置にある住宅街の細い私道を抜けていくのだが、そこに…癒し系ゾーンが存在している。


 そこを通るたび、日々のささくれ立った心が和む。


 このあたりには猫がたくさん住んでいて、実に気さくに気ままにかわいらしい姿をさらけ出しており…、わがままな高齢者に寄り添わなければならないストレスを大幅に軽減してくれるのである。


 通り抜けに少々テクニックが必要な、車二台がすれ違うことができない細い道のいたる場所に、色とりどりの猫が寝そべっている。日当たりが良い通りなので、道のはじっこでおかしな形になって全身を暖めているのだ。


 近隣住民達との信頼関係が有るからなのか、あまり人を恐れるような感じではなく…穏やかに共生している雰囲気を感じる。


 このあたりはどちらかというと古い家屋がたち並んでいて、軒先にいくつも植木鉢を並べているお宅が多い。狭い道なので住居が目と鼻の先にあり、一般家庭の愛情を受け育った花々を間近で見ることができるのもまた魅力だ。春、夏あたりは、このあたりは絶好の花見スポットになるのである。


 少々寒さの和らいできた三月…この時期になると、空っぽの植木鉢に春の訪れを知らせるものが生えるようになる。


 ……猫である。


 秋の終わり、それまで華やかに咲き誇っていた花々が枯れると、植木鉢の上には土だけが残る。寒い季節は何もない殺風景な植木鉢がいくつも並んでいるだけなのだが…、この時期、そこに猫が生えるのだ。


 冬の寒い間は猫同士でかたまって丸くなっていることが多いのだが、気温が上がってくると一塊になって暖を取るのをやめ、単体で日光浴をするようになるのである。

 より日差しを受けることができる場所を求めて猫たちは日々植木鉢を渡り歩き、お気に入りの場所を探ってはりりしく鉢の上に立つのだ。通りかかる私を目を細めて見送り、猫鍋よろしく植木鉢の上を陣取ってはそこで丸くなるのだ。


 いくら車通りが少なめの道とはいえ、全く車の乗り入れがないわけではない。このあたりに住んでいる住民の車や、混みあう幹線道路を避けて突入してくる車が通るので、猫たちは危険を察知して安全なところに移動する。とりわけ、住宅の玄関だったり、塀の上だったり、駐車場にとめてある車のボンネットの上が人気のようだが…今の時期だけ限定で空っぽの植木鉢に飛び乗る猫が現れがちになるのだ。


 民家の敷地内の日当たりのいい場所に置かれていることが多い植木鉢は、通行する車に接触しないのはもちろん太陽の恵みを十分に受けることができる上に、丸くて狭い空間が絶妙に猫のまろみにフィットするらしい。柵の向こう側、玄関脇、ポスト横、敷地の境界線として並んでいる植木鉢には、日替わりで…大きな猫、小さな猫、茶色い猫、白い猫、黒い猫、変な模様の猫、やけに声をかけてくる猫に擬態する猫、完全に植木鉢と同化する猫に小さな植木鉢に無理やり乗っかる猫…実にいろんな猫達が、思いがけない光景を魅せてくれるのである。


 春になれば、たくさんの花々が芽吹き、咲き誇るようになり、植木鉢の中に入ることはできなくなる。真冬の厳しい寒さが和らいで、住民たちが花の種をまき、花の苗を植え始める前の今だけのお楽しみの風景なのだ。


 猫が平和に穏やかに幸せそうに暮らしている町は…住む人々も穏やかだとたまに聞く。


 私の住んでいる区画は…やや几帳面で偏屈でやたら高圧的な人がぼちぼちいるので、のどかなご近所さんがわりとうらやましい。この辺に住んでいる人は、穏やかな町内会を運営していそうな雰囲気がある。実際はどうだかわからないけれども、おそらくきっと、入会も退会も助け合いという建前の強制される奉仕活動も責任の擦り付け合いもないほのぼのとした…飛躍しすぎか。


「わん、わんわんわん!!ばふっ!!!」


 平和でのんびりとした、ほのぼのした猫多発地帯は、大きな犬のいるおうちが見えてきたあたりで終了する。この辺から犬を飼っているお宅がたくさん並んでいて、ちょっと騒がしくなるのだ。


「きゃん、きゃんきゃん!!」


 なんとなく、親の住むマンションに入る前に…気合を入れるような気分になるのだ。


「あ、おはようございます!」

「おはようございます!!フフ、ねねちゃん、おはよ!!今日もかわいいですね~♡」


 マンションのエレベーターホールで、いつものように三階の奥さんとすれ違う。


「・・・・・・。」


 静かに尾を振るシェトランドシープドッグの頭を、いつものように撫でさせてもらった私は……五階のボタンを押し。


 まったく自分を癒やしてくれない、わがまま放題の親の住む部屋に……、無表情で向かうのだった。


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